告知と同時に始めるのも落ち着かないのでしばらく寝かせてあります。
お試しで配信したやつのCP名を思いっきり逆で書いてたので土下座してお詫び申し上げます。
この前ツイで盛り上がった酔っ払い神童をお迎えに行く井吹ネタ拝借します🙇
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「神童が潰れた。迎えに来い」
それは霧野からの1本の電話だった。もとい、厳密に言えば神童の番号だったので出たら霧野だった。
「どういう状況だ」
「雷門の同級で飲んでたんだ。お前、神童と一緒に住んでるんだろう?」
確かに霧野には神童も話していたのだろう。しかし。
「まだ他の連中と一緒なのか?」
そこに俺が行っても? と言外に井吹は訊ねる。と、霧野にしては珍しく一瞬言い淀んでから、
「何というか、その、洗いざらいぶちまけてたぞ。酔っ払って」
井吹はそれを聞いて「そうか」とだけ。
「それで、どこに向かえば?」
霧野から所在地を聞き出すと、井吹は薄手のパーカーを羽織りながら部屋を飛び出した。
今日の会場だという居酒屋のすぐそば。時間帯もあって半ば諦めていたパーキングはたまたま出庫のタイミングに出くわして運良く止めることができた。さても。
(何度か顔合わせてるとは言え、雷門の面子なんて馴染みも無いんだが……)
同級と言っていたからもちろん天馬や剣城はいないだろうし、となれば霧野を捕まえるか……と思案しながら足を向ければ、目的の店の前で一見サーファー風の男が辺りの様子を伺っている。見覚えがあるような、無いような。うっすらとした記憶を辿っていると、向こうが先に気付いた様子で井吹に手招きする。それから井吹に声を掛けるより先に店内に首を突っ込んで大声で叫んだ。
「神童! 旦那が迎えにきたぞ~」
何が起こったのか一瞬理解が追いつかない。にわかに店先がドヤドヤと賑やかになり、何人も一斉に溢れてきて井吹は呆気にとられた。
「おお、本当に来た」
「井吹くん、お久しぶりです~」
皆好き勝手に思い思いの言葉を発しているが、誰が誰だか、会ったことがあるのか無いのかもよくわからない。しばらく言葉を失っていたら最後に多少は見知った顔が出てきた。
「おい、お前ら散れ。井吹、神童は中だ」
霧野の顔を見てほっとする日が来るなんて。内心の焦りを悟られないように無言で頷いて、霧野の後に続く。
こっちだ、と先導された先の個室は座敷になっていて、その部屋の隅で、神童はほんのりと赤ら顔になって無防備な寝顔を見せていた。
「錦が調子に乗って飲ませるから……」
サーファー(確か、浜野か)がちょんまげの方を見て言う。
「ワシのせいやかぁ?」
今にも取っ組み合いの喧嘩が始まりそうな勢いだったので、井吹は無言で二人の間を割って入ると、
「ありがとう、連れて帰るから」
もし神童が正気だったら褒めてくれるかもしれないような殊勝な言葉を繰り出す。
「途中で吐くかもしれないから、これ持ってけ」
霧野は淡々と、神童の帰り支度を進めている。手渡されたのは数枚のビニール袋。それから神童の上着にボディバッグだ。
「俺が神童を運ぶから、霧野、それ持ってきてくれ。あと靴な」
くったりと横たわっていた神童を横抱き……にしようと思ったが思い直して背中に担ぐと、
「じゃ、どうも」
挨拶もそこそこに井吹は店を出た。
「なんだか悪いな」
しばらく無言で後をついてきていた霧野がぽつりと言った。
「え、気持ち悪いな。お前、俺にそういうこと言う奴じゃなかっただろ?」
思ったことを素直に口にしたら、霧野は心底不本意そうな一瞥をくれてくる。
「お前に気を使って言ってるんじゃない。後から知ったら神童が絶対に落ち込むから。そのフォローはお前にしかできないだろう?」
「確かにそうだな」
