お題:「愛」「告白」
「つまんないじゃん」
エースは一見軽薄そうにも見える笑みを浮かべたまま、右手の人差し指をぴん、と天に向けて立ててみせた。
「好きです愛してる付き合ってくださいなんてそんな何のひねりもない愛の告白、この世のなかに溢れすぎてて埋もれちゃうでしょ。だったら先輩のあのへったくそな歌のほうがまだマシ」
「思い出させるなよ」
ぶふっ、と吹き出したエースに対して、トレイは渋面を隠しもせずに溜息をついた。花嫁に向けてラブソングを歌わなければならないという状況のなか、トレイが即興で奏でた愛の歌はあんまりな出来だった。何でも卒なくこなすトレイの思わぬ弱点を目にした寮内外の花婿候補たちから、騒動が一段落した後も散々からかわれ、未だにこうして引き合いに出される。その度にトレイは嫌がってやめてくれと頼み込むのだが、それすらも面白いと話題になり、一向に収まる気配はない。
他の人間が相手ならやれやれと軽く頭を振るに留めるのだが、その相手が恋人なら話は別である。ぎゃはは、と下品に笑う恋人の頭を叩くと、なにするんすかあ、と不服そうな声が上がったがトレイはすべて無視をした。この小生意気な恋人は、他人をからかうことに対しては超一流なのだ。下手に反応を重ねては弄られるばかりである。
「つまり、お前がそのつまらなくない告白を実演してくれるってことか?」
話を戻したトレイがさぞ面白いんだろうな、と笑いかけてやれば、今度はエースがうげえ、と顔を顰める。そうじゃなくてさあ、とぶつぶつ口ごもりながらもトレイの顔をじっと見つめているあたり、頭の中でその告白の算段を立てているのだろう。このお調子者は口では嫌だ面倒くさいカッコ悪いと愚痴を垂れるが、こうして振ればちゃんとやってくれるのだ。
「つまらなくないっていうか、まあ、そもそも告白って相手あってのもんじゃん? 好きです付き合ってくださいって、なんかこう相手を選ばないっつーか、無差別に誰に対しても使える感じがして、オレはあんまり好きじゃねえってだけ」
その相手の何が好きなのか。どこが好きなのか。どうして付き合いたいのか。それを伝えなければ、その愛の告白はその相手だけのものじゃないだろうというのがエースの持論のようだった。
つまりエースのなかでは、対トレイ・クローバー用の告白の台詞があるらしい。はて、そもそもエースと付き合うようになったきっかけはなんだったか。トレイは過去の記憶を遡った。
ここから付き合いはじめた、という区切りがあるわけでもなく、気付けば傍にいた、という表現の方が正しい。自分がエースに対して、エースが自分に対して、明確な告白というものをした覚えがなかった。お互いにお互いが恋人であるという認識は持っているが、もしかしたらこれが初めての告白になるのかもしれないと考えると、なんだかこっちまで勝手に緊張してしまう。
「お前の花婿姿、似合ってたしなあ」
「……オレが今から告白しようってときにそれ持ち出すのやめてくれません?」
「お前だって俺の歌を引き合いに出したじゃないか」
あの日、いつもの暖かくて賑やかな食堂がすっかり冷え切っていた。婚礼の会場というよりは葬式のような妙な冷たさと緊張感があった。花婿要員として集められたときは昼間だったというのに、気付けば期限の真夜中があと数刻まで近付いていて、こんなところで五百年も縛り付けられたままなのかとあの場にいた全員が冷や汗を掻いた、まさにそのときだ。太陽の光を集めたような髪に真っ赤なスーツを着たエースが重厚な扉を開け放って入ってきたのは。
あの瞬間に生まれたあの感情は、きっとトレイにしか分からないだろう。ゴーストの花嫁に正論を叩きつける姿は、まるで図書室で自分が糾弾されたあのときをなぞられているようで苦しくもあり、その一方でハーツラビュルの根幹に一石を投じた救世主の再来に胸が踊るようでもあった。
一言で言えば、惚れ直したのだ。あの場にいたどの花婿よりも格好良いこの男が自分の恋人なのだと言いふらしたくなるくらいには、あのときのエースに惚れ込んでいた。
