買物遠征(ショッピング・エクスペディション)
「………」
「……ん?」
「いや、何でも」
「ふむ」
 周期的な振動と共に横の窓の景色がするすると流れていく。テーブルに置かれた二つのコーヒーは細い湯気を立ち昇らせながら微かに揺れ、まだ淹れられてさほど時間が立っていないことを示していた。
「この列車はクルビアに向かうんだったな。昼食はどうするつもりだ?」
「いや、適当にどっかの売店に寄るつもりだったが……」
「そうか。ならあそこでしか食べられない物を食べるべきだな」
 ごもっともで、と頷くと、コーヒーを一口含んでから昔ながらの紙の地図を取り出した彼女が私に電子端末の方のマップも開けと指示する。訳も分からぬまま取り敢えず検索画面をテーブルに映すと、それに重ね合わせる様にして彼女は紙の地図を置いた。
「10年前の地図だ。都市開発が進んで大きく変わったのが分かるな? 他の国と比べてクルビアは移住者が極めて多い。国の成り立ちの創始者が移民であり、数多くの人種問題を乗り越えて今のような国になった。鉱石病患者が辿り着く終着点の一つと呼ばれる理由はそこにあるのだろう」
「人種問題、か。ロドスが目指す答えに近いな」
「そうかもしれない。鉱石病は私達の中に眠っていた種の違いを浮き彫りにしたと考えることが出来る。それで、お前はその解決の糸口を探すためにクルビアに向かうのか?」
「いや、その……」
 拝啓、ロドス・アイランド製薬CEO・アーミヤへ。プロジェクトは失敗した。私は今、サプライズ計画を立てたターゲット本人であるケルシーと一緒に列車に乗っている。
「アーミヤの為だ、この事は今日限りの秘密としよう」
「本来私が外出するときは護衛が最低でも一人付くことになっているんだが、どうしたんだ?」
「今日の担当はケオベだ」
「………」
「ハイビスカスが主催する食事会があったそうだ。それに参加したがっているという話を耳にしたから、蜂蜜クッキーを材料に交渉して代わってもらっただけだ」
 クルビアの首都、そのセントラルステーション。列車を降り、駅を出た私達はメインストリートに沿って歩いていた。そんな簡単に代わって良いのだろうかと思ったが、その手の人事の責任者はケルシーだ。どうしようもない。きっとケオベは今頃幸せそうに食べ物を頬張っているのだろう。
「で、何を買うんだ?」
「やっぱり付いてくるのか?」
「他に選択肢はないと思うが」
「それはそうだけどさ……」
 何せケルシーの為にプレゼントを選ばなければならないのに、その当人と一緒に買い物をしては本末転倒な気がしてならないと彼女に言うと、別にそれでいいじゃないかという答えが返ってきた。
「欲しい物を確実に買ってもらえるなら実に効率が良い、そうだろう?」
「なら聞くが、欲しいものはあるのか?」
「特にないな」
 これだ。彼女が何か物を欲しがるような姿を想像する事すら出来ない。
「しかし単に金を渡されても非常識というものだ。そこで、今日はお前の思考力を試すとしよう。質問は特別に許可する」
「楽しそうだな」
「そう見えるか? 非常に興味深い実験だと思っているだけだ」
 心なしか彼女の口元が笑っているような気がしたが、じっと見ていると無言で足を踏まれたので視線を前に戻した。どうやら失敗出来なくなったらしい。私としては気楽にじっくりと店を回って彼女へのプレゼントを吟味しつつ軽く観光をする予定でいたが、この一件で胃がキリキリと痛み出してきたかもしれない。
 五番街に入って数分もしない内にケルシーの手によって店に引っ張りこまれ、訳も分からず辺りを見渡す私に彼女はこう言い放った。
「まずは服だ」
 すたすたと店内を歩く彼女に必至に付いていく。様々な服を手に取り、店員に質問し、いつ把握したのか知らない私の身体的データと照らし合わせ物凄い速度でスタイルを組み上げていく彼女の姿は真剣そのものだった。
「私にそんな服が合うのか? 年中これだぞ?」
「センスがどうたらの話はもっと上の高等な領域でしか問題にならない。お前にも人間に近しい感性ぐらいはあるはずだ」
 と、まるで視力検査の如く提示された二つの上着の内一つを選べとか、自分にフィットするズボンの種類を探せとか等々着せ替え人形もこうはならないだろうという頻度で試着室にぶち込まれ、へろへろになるまで衣服の概論を叩き込まれながら選定を終えた。早々と会計をケルシー自身の財布から済ませてとっとと着て出てこいと急かされた私が外に出ると、腕時計を見て時間を確認した彼女が私に言う。
「次は君が私のを選べ」
「えぇ???」
「基礎は教えた。実践しろ」
「そんな無茶な」
「あぁ、安心していいぞ。失敗しても痛むのはお前の財布だけだ」
 断じてそこではない。確かに日頃の労苦や何度も助けてもらったこと、そして服を選んでもらったことを鑑みると支払い自体に躊躇いはないのだが、彼女の服を選ぶなんてことは到底出来そうにない。
「ちなみに、まさかこれがプレゼントになったりとかは」
「ないな」
「だよな……はぁ……」
「どうした? 私は凄く楽しみだぞ?」
 珍しく、本当に珍しくケルシーがくつくつと笑っている。まるで私が苦悩する様を見るのが楽しくて堪らないとでも言うように。
「お前は私に何を着させるんだ? 私を『制圧』してみせろ。タイトなベルトで縛り付けるか? 子供のようにあしらうのか? それとも自由の刑に処すのか?」
「戦いしか能が無いと言うつもりか。私達の存在は本質に先立つかもしれないが、君に強要する必要はないだろう」
「ふん、ならば選びたまえ。私という存在を考えて選ぶと良い」
 ジョークなのか本気なのか分かり辛いことこの上ない。ケルシーとの会話はいつもこんな感じだ。彼女が仕掛けて、私が何とか追従して、その様子を彼女が楽しんでいる。傍から見れば喧嘩だ。ただ、何故かお互いがこの会話の雰囲気に納得している。
「思えば、人に服を選ばせるというのは存外博打なのかもしれないな? 表面的にとはいえ、お前は私を好きにしていい権利を手に入れたわけだ」
「本当にケルシーか?」
「ふむ、そうだな、私は過去から現在に至るまで一貫して同一性を保持していると自負しているが」
 ……ただ、たまに置き去りにされることもあるが。
Latest / 56:47
08:14
Iky
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向き
「買物遠征(仮題)」執筆配信
初公開日: 2021年04月04日
最終更新日: 2021年04月04日
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アークナイツ!