出会いは鮮烈だった。
舞い踊る無数の桜の花びら。
その中から顕現した光忠は、『まるで、櫻に攫われた儚い麗人のようだった』と今での酒の席でしみじみと語れる。
186cmの大男に言う言葉ではないと拗ねてみせると、女の身でありながら、180cmもある彼の審神者は、それはそれは楽しそうに笑うのだ。
「僕は、燭台切光忠。青銅の燭台だって切れるんだよ。……うーん、やっぱり格好つかないな……っ!?」
顕現時のお決まりのセリフ。
審神者に初めて告げる詞だから、噛まずにすらすらと口をついた事にまず、ほっと息をつく。
が、次の瞬間、息を飲み込んだ。
光忠の目線より少し下から、強い視線を感じたからだ。
「………こりゃ、えらい別嬪さんが来たな」
辛うじて肩下に届くくらいの短い髪を緩く1本で結び、睫毛の長い切れ長の瞳をぱちぱちと瞬かせる。
束ねきれずにほつれている真っ直ぐな髪は明るい栗色で、落ちた前髪を邪魔くさげにかき上げた下から現れた顔は、中性的でとても美しかった。
長身である光忠に迫る程の高身長で、光忠と同じような洋装の審神者は、光忠の知る、昔の人間とはかけ離れた、すらりとした肢体を持っている。
肉の薄い身体をぴったりとした洋装に包んだ己の主に、(こんなにかっこいい人が僕の主になるんだ)とどこか誇らしい気分が湧き上がってきた。
だが、当の審神者は、光忠を見つめたっきり、ぴくりともしない。
だから、そっと呼びかけてみる事にした。
「えっと、主?」
「……おっと、失礼。あんまり綺麗で見惚れてた。……初めまして、光忠。私は、琴葉。君の審神者だよ」
屈託なく笑うその顔に、とくんと得たばかりの心臓が脈打つ。
「初めまして、主。あの、失礼な事を聞いてごめんね?……女性、だよね?」
恐る恐る尋ねると、切れ長のはずの瞳が真ん丸になり、ぱちくりと瞬いた。
「……ぶぁーっはっはっは!!こりゃいいっ!!大将を一発で女だと見抜いたのは、旦那が初めてだっ!!」
「うるさいよ、薬研っ!!」
光忠を顕現させた近侍は薬研藤四郎らしく、こちらも随分と中性的な顔には似合わず、笑い方は随分と豪快だ。
「流石伊達男だなぁ…。私を女扱いしない、この本丸の連中に爪の垢を煎じて飲ませてやりたい」
「そりゃあ無理な相談だろうなぁ。俺っち達は、普段の大将を見慣れちまってるからな…あでっ」
ぷくくと未だに笑いを収められないでいる薬研の頭をぺしと軽く叩くと、審神者は、琴葉は、もう一度光忠に向き直る。
「まだ、始動したばかりの本丸でね。君は、初の太刀だ。これからの活躍を期待しているよ」
朗らかに笑いながら、光忠に手を差し出すから、こちらもその手を握り返す。
そうして、薬研の言っている意味を理解した。
本来、女性の手は柔かいものだと知識として知っていた光忠にとって、琴葉の手は衝撃的だった。
まるで、剣士のように硬く、血豆やたこだらけのその手は、とても力強いものだったから。
「かっこ悪い所は見せたくないからね。期待に応えられるよう、精一杯がんばるよ」
主に期待を向けられて、嬉しくない刀はいないだろう。
その思いのままににこやかな笑みを向ければ、琴葉の瞳は、はっとしたように瞠られた。
「……あぁ、本当に別嬪さんだ」
感嘆を漏らすように呟かれ、向けられた表情に胸が騒ぐ。
どきどきと心臓を早鐘のように打ち鳴らし、顔に熱を灯す。
「主、その別嬪さんは止めてくれないかな?」
僕は男なんだよ?
