「ねえ知ってる?走馬灯ってあるじゃない、死にかけた時に見るっていう、あれ。
あれね、魂が過去にタイムスリップしてるって説があるらしいよ。九死に一生を得た人は、過去を変えるのに成功した人なんだって」
「えっ、そうなの?」
「なにそれ、嘘くさ。優人も簡単に信じるなよ」
「真司、ノリ悪っ…!」
「オレは実ほど幼稚じゃねえんだよ」
「なによう!」
「まあまあ。俺も別に信じたわけじゃないけど、いいじゃん夢があって」
「あ、優人もさらっとヒドイ!」
「あはは…」
「夢がある、ねえ…」
「うん。だってさ」
「死ぬ前に過去を変えられるかもしれない、なんて、希望以外の何物でもないじゃない」
+++
「ねえ、卒業旅行行かない?高校最後の思い出ってやつ!」
「おっ、いいなそれ!どこ行くよ?」
「やっぱ遊園地でしょ!絶叫マシーン乗り回したい!」
「やめろ、お前の絶叫狂いについていける訳ねえだろ…」
「あ。そういえば真司、苦手だったね。うーん、優人はどこがいい?」
「そうだなぁ…、スキーはどう?」
「えぇー、修学旅行で行ったじゃん」
「うん。でもさ、去年もクラスが違って別行動だったから。折角なら一緒にと思って…」
「いいんじゃね?今年は受験で滑りに行けてねえし」
「それもそっか。よーし、じゃあスキーだー!」
+++
「旅行で遅刻する奴があるかよ」
「バス行っちゃったんだけどー!」
「ホントごめん…!電車が遅れて…」
「なーんてな。しゃーねえよ。電車が遅れたんじゃ、どうしようもねえもん」
「そうそう。ほら、三十分後にまたバスあるみたいだし。そっちに乗れば問題なーし!」
「時間までコンビニでも探して時間潰そうぜ」
「うぇーい!」
+++
『速報です。
〇×山中で大型バスが横転し、崖下に転落。乗客の多くが死傷した模様です。
詳細は入り次第、お伝えします。繰り返します』
+++
「なあ、オレらで卒業旅行行かねえ?予定どう?」
「私、三月下旬なら空いてるよ。中旬までは他の子との約束があってさ」
「おっ、オレも下旬の方が都合いいな。優人は?」
「ええと…。ごめん。俺、下旬はちょっと行くところがあって」
「そっか。じゃあ他に空きがかぶりそうな日、ねえかな」
「将生と二人とか、つまんないもんね」
「オレも未来と二人なんて御免だね」
「ひっどい」
「先に言い出したのはお前だろうが」
「まあまあ二人とも」
「じゃ、優人も行ける日で組みなおそうぜ。大学最後の思い出だしな」
「…そうだね。最後の思い出に」

「電車遅れるって連絡くれりゃあ、それでよかったのに」
「タクシー使ったって、優人、お金大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫…!」
「お、バス来たな」
「…え?定員オーバー?!…次のバスを待てってさー」
「え?待って、駄目なんだ、次のバスは…」
「せっかく急いで来てくれたのに、ツイてなかったな!でも、しゃーねえよ。混んでるんじゃ、どうしようもねえもんな。
「そうそう。ほら、三十分後にまたバスあるみたいだし。そっちに乗れば問題なーし!」
「時間までコンビニでも探して時間潰そうぜ」
「うぇーい!」

「ねえ、卒業旅行行かない?高校最後の思い出ってやつ!」
「おっ、いいなそれ!どこ行くよ?」
「やっぱ遊園地でしょ!絶叫マシーン乗り回したい!」
「いいね!行こうよ遊園地!」
「おいおい、優人まで勘弁してくれよ。オレはヤだかんな、実のペースで絶叫乗んの」
「えぇー、一緒に乗ってくれないんだったら、つまんない!…じゃあ他の所でいいや。真司はどこがいいの?」
「そうだな…。スキーはどうだ?」
「えっ?!」
「えぇー、修学旅行で行ったじゃん」
「そ、そうだよ!止めよう、スキーは止めようよ」
「でも、去年はクラスが違って別行動だっただろ?折角なら一緒に滑ろうぜ」
「それもそっか。今年は受験で滑りに行けてなかったしね。いいかも、スキー」
「で、でも、えっと…あっ、三月はもう雪がないかも!」
「いつも行く〇×山なら、三月下旬でも全然問題ねえだろ?」
「よーし、じゃあスキーだー!」