今更霧野に気を使って謙遜したって、こいつがそんな返事を期待しているわけじゃないことくらいわかってる。現に霧野は、それで納得できたみたいで安堵するように息を吐いた。
「霧野、お前はいつから知ってた?」
ただの興味本位だったが聞いてみた。到着したパーキング。助手席のシートを倒してもらい、そこに神童を下ろして横たえさせる間の世間話。
「うーん? そうだな……」
もっとすんなり返ってくると思った答えはなかなか導き出されない。
「いつから? どこから話せばいいのか」
「じゃあ、いいや。また今度な」
「今度、って、いつだよ」
運転席に乗り込むと、苦笑する霧野に片手を上げて、緩やかに車を前進させた。
対向車のヘッドライトがいくつも現れては後方へと流れていく。
助手席の神童は、時折身じろぎをしながらも静かに寝息を立てている。体調は大丈夫だろうか。気を配りながらセーフティドライブを心掛けていたら、右車線から強引にタクシーが割り込んできて慌ててブレーキングする。「チッ」と軽く舌打ち。それから神童の様子を確認すると、先程のラフな動きで目が覚めたようで起きあがるそぶりを見せ始めた。
「すまない、気持ち悪くなったか?」
神童は状況が飲み込めない様子でシートベルトをさすったり座席形状を確認するような動作をしている。
「俺の車の中だ。シート起こすなら、レバーは左」
前方に意識を集中させながら、気配だけで神童の動きを察して短く指示を出す。もそもそと井吹の声に反応しているのを感じて、助手席のシートが勢いよく跳ね上がろうとするのを左手ですかさず押さえた。
「……みんなは……?」
「さあ。後で霧野に電話してみろ」
「なんで、井吹が?」
「俺にもわからん」
別に怒っているわけでも無いのだが、運転に集中しているとどうしてもぶっきらぼうになる。それでなくとも週末の夜道だ。この状況で事故だけはゴメンだ。
「靴が無い」
多分、神童も酔っていてそんなところを気にする風でも無いのだが、目を離すと何をしでかすかわからない片鱗を見せている方が気になる。キョロキョロと挙動がおかしくなってきたので井吹は内心慌てる。
「靴と上着は後ろ。バッグも」
「そうか」
納得して落ち着いたかと思えば今度はパワーウィンドウを下げたり上げたりし始める。
「あちこち弄るな。窓から手なんか出すなよ?」
「井吹、知っているか? 走っている車の窓からこう……手を……」
「そういうの、いいから。危ないからやめてくれ」
少し強めに釘を刺すと、あからさまに不満げに頬を膨らませ拗ねている。いや、面白いけど、今は勘弁して欲しい。
そうこうするうち次第に交通量が減り始め、辺りの景色は住宅街へと移ろう。この辺りまで来れば一安心。だがいまだ挙動のおかしい神童から目が離せない。考えているそばから今度は何やら、神童の視線がある一点に集中している事に気付く。気付いてしまう。
「神童、どうかしたのか?」
牽制の意味も兼ねて訊ねる。神童は「ん?」とか「んー」とか曖昧に返事を返してくるが、いかんせん伝わっている気がしない。
「頼むから、おかしなことするなよ」
まるで獲物を狙う猫のそれ。視線はその一点からピクリとも動きはしない。井吹は思わず後方を確認する。多分、来る。
「……っあ、っぶないから止めろ! マジで!」
予想した通りの神童の動き。井吹の股間めがけて延びてきた手を捕らえて引きはがす。気付いていなかったら本当に危なかった。ニュータイプになれた気がした。
「……ひも」
「ぁあ??」
「紐が、落ちてたから」
腕を捕まれたまま神童はきょとんとしている。紐?何のことだ。チラと目を落とすと、なる程、確かに紐だな。
「パーカーの紐!」
「ゴミかと思って」
またぷぅと膨れる。そんな事の繰り返しで、マンションに到着した頃にはすっかり疲れ切ってしまった。