路上ライブが盛んに行われている一角、センター街。若者が盛んに往来する中、所々で歌声や楽器の音が聞こえてくる。路上ライブという特性なのか、楽曲はロックやストリートミュージックを中心とした激しい曲調のものが多い。
 皆、自分の存在を主張するように音を鳴らすが、立ち止まる人はほんの一握り。通行人は誰もが音楽を目当てにこの場所を訪れたわけでもないから、当然だ。
 だからこそ、立ち止まってくれた時はたまらなく嬉しい。こちらを見て足を止める高校生らしき二人組を認めて、一歌は口端を吊り上げた。
「ねぇねぇ、あの子、路上ライブかな?」
「ホント、私達と同い年くらいみたいだけど……」
 ヒソヒソと語られる言葉に気づかないフリをして、一歌は歌い出す。選んだ楽曲は「テオ」。真っ直ぐで力強い歌詞と、一際強烈な音圧とともに繰り出されるバンドサウンドが合わさって、聞いていて心を奮い立たせてくれる曲だ。
「わぁ……きれいな声だねっ!」
 二人組の一人が、相方の身体を興奮した様子で叩いている。あまり外ばかり気にしていても良くないが、ああいった反応は強いモチベーションに繋がるものだ。
 やがてサビが近づいてきて、一歌はいっそう気を引き締める。ボーカロイド特有のハイトーンが魅力だが、普通に歌うには少し難しいため、オクターブを下げて歌うようにしている。それによって楽曲のインパクトが薄れないよう、より遠くまで聞かせるよう意識して声を前に飛ばなければいけない。
 サビに入り、一歌の声は抜けるような高音から一転して、深みを伴った低音に切り替わった。お腹から声を出すようにという寧々のアドバイスを頭に置きながら声を張り上げた。同時に、弦をかき鳴らす手が疎かにならないよう力を込めてコードを鳴らす。
 楽曲の盛り上がりを察知してか、こちらを見やる視線が増えた気がする。じとりと手汗が滲んで時折ピックが零れ落ちそうになったり、足が細く震えたり、穂波のドラムみたく一定のトーンで心臓の鼓動がリズムを刻んだり。
 幾らか慣れたとはいえ、緊張が全く消えた訳ではない。一曲歌うごとに喉が嫌な乾き方をしているし、失敗したら、笑われたら……ネガティブな想像は常に頭の片隅に残っている。
 それでも、一歌は既に知っている。余韻としてじんわりと身体を巡る、歌い終えた後の高揚感を。パチパチと自分に向けて送られる称賛の拍手を。一度味わってしまえば、あれはヤミツキになってしまうものなのだ。
 サビを終え、アウトロも気を抜かず。強く存在を主張するシンセサイザーに負けないよう、全力で弦を鳴らし続けた。
 ピタリと止まったバックミュージック、余韻として残る一歌のギター、一歌の荒い呼吸音。激しい曲調につられるように、体力の消耗もまた激しいのだ。
 二、三の深呼吸を挟んで、一歌は周囲を見回す。何でもないと言わんばかりに目の前を通り過ぎる大多数の中に、数人、足を止めて一歌を見つめる人影が存在した。
 一歌が、足を止めさせた人達だ。
「──ありがとうございました!」
 身体の奥底からマグマのように湧き上がる高揚感を隠さず、一歌は直角になるくらいのお辞儀をした。
「かっこよかったよー!」
「若いのに大したもんだ」
 様々な思いのこもった拍手を浴びていると、さっき消費したエネルギーがそっくりそのまま返ってくるようだった。このまま何曲だって演奏できる、今この瞬間だけは、不思議な全能感に満たされるのだった。
 ◎
「ふぅ、喉ガラガラ……」
 あまり調子に乗りすぎるのも良くないな、一歌は眉をひそめる。
 観客の「もう一曲!」という威勢のよい声につられて、つい予定していたより多く歌ってしまったのだ。全能感は薬にもなれば、毒にもなり得る。少しは慣れてきたが、まだまだ未熟のようだ。
『一歌、大丈夫?』
 不意にスマホから聞こえた声に、一歌は慌てて周囲を見回したが、他に人の気配はしない。ほっと胸を撫で下ろして、一歌はスマホを取り出すと、胸の高さで画面を上に向ける。
 すると、画面から緑色の光が飛び出してきて、立体的な映像を浮かび上がらせる。そこには、どこの学校の教室にもありそうな椅子と机、そしてそこに座った一人の少女の姿──初音ミク。
 初音ミク、と言っても、その様相は一般的なものとは少し異なるものだ。浅葱色と表現されることの多い髪色は、いっそう濃い緑色に近しいものだ。さらに所々に赤いメッシュが加わっていて、前髪には安全ピンをかたどったヘアピンを付けている。パンクファッションのテイストを取り入れた制服姿がより可愛らしさを引き上げていて、どこか「お人形」めいた印象を与える。
 そんな彼女は机に頬杖をついて、首をコテンと傾けた。
『随分と張り切ってたね。でも、あまりやり過ぎは良くないよ?』
「ミク、突然話しかけられるのは少し心臓に悪いよ……」
『ごめんごめん』
