不思議な力で猫になってしまった。
(……うぅっ、どうしてぇえ…!?
目が覚めたらこのような姿にぃ……。
半日部屋に閉じこもっていましたが、一向に治る気配がないので渋々外に出てみましたが……出てみたところで……)
普段よりも見える世界の高さが低い。
マヨイはため息を吐きたい気持ちで、鏡に映る自分の姿を見た。
髪色と同じ色をした猫の姿だ。
緑がかった青い目は美しいと思うのだが、自分の姿が猫になっているいまそれを素直に愛でるような気持ちにはなれない。
(……うぅ…っ、何か悪いことでもしたのでしょうかぁ……悪いことに覚えがないわけではないというのが、また……。
……あぁっ!!我慢できませんっ!!
顔を洗わなくてはっ!!)
どうしてもむず痒い気持ちになり、前足を舐め顔をぬぐっていると、襟首を誰かに掴まれた。
「に〝ゃッ!?」
「マヨちゃんの匂いがしたと思ったんすけど、おかしいっすね?」
(椎名さんっ!?)
ニキはマヨイの身体を目前まであげ、観察するように眺め、くんくんっと匂いを嗅いだ。
毛と毛の間をかきわけるように鼻が入ってきて、くすぐったくて身体が固まる。
引っ掻くわけにもいかず、されるがままになっているとニキはそのままマヨイを小脇に抱えた。
「こんなところに置いておいてもダメっすよね?
マヨちゃんの匂いするし、関係があるのかも……とりあえず僕の部屋に連れて行くっす」
(……っ、あぁッ…もっ…ッ!!
だめッ……ッ、ダメですぅ……ッ……あぁッ!!)
「んん〜っ!!いい匂いがするっすぅ。
柔らかくて、あったかくて……僕んちの子にならないっすか??」
ニキは人目がないことを確認した後、ベッドの上にマヨイを仰向けに置くとその柔らかな体毛の中に思いっきり顔を埋めた。
そして大きく息を吸って、その柔らかさと暖かさ、そしてなんとも言えない匂いを堪能した。
猫吸い。
それは猫飼いだけが堪能できる、麻薬。
吸った者の知能指数を著しく落とし、虜にする魔性の行為。
「……すぅはぁ、すぅはぁ。
なんでこんなにいい匂いがするんすか?
はぁ…っ、猫ちゃんも嫌じゃないんすかね。
気持ちよさそうな顔してるっす。
どこ撫でたら気持ちいいっすか?
ここ?こっち?」
(あぁッ…!?喉はダメですぅ!!
どうしてかごろごろ言ってしまいますぅう!?
お腹吸われてくすぐったいんですけど、色んなところを撫でられると力が抜けてしまってぇ……!!)
身体から力が抜けて、四肢を投げ出し溶けるようにベッドの上に身を投げ出したマヨイをすぅすぅとニキが吸っている。
もしも人間の姿であったなら……考えるだけでめまいがしそうだった。
(今の私は猫ですからぁあ!
猫ッ!!)
「……はぁ……やばいっすね。
これ、ストレスも時間も溶けるっす」
20分ほど堪能したあたりで、ニキは一度正気に戻った。
あぐらを組んで座り直すと、膝の上にマヨイ を置いて、その頭を撫でる。
「……怒ってないっすか?猫ちゃん。
優しいっすね」
(……うぅ…椎名さんの手、気持ちいい……っ)
ニキの長い指が筋を描くようにマヨイの毛並みを梳るたび、身体から力が抜けて行く。
猫としての本能がそうさせるのか、それともニキだからなのか、マヨイにはわからなかったが膝の上は気持ちがよかった。
「マヨちゃんの飼い猫なんっすかね?
もしも誰のモノでもなかったら、お前、僕の猫になるっすか?」
喉の下を優しく撫でられ、無意識にその手に頭を擦り付けてしまう。
(……もしも元に戻らなかったら……私は…このまま……)
頭を撫でていた手が身体をつたい、しっぽの付け根をトンッと叩いた。
(ひぃぃっ!?)
「あれっ、腰が上がってきたっすね?
ここ気持ちいいんすか?」
尻尾の付け根をトンットンッと叩かれるたびに、お尻がどんどん上に上がっていき、尻尾がピンっと上を向く。
無理やり発情させられるような、それでも気持ちよくて抵抗する気がなくなるような感覚にマヨイは目が回りそうだった。
(あ〝ぁッ!?…ひんッ!!
気持ち…いいっ…!!んですけどぉっ!?
あッ♡…気持ち、いいの…種類がぁあ!?
あぁッ♡……ッ♡…だめですぅッ♡
…んッ♡…きも…ちッ♡♡♡)
頭の中が白く埋め尽くされる。
もうダメだと思ったところで、ニキの膝の上で最大限まで腰を上げた状態で、マヨイは「にゃ〜ん」と鳴いた。
「……マヨちゃん?」
「は、はぃいい!?」
ニキに抱えられるようにしている懐かしい自分の四肢を見て、このタイミングで元に戻ってしまったことに気がついた。
「……椎名さん…っ、お互い、見なかったことにしませんかぁ?」