刀から人の身を得たばかりの自分に、男としての矜持が備わっているのはどういう仕組みなのか解らないが、審神者に言われる度に恥ずかしさとむず痒さに襲われ、拗ねたように否定してみせた。
「すまない。刀は皆、綺麗な顔をしているのには慣れてきたんだが。……光忠は、特に綺麗で……」
「あーるーじー、刀を誑すのはいい加減にしてくれよ?俺っちの時にも『可憐だ…』とか言って、しばらく動かなかったんだからな」
ほぅとため息をつく琴葉を、肘で突く。
「仕方ないだろっ!?私は面食いなんだ。……てか、今は薬研の事、可憐だなんてクソ程も思わないからな」
「思ってたとしたら、主の認識を拳で正さなきゃならねぇ所だよ」
打てば返るとはこういう事を言うのだろうか。
気安い二人の会話に置いてけぼりを喰らってしまい、嫌味の応酬が止むのを待つしかできない自分が少し嫌になる。
そして、審神者の手が、感情の揺れのまま、光忠の手をぎゅっと握り締める度、心臓が跳ねる。
「ああいえばこう言うっ!!あー、可愛くないっ!!」
「可愛くなくて結構だ。……てか、いつまで燭台切の旦那の手を握ってるんだ?主」
やーらしーと茶化す薬研に、琴葉は何故か勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
(後から薬研に聞いた話によると、『渾身のドヤ顔』というのだそうだ。)
「やらしいよ、私は。気に入った相手は必ず手に入れるからね」
ふふんと鼻でせせら笑うと、握った手を口元に持っていき、光忠の手の甲に唇を寄せた。
「っん………」
硬い親指の腹が、手袋の下に侵入し、すりすりと肌を撫でる感覚に、肌がざわめく。
「こんの物臭審神者っ!!」
かくんと光忠の膝が崩れ、その場にへたり込むのと、薬研の鉄拳琴葉の脳天に決まるのは同時だった。
一生忘れられなくなりそうな審神者との出会いを経て、光忠は隔離されるかのように薬研に早々に与えられた自室に放り込まれる。
「悪ぃな、旦那。あの助平審神者が寝静まったら、この本丸を案内してやるからな」
顕現したてならば、人の身に慣れるのに精いっぱいで宴まで休むと良いという事、頭数の少ないこの本丸で、光忠の歓迎会のため、宴の準備をしなければならない事を口早に告げて、準備ができたら呼びに来るからと、真新しい障子を些か乱暴に閉めた。
しんと静まり返った室内で、やっと一息つける。
静まり返ったとはいえ、遠くで楽しげに笑う声が聞こえたり、そよそよと吹く風の音が聞こえてきたり。
確かに薬研に言われた通り、慣れない人の身で少し疲れた。
着慣れない洋装を脱いで、渡された内番衣装に着替えようとしてはたと気づく。
そもそも今着ている洋装だって、どう脱げば良いか解らない事に。
まずは、何とか脱いでしまおうと、内番衣装を畳の上に置き、四苦八苦していると、すぅと障子が開かれる。
「あぁ、やっぱり苦労しているね」
ひょっこりと顔を覗かせたのは、散々光忠の心を掻き乱した審神者だった。
「あ、主……」
「……そう露骨に警戒しないでくれないか?流石に少し傷つく」
どこか悲しそうに苦笑する顔を見ると、何故か光忠の胸が痛んだ。
「あ、ごめんねっ。そうじゃなくて……あのっ、主を見てるとね、ココが煩い位に脈打つんだ。だから、主が嫌なんじゃなくて、そんな自分がどうしてしまったのかって……っ、あ、主っ!?」
しどろもどろになりながら、琴葉が嫌なわけではないと説明する光忠に、顔を両手で覆って空を仰ぐ。
「主、どうしたの?」
「……光忠がね、あんまり可愛い事を言うから。神様に感謝してた所だよ」
「また、可愛いとか言う……」
かっこ良いがいいのだと言えば、まるで幼子のようだと笑われた。
何の衒いもない笑顔に、光忠の心臓はまた、脈を速くする。
「おいで、光忠。……脱がせてあげるよ」
差し出された手に己の手を重ねると、困ったように眉毛を下げる。
「こう無防備に信頼を寄せられると、悪い事ができないな」
「……悪い事をするの?」
流石に警戒を滲ませれば、重ねた手をぐっと引かれてよろめいた。
「するよ」
腰に手を回され、二人の身体は密着する。
そうして、ふらつきもせずに光忠の身体を支えた琴葉は、次に光忠の顎に手を掛け、己の唇で光忠のそれを塞いだ。
「んんっ!?」