 手を合わせて謝罪を口にするミクは、しかし茶目っ気を含んだ笑みを浮かべている。本気で反省しているようには見えないが、その可愛らしさに毒気を抜かれてしまい、これ以上突っ込む気にはなれなかった。
『でも、本当にすごいよ。短期間でここまで上手になるなんて、予想以上だよ』
「ホントに?」
 しかも一つ褒め言葉を貰うだけで、さっきのイタズラもすっかり頭から消えてしまうあたり、自分は相当ミクに弱いなと内心で苦笑する。
 子供の頃からずっと共にあったミク。一歌のまだまだ短い人生は、ミクに励まされ、ミクと一緒に悲しんで、ミクと一緒に笑いながら過ごしてきたものだ。とても近くて、決して触れられない存在。
『うん。一歌はもっと、自分に自信を持っても良いと思うな』
 それが、こうして慈しむような声音で呼びかけてくれるだなんて。一歌は今でも夢の一部ではないかと疑う時がある。けれど、咲希と一緒に初めて「セカイ」へ飛び込んだ日の事。数年ぶりに幼馴染とセッションした時の事、屋上に寝転んで皆で満天の星空を見上げた事、そしてミクと一緒にセッションした事。全部、ハッキリと思い出せる。
 夢と現が入り混じった記憶の中で一つ、いつだって一歌の背中を押してくれた事は変わらなかった。
「……ありがと、ミク」
 目の前に浮かぶミクの頭上に人差し指をかざして、光の像の輪郭をなぞるように動かす。一歌は感謝を込めて撫でたつもりだったが、ミクはわかりやすく頬を膨らませた。
『ちょっと、一歌? いくら私の姿が小さいからって、人形遊びみたいに扱うのは頂けないよ?』
「え、そんなつもりじゃ……」
『こっちのセカイじゃ、こういう形でしか出てこれないだけで、れっきとした「先輩」だって事は忘れないでほしいな』
 じとりと睨めつける視線は、ホログラフィとは思えない生気に満ちていた。つんと唇を尖らせた様子は可愛らしさに溢れていて、かえって「先輩」というには迫力に欠けている。
 最初に出会ったときは、達観したように私達を見守る様子に頼もしさを感じていたが、時間が経過するごとに彼女のベールは徐々に剥がれだしてきた。今となっては、ミクが努力と思いやりと、少しの見栄っ張りで「先輩」として在ろうとしてくれているのは、もはや周知の事実であった。彼女は未だに隠せているつもりかもしれないが。
「ごめん、ミクが可愛くって、つい」
 だから、たまに意地悪をしてみたくなる時もある。好きな人ほど何とやら、と言ってしまえば子供じみた言い訳になってしまうが。
 そんな思惑を知ってか知らずか、ミクは一歌に人差し指を突きつける。
『もう、そんな風に言ってごまかせるのは咲希や穂波くらいだからね?』
 私は違うよ、という言外のメッセージに反して、ミクは頬の風船をしぼめるように息をついた。「先輩」であろうとするミクは、どうしても後輩には緩くなってしまうらしい。
 好意に甘えて、一歌は話題を転換する。
「それにしても、ミクはこっちのセカイに来る事が多くなったね」
『そう、かな?』
 きょとん、とミクが目を丸くする。どうやら自覚がないらしい。
「さっきもそうだよ。今まで、急に出てくる事なんてなかったのに」
 思えば、公園の桜の下、ミクに歌を聞いてもらった時からだろうか。
 桃色に染まる景色の中、ただ一人、ミクに歌を捧げた時間。ただ一歌の声だけが高らかに響くそれは、公園という開けた空間の中、透明な結界で隔てたように密やかに行われた。
 しかし、それは束の間、同級生である二人──みのりとこはねにも歌は届いていたらしく、気づけば一緒に歌っていた。路上ライブで自らを高める歌を志していた一歌にとって、久し振りに純粋な楽しさを追い求めた時間だった。
 厳かな儀式から、一転して賑々しい雰囲気へ。意図せずして、それらは神事めいた順序を踏んでいた。これまでの感謝とこれからの縁を、祈るように歌った時間は……ささやかでいて、とても暖かな「祭り」だったと思う。
 それから、ミクがこちらのセカイを覗き見るように、一歌のスマホに現れる事が多くなったように思う。一歌としては、会える機会が多くなったのは喜ばしくて、同時に周囲の人に見られやしないかとヒヤヒヤする事も増えている。
『うーん……何でだろう?』
 自分の事に関わらず、ミクは顎に手を添えて考え込んでしまった。目をぎゅっとつむって思考の海に沈んでいく。
 数瞬置いて、ミクは目をパッチリと開いて、透き通るような浅葱色の瞳をそっと細めて、笑った。
『一歌の見てる景色を、私も見てみたくなったから……かな?』
「私の?」
『そ。一歌達はセカイに来てから色んな話を聞かせてくれるけど、目で確かめる機会は多くなかったから……この前の桜を見て、一歌の真っ直ぐな歌を聞いて、もっと知りたくなったんだ』
 胸を突き破りそうなくらい激しく心臓が脈打つ。ミクは別のセカイにいるから、茹だるように火照った頬の温度までは伝わらないのは不幸中の幸いだと思う。それこそ、存分にからかわれてしまうだろうから。
