ネタに困った時、あるいは良い文章が出てこなくなった時、夏油は美術館へ足を運ぶ。芸術に造詣が深いわけではなかったが、同じ体勢でパソコンと睨み合っているばかりでは健康に悪い。そんなことを、誰かが言っていた。
 美術館に漂う独特の雰囲気に身を任せ、絵画や陶磁器をぼんやりと眺める。気分転換には丁度良い。夏油自身の芸術的感性を刺激するためにも、美術館は良い場所だった。
 いつも通り、展示会場へ足を向ける。視界の隅で、コンテストの五文字が躍った。
「……もう、そんな季節なのか」
 春と夏と秋と冬。一年に四回だけ開催される、絵画コンテスト。
 逡巡の後、夏油は華々しく飾られた作品たちに歩み寄った。常設展よりも、イレギュラーな作品群の方が面白い。
 普段は特別展を開いている一角が、コンテストに入賞した作品たちの晴れ舞台となっていた。今回のテーマは、桜。水鉢に波紋を描く沈みかけた一枚の花弁、教室の窓から見下ろした桃色の大木、山に咲き乱れる枝垂桜、水溜りに映る暗い桜、卒業式の後に撮った桜と友──しばらくは、佳作が続いた。
 少しずつ、少しずつ、奥に進むにつれて、写実的で壮大な絵が増えていく。風、雲、誰かの笑い声、そして絵の外側の画家の感動──絵画のサイズはどれも同じなのに、そこに鮮やかさが加わっていく。
 優秀賞は、今年は一枚だけだったらしい。雲一つない澄み切った青空に、一本の飛行機雲が走っている。人の気配が無い寂れた道路に咲き乱れる桜が、実に躍動的に描かれていた。
 少しぼかされた薄桃色の花弁が、風に儚く揺れている。太く濃く描かれた大木は花とは対照的な力強さを物語り、青空に走る一筋の飛行機雲は明るい希望を訴えかけた。一週間後には散っているだろう桜の儚さと、来年もまた咲くのであろう桜の力強さが、この一枚に詰まっている。この絵画は静止画でありながら、未来を描いていた。
 対照的に描くというのは、良いかもしれない。今度はそこに焦点を当ててみよう。初歩的な技法ではあるが、初歩的ゆえに忘れやすく、また効果的なものでもある。
 ほう、と息を吐く。
「……すごいな」
 人足が途絶えても咲き続ける桜の健気さ、そんな自然美の横に鎮座するコンクリートの道路という無粋な人工物──果たして、人に評価されぬ桜は哀れなのか、否か。あるいは、この画家に見つけてもらえたことは、本当に喜びと言えるのか。この桜は確かに桜としての美しさ、絵画としての表情を描いている。同時に、この桜は比喩でもあった。桜を通して、画家の価値観、思想、彼もしくは彼女が見ている世界を、絵という手段を用いて二次元に出力している。これを見る誰かに向けての、メッセージ性に富む作品だ。
 どこか晴れやかな気分のまま、最後の部屋に歩みを進めた。展示の最後を飾る最優秀賞受賞作品は、その年の応募者によっては選出されないこともある。夏油が最後に見た受賞作品は、昨年度の夏のコンテストでの、神社の風景である。美しい絵だったのだろうが、それがどんな絵だったのか、夏油はもう覚えていない。
 室内に足を踏み入れた。ぼんやりと部屋を見渡して、奥に飾られた一枚に目を留める。
 刹那──世界が、角度を変えた。
「……は?」
 今年の最優秀賞受賞作品──それはもはや、絵ではなかった。
 どこかの日本の城を背景に、夜桜が描かれている。夜の散歩の途中でふと見上げた先に、その景色はあった。完璧な構図と、完璧な筆運び──これは早速、絵画だなんて呼べるものではない。
 写真と見紛う絵は、あった。夏油はそれが絵画、または芸術としての完成形であるとは考えてはいなかったが、その技術力には素直に感動したし、何より夏油はその技術力をこそ求めていた。
 最優秀賞受賞作品──それは、確かに写実的な絵であった。しかし、写真のようだと形容するには存在値が大きすぎる代物でもあった。写真と見紛う絵ではなく、描かれた場所そのものを切り取っている。まるで、その場に自分の足で立っているかのような、オリジナルとなった景色が目の前に広がっているかのような──そんな、訳の分からない情動が脳髄を焼いた。
「──これ、は」
 この絵の在り方は、夏油が求めて止まなかったカリスマそのものだった。
 高い技術力、表現力、そしてカリスマ──夏油の理想を体現するための全てのファクターが、この絵には詰まっている。
 憧憬、羨望、賞賛、嫉妬──面白いくらいに、夏油の世界が色付いた。
「……なんてことだ……」
 あまりの情報量に眩暈がする。解像度の高すぎる映像を長時間に渡って見た後のような、言い表せない感動と疲労が押し寄せる。心中はそれこそポエムでも綴れそうな程度にはぐちゃぐちゃで、俳句を詠うには乱雑で、早速文章なんて繊細なものを書ける精神状態ではない。
 もう、帰ろう。今日はきっと、早く帰って寝てしまうのが良い。しばらくすれば、この絵がどんな景色を切り抜いたものだったかなんて、あっさり忘れてしまうのだから。
 感動は、消耗品だ。明日、もう一度この絵を眺めてみればいい。今日ほどの衝撃は、確実に訪れない。
 最後に、絵画の作者の名前を確認して、背を向けた。
 五条悟の三文字が、まなうらに染みついた。
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序章
初公開日: 2021年04月25日
最終更新日: 2021年04月25日
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夏から五へ、存在認知まで
すでにWordで執筆したものを推敲する形
実質テスト配信みたいなもの