「告白してくれよ」
だからこそ、彼が対自分用に誂えたという告白は、素直に興味があった。
ほら、と言葉を付け加えて彼を急かすと、わかってますって、とがしがし頭を掻いたエースが一歩前に足を踏み出す。トレイとエースの間の十センチほどの身長差をエースが歯がゆく思っているのを知っている。それでもエースがくん、と顎を上げてトレイを見上げるその仕草が気に入っているトレイとしては、追い抜かされたくないなあと思う。エースの勝ち気な性格をそのまま映したようなルビーの猫目がトレイの姿を映して光る度に、トレイの胸を打つ。
「……」
どんな言葉を掛けてくるのかと身構えたものの、当のエースは一向に口を開く様子はない。
ただ至近距離でトレイをじっと見つめたまま、トレイに触れることもない。エースの瞳はトレイの瞳を捉え、鼻、唇、顎へと下がっていく。そしてまた瞳がかち合う。トレイもまた、じっと見つめられている視線に耐え兼ね、エースの髪、鼻、唇、頬と視線を彷徨わせ、また赤色の猫目へと視線を戻した。そんな目と目の会話が二度、三度と続いたのち、エースはにっこりと笑顔を浮かべ、顔の横で両手をぱっ、と開いてみせた。
「おしまい」
「えっ」
「ん? だからおしまい。今のがオレの告白」
「……今のが?」
「そう」
トレイは怪訝な表情で首を傾げた。告白、というからには、お得意のよく回る口で自分への好意を伝えてくるものだと思っていたのだ。今エースとトレイが交わしたことといえば、ただお互いを見つめ合っていただけだ。キスも、ハグも、睦言も無い。それがエースが考える対トレイ向けの告白だという。
「今の、どこが告白なんだ」
彼の愛の告白を期待していた分、拍子抜けしてしまった。不服そうなトレイの声に、エースは目をぱちぱちと瞬かせ、分かんないかあ、と独りごちる。分かんないって、何が。要領を得ないエースの呟きに、トレイの眉間に皺が寄る。分からないのはこっちだ。
「トレイ先輩ってさ、自分が思ってるより結構分かりやすいんだよね」
トレイの眉間に指の腹を押し当てたエースが、皺取れなくなるよ、と笑う。
「楽しいときは楽しそうだし、訳わかんねーってときは訳わかんねーって顔してるじゃん?」
お菓子が美味しく作れたときとか、自分の思い通りにいったときとかは嬉しそうだし、逆に今みたいに何言ってんだこいつってときは、しかめっ面で腕組んでみたりとか。はは、まさにそれ。
いつもどおり饒舌なエースは、トレイの眉間に押し当てていた指を離し、そのまま両手でトレイの頬を包む。そのまま親指の腹で目の下の窪みを押されると、気持ち良いような痛いような微妙な感覚になった。エースが再度口をひらいたのを見て、やめろ、と言いかけた口を閉ざす。
「つまりさ、オレ、あんたが考えてること結構分かるっつーか。あーこのひと今こんなこと考えてんじゃねえかなってのが、なんとなく分かるんだよね」
むに、と頬を持ち上げられて、わしわしと頭を撫でられる。エースはスキンシップが好きで、とにかくこういった意味のない触れ合いを好んだ。一方のトレイはそこまで慣れていない。弟や妹の頭を撫でてやることはあれど、自分がそういったスキンシップを受けることは少なかった。はじめは戸惑ってばかりだったものの、今ではエースの好きにさせている。
「それが、どうしてさっきのに繋がるんだ」
「先輩って察し悪いよね」
自分は思ってても口に出さないくせに、人には言わせようとするの、本当良くないと思うわ。まあでも特別に教えてあげんね。明日からオレの顔見られなくなるかもしんないけど。
「オレと目を合わせてる間にアンタが考えてたこと。それがオレの告白」
花婿姿が格好良かった。
自分を見つめる姿が好き。
相手の性格をそのまま映したような瞳が好き。
「アンタが心ン中で思ってるようなことを、オレも考えてるってこと」
口元を抑えたトレイを見て、エースはその特徴的な猫目を煌めかせて勝ち気に笑った。
目は口ほどにものを言う。