「……そっか」
 動揺を隠すように意識して、随分と素っ気ない返事になってしまった。ミクも合わせて「うん」と一言返して、会話が途切れる。
 こういう時、咄嗟に上手い言葉を返すのは苦手で、自分の口下手をどうしようもなく恨みたくなる。咲希なら得意だろうけど、彼女はきっと思ったままを口にしている事だろうから、参考になるかどうか怪しい。
「……ねぇ、ミク!」
 思わず声量が大きくなる。
「こ、今度は……ミクと、一緒に歌いたいな」
 今度は囁くような声になってしまった。ミクが相手だと、上手く自分を制御できない。
『ふふ』
 ミクはくすりと笑う。そして最初に出会った「先輩」らしい頼もしさに、悪戯っぽい響きを含めて言った。
『私も、一歌と歌いたいな』
 ◎
 センター街での路上ライブで、最初の数回は色々な場所をさまよっていたが、徐々に一歌のポジションというものを見つけていた。大通りと大通りを繋げる、一本の路地である。通行人の数こそ少ないものの、前後にそびえる高層の建物に音楽が反響して、包まれるような心地が心地よかったのだ。歌っていたグループを幾つか見つけたから真似をしているが、いつかお店から苦情が来てもおかしくないだろう、一歌はビクつきながら、居心地の良さに離れられずにいた。
 まずは小型のアンプとマイクスタンドをセッティングして、次にギターを繋げる。組み立ても随分となれてきた。調子を確かめるように一本ずつ弦を爪弾いてから、最後にスマホをセット。
 時折、ギター以外のカラオケ音源を流すためにセットするそれは、しかし、今日だけは役割が違った。
 他の人から覗かれないようなアンプの影にスマホを置くと、一瞬、画面から緑色の光が飛び出してきて、人影を映し出す。彼女は一歌を見上げて一つウインクを向けると、すぐさま姿を消した。
 そう、これは一度きりの悪だくみ。幼馴染達にさえ秘密のセッション。
「よろしくお願いします」
 目の前を行き交う人波にお辞儀をしてから、スマホの音楽アプリの再生ボタンをタップする。
 さながら、機械的で感触の冷たいハイタッチであった。
 一歌は急いでギターを構えると、すぐさまリズムを刻むドラムに合わせて、ギターをかき鳴らす。ロックをイメージした、鋭く、歪みのある音色だ。テンポを刻みながら踊るように跳ね回るドラムのビート、低く唸るように自らを主張するベース。そっと添えられたシンセサイザーの音が、硬派な曲調に軽妙な浮遊感を彩る。奇妙な一体感を成したイントロを演奏しながら、一歌はマイクに目一杯口を近づけて、囁いた。
「聞いてください、『ヒバナ』」
 一歌の言葉におっ、と足を止めたのは二十代後半くらいの男性だ。品の良いスーツを見に纏って手提げ鞄を持った彼は、どこか営業へ向かう途中だっただろうか。真っ直ぐ行き先を見ていた彼の瞳が、じっとこちらを見つめている。
 彼の仕事の心配を頭の片端に思い浮かべながら、改めてミクの凄さを思い知る。この曲は一歌のような学生世代の間で流行しているイメージがあったが、一世代上の彼もまた、曲を知っていたような反応だ。
 やっぱり、ミクは凄い。ミクの歌が、曲が、人との繋がりを作ってくれる。全く知らない、年の離れた観客とさえ、この場で共有し合える想いがきっとある。
 届けば、いいな。一歌は祈るようにピックを振り下ろす。同調するようにギターが嘶いた。
 Aメロの入りは、華々しいイントロから一転して少なくなる音数に合わせて、静かに語るようにして歌詞を紡ぐ。
 そうして徐々に激しさを取り戻す伴奏に、一歌もギターに視線を落とす。本来なら手の位置を確認する程度に留めるが、今回は自分のリソース殆どをギターに注いだ。
 何故なら、頼もしいパートナーがいるから。
「あれ、ミク?」
 アンプから響く音に加わるは、今や世の中に存在が浸透した、バーチャル・シンガーの声。サプライズのような演出に、大学生だろうか、若い女性のグループが声をあげた。
「もしかして、ミクと一緒に歌ってるってやつ?」
「バンプもやってたよね」
「え、でも何か普通に人間っぽくない?」
 鋭い。口端を吊り上げる一歌の頬に冷や汗が伝う。
 チラリとスマホを見やる。黒く染まった画面が一瞬光って、ミク──正確には、セカイのミクがこちらにウインクを向けた。そうして、画面はすぐに光を失う。
 二人で
 
 
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ワトソヌ
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プロセカいちミクSS
初公開日: 2021年04月04日
最終更新日: 2021年04月25日
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初配信。
いちミクに路上ライブしてほしいSS