「ただいまー!」
父がドアを開けきる前に自宅へ駆け込む。両手いっぱいの荷物をリビングの入り口に広げ、走って洗面所へ。素早く手を洗い、再びリビングに戻るとあきれ顔の母と目が合った。
「ただいま!」
「おかえり。弥生、ちゃんと手は洗った? ずいぶん早かったけど」
「あらった!」
言いながら背を向ける。溜息が聞こえたが気にしない。目の前に並んだ小さな袋。これ以上に弥生の心を惹くものはないのだ。綺麗な包装を、丁寧にひとつずつ開けていく。誕生日、1番の楽しみ。
「どんなの貰ったんだ?」
「えっとねー、ふでばこでしょー、ヘアゴムでしょー、えんぴつと、あとクマのキーホルダー!」
「よかったなー、弥生」
くしゃくしゃと頭を撫でられる。
「もー、ぐちゃぐちゃになっちゃうでしょ!」
「ごめんごめん」
「しかたないなー、おとうさんは!」
父が髪を整える。あとで母に直してもらわなければいけない。優しいけれど、下手くそなのだ。
「また、みんなにお礼言わないとな」
「うん! 何あげるか、考えとかなきゃ!」
「それはちょっと気が早いんじゃないか……?」
そんなことないよ、いやいや、と話していると、母が父を呼んだ。
「っと。ちょっと行ってくるな」
「んー、うん」
「弥生はプレゼント、ゆっくり見てたらいいから」
「うん」
もちろん言われなくてもそうするつもりだったが。夕食の相談だろうか。珍しい。ああそうか。弥生の誕生日だから、ご馳走にしようという相談か。ケーキと、あと何がいいかな。お肉? お寿司? それとも両方? 自然と笑みが浮かぶ。
「やよちゃん……」
「うわ、びっくりした! 何?」
いつの間にか隣にやってきていた立夏が遠慮がちに袖を引く。もじもじと何か言いたげに、口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返している。
「何よ。何かほしいの? あげないわよ、弥生のだから」
「ちが……」
「もー、じゃあ何?」
じっと立夏を見ると、立夏は目を彷徨わせた。視界の端の母がこくりとうなずき、父が親指を立てる。それにうなずき返したと思ったら、すっと1歩後ろに下がった。
「え、何――」
「やよちゃん、これあげる!!」
勢いよく差し出されたのは、チューリップの折り紙。
「おたんじょうび、おめでと!」
「え、あ、ありがと」
ぎゅっと握ってしまったからだろう。端の方がよれている。形もいびつだし、ところどころ裏の白が見えてしまっている。
「なんで金色?」
「だってつよそう」
「っふ、そっか、うん、強そう」
たくさんの小さな指紋が浮かんだ金色。そこに映る満足げな笑み。
「ありがと。うれしい」
「ほんと!?」
「ほんと!」
自慢してきていい? そう言うと、キラキラと目を輝かせる。すごい勢いで首を上下に振るから、本当に取れてしまいそうで少し心配になった。
「おかあさーん! りつかがくれた!」
「あら、よかったわね」
「うん!」
「お父さんにも見せてほしいな」
「おとうさんはダメー!」
「ええ、いいだろー。な、立夏」
「だめー!」
「ええー」
笑い声が響く。壊してしまわないように、そっと宝物を握った。
お気に入りのネックレスを付け、鏡の前で笑ってみる。うん、完璧。そのまま背を向けようとして――ふと目に付いた引き出しを開けた。隅の隅、主張するのも忘れてそこに居続ける小さなお菓子箱。薄く被った埃を払い、蓋を開ける。くすんだ金色が大人になった弥生を映し出した。
「弥生、矢岳さん来たー」
ノックもせずドアを開ける生意気な弟。いつからこんなになっちゃったんだか。
「もうちょっと待ってって言って」
「はあ? 何時間用意すんだよ」
ずかずかとこちらにやって来て、できてんじゃんと呟く。
「全然できてないっつの」
「わかんね……。てか何見てんの」
「んー? 覚えてない?」
「え、覚えてって……」
うんうん唸る立夏の頭を軽く叩いてやる。
「ばーか」
「な!? なんなんだよ!」
「なんでもー。じゃ、行ってくるから」
「あ! ほら、やっぱ終わってんじゃねぇか!」
「今終わったんですー」
行ってきまーす。ドアを開けると、弥生、と慌てて自分を呼ぶ声が聞こえた。
「何?」
「あ、いや、誕生日おめでとう……。まだ言ってなかったから」
目を逸らしながら、もごもごと言う。本当、いつまで経っても――。
「ありがと。プレゼント、楽しみにしてるから」
「んなもんねーよ! さっさと行ってこい!」
「はいはい」
帰ってきたらまたお菓子箱を開ける。1年に1度増える宝物をしまうために。