今度こそ、と俺は強くこぶしを握った。
卒業旅行に行く流れになってしまうと、どうやってもスキーになってしまうし、あのバスに乗ってしまう。何度やっても、それは覆しようがなかった。
だったら、卒業旅行の話そのものを無かったことにするか、話が出たとしても行きたくない気持ちにさせるしかない。
今日は、実が旅行の話を切り出す日だ。今日の時点で、なんとかするしかない。
「あ、優人おはよー!」
信号待ちをしていた二人が、俺に気付いて手を振ってくる。ここまでは、いつも通り。
「おはよう、二人とも」
勝負は、ここからだ。
「ねえ、あのね」
実が切り出す。この後だ、卒業旅行の話になるのは。信号を渡りながら俺たちは、旅行の話に胸を膨らませて笑いあっていた。
「あのさ!今日、英語で小テストあるらしいよ!」
実の言葉を遮るように、俺は無理やり言葉を紡ぐ。本来のこの時間の俺であれば知る由もない情報ではあるが、四の五の言っていられない。
「げっ、マジかよ」
「えぇー」
二人の食いつきは上々。このまま違う話をしながら高校に着けば、クラスが違う俺たちは話をする機会を失う。
「勘弁してほしいよね」
どうかこのまま。願いを込めて相槌を打つ。見上げた先の信号は、まだ赤い。
「でもさ」
実が、いたずらを告げるような顔で言う。「どうせもう卒業するんだし、何点だっていいでしょ」
「それは確かに」
応えるように、真司も笑う。
「だけど、最後に欠点とか恥ずかしいから、がんばろうよ」
焦る心を隠しながら、俺はなんとか言葉を繋ぐ。早く、早く青になってくれ。祈れども願えども、信号は止まれと示し続ける。
「そうだ、卒業と言えばさ」
駄目だ、実、駄目なんだ。そんな笑顔で、その先を言わないでくれ。
「待って、実っ!」
「ねえ、卒業旅行行かない?」
信号が、青に変わった。
「そんな大きい声出して、どうしたの優人?」
信号を背にして、実がきょとんとした顔でこちらを見た。俺の声に驚いたのか、二人とも信号を渡ろうとしない。
卒業旅行の話題が出てしまったからにはもう、旅行の話を壊すしかない。俺は、覚悟を決めて口にする。
「俺は行かない」
「え?」
「卒業旅行、俺は行かない」
実と真司が、顔を見合わせる。
「金か?それなら、親に出してもらうとか…」
「駄目なんだ」
「じゃあ私、立て替えるよ!あとで返してくれればいいからさ…」
「そんな訳にはいかないよ」
二人の提案を次々と断っていく。理由は何だっていい。とにかく、旅行を中止にしなければならない。
二人とも言葉が尽きたのか、気まずい沈黙が下りた。二人の顔を見ることができずに見上げた信号は緑のままで、進めと俺を促してくる。
「行きたくないんだ」
ここまできたら、徹底的に。二人が生きていてくれるなら、嫌われたってかまわない。
「卒業旅行なんて、そんなの浮かれた馬鹿がすることだよ。二人も、そんな馬鹿なことは止めといてさ、大学入学の準備をしようよ」
旅行にさえ行かなければ、二人が死ぬこともなくて、大学生になってキャンパスライフを謳歌できるに違いない。その一縷の望みにすがる。けれど、
「そんなこと言うなよ」
「私たちの最後の思い出なんだから」
二人の声が、とても優しい。優しい声で、無慈悲に告げる。
「死ぬ前の思い出くらい、楽しいものにさせてよ、優人」
愕然として二人を見る俺の顔は、二人にどう映っているんだろうか。どんな間抜けよりも滑稽なはずなのに、二人の声は変わらず優しい。
「馬鹿なことやってんのはお前の方だろ、優人。なんだよ、車で崖に突っ込むだなんて。せっかくあの時、死ななかったってのにさあ…」
「もしかして、走馬灯のタイムスリップの話を覚えてたとか?」
「マジで?!だから言っただろ、そんな簡単に信じんなってさあ」
まったく反論の余地もない。
「でも」
それだけが俺の、最後の希望だったんだ。
口にして、涙がぽろぽろと零れていく。最初から無駄だったのだ。俺はようやく、すべてを悟った。
「もう二度と、こんな馬鹿な真似すんじゃねえぞ」
「うん」
「自分のせいだとか、もう言っちゃヤだからね」
「うん」
「あんまり気にしすぎんな…って言っても難しいか。なあ、なんて言えばいいんだこういう時?」
「私だって分かんないよ、そんなこと」
「なんだよ、頼りになんねえな」
「なによう!」
こんな時だというのに、あまりにもいつも通りの二人の様子に、俺は思わず笑ってしまった。
「大丈夫、ちゃんと分かったから」
長く、かかってしまったけれど。
真司と実は顔を見合わせにこりと笑うと、こちらに背を向け歩き出した。
「信号、変わる前に渡っちまおうぜ」
「ゴーゴー!」
一歩二歩と先を行く二人を追いかけるように、俺も横断歩道へ足を踏み出す。
「卒業旅行、行くよ!」
「…うん」
俺たちが横断歩道を渡り終えると、不自然に長く緑色を灯していた信号機が点滅し、ようやく赤色に変わった。
+++
ぱち、と目を開けると、割れたフロントガラスとへしゃげた天井が目に入った。
次いで全身を痛みが襲い、ああ、俺は生きているんだなと思い知る。
震える手で電話をつかみ、緊急番号をコールした。不思議なことに、ひどく冷静に受け答えできたように思う。通話を切ると、だるくなった腕をぱたんと下ろした。
随分長く、遠回りをした走馬灯だった。目覚めてみればほんの一瞬、けれど俺には必要な一瞬だったのだろう。ようやく腑に落ちた喪失感は、あきれるほどに深い。
二人はもう戻ってこない。
あれから四年、積み上げていた堰が切れ、思わず声が漏れた。長く澱んでいた涙が、滂沱と流れて止まらなかった。
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走馬灯(文字書きと絵描きの遊び)
初公開日: 2021年05月05日
最終更新日: 2021年05月05日
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