彼の腕のなかで、目を覚ました。
見上げれば彼もしずかに寝息を立てている。
ぎゅ、とシーツをにぎる。彼の胸元へ、頭をよせる。
暖かいひかえめな鼓動を聴きながら、もう一度目をつむった。
5時30分。
いつもどおりの起床時刻。双子と今日の業務を確認して、15分後には部屋を出て、食堂へ向かう。また15分と少しで朝ごはんをとって、それぞれの仕事場に向かう。
今日やるべきことは、なんだっただろう。知らされていないな。珍しい……きっと……、
往生際悪く、微睡んでしまう。温かい。暖かい、のかも……自分以外のぬくもりは、心地が良いのだ。けれどこれは……イデアさんのあたたかさは、双子たちとも兄妹たちとも、似ているけど違う。
まだ目覚める気配もない彼を起こさないように、そっとベッドを抜け出す。
そういえばここは……、僕たちの部屋ではなかったのだった。
このファミリーのボスの部屋。完全な彼のテリトリー。人と関わるのを厭う彼の、パーソナルスペースとも言える空間でともに過ごすことを許される優越感が、僕の身体を満たした。
イデアさんの部屋は、薄い青紫色の壁と、締め切ったカーテン、大量の漫画やゲーム。そして、何台も積まれた薄型デスクトップパソコン。これでいつものデータ整理や、世界中の支部への伝達などの仕事を行うようだ。
日々のほとんどをすごすこの自室は、彼だけが使いやすいように微調整を重ねられている。まさに、彼だけの城だ。
いろいろな物が散らばった乱雑さに見合わず、窓も、カーテンも、床も、すべてが完璧に掃除されていた。きっと、有能な使用人が専属でついているのだろう。
重ねられた漫画本を踏まないように避けて、ベッドを降りる。
「んん──ぁ、アズール。それどかしていーよ」
もぞり、彼が少し身じろぐのが伝わって、声がかかる。
彼のほうへ振り返ると、彼は寝そべったまま、寝ぼけ眼でこちらに視線を向けていた。
「すみません。起こしてしまいましたか」
「んーん、大丈夫。てかもう起きるの? 早起きだね」
「仕事がありますし」
「え? ないよ。少なくとも今までどおりの仕事は」
わずかに、驚いたような声色。
え。驚いたのはこちらだ。
「は?」
「えだって、もうシュラウド家当主の配偶者ってことになってるでしょ。構成員たちとは立場が変わったから……」
「え……僕は何をすれば……」
「ん〜……仕事はまあ基本、なくなるかな…? やりたきゃボス業の助手とか……交渉とか、パーティーに行ったり? それも毎日じゃないけど」
初耳だ。そりゃあ、今までとは違う立場や、多少の権限が増えることくらいは想定していたけれど。
ボスは「だから寝よ」と、眠たそうに隣に誘う。
……双子たちを部下にする日が来るなんて、知らなかった。
だって僕らは幼いころから対等で、平等で、きょうだいだった。
僕が、彼らの守る対象に追加される。
僕は、彼らに守られる対象になる。
彼らが命を失うときに、僕は──、共に死ぬことを許されない。
それは、嫌だ。
床に足をつけてベッドのふちに腰掛けたまま動かない僕に不思議そうに声をかけて、彼は僕を布団の中へと促す。
「……イデアさん……いえ、ボス。
僕は、構成員たちと一緒に任務に行きたいです」
「は? ……え? なんで?」
「双子と約束をしているんです。……ともに、死ぬと。」
「は!? いいわけなくない!? ダメでしょ、君はもう簡単に死んでいい立場じゃないんだよ!?」
「では子どもたちはいいと? 貴方が命を握る……彼らは、死んでもいいと言うのですか」
「そういうわけじゃない。うちの子は、無駄死にさせたりは絶対しない。
でも、君と他の子たちの命の優先順位は、全く違うんだよ。君が第一、次にボス、そして自分、そのあとが第三者。君もそれはわかってるよね?……僕にとって、ファミリーにとって、君がどれほど大切か」
彼の目は、確かに僕をとらえていた。彼にしては、珍しい。それだけ必至だと分かった。
「存じております。立場を持ったことも、それの重要性も……。
けれど、約束を破るのは……、掟に反します。そうでしょう?」
「そうだけど。そうじゃないでしょ」
「貴方らしくないですね。理論的に、お話にならないのは」
「冷静じゃないのはわかってる。
──君が大事だよ。傷ついてほしくない」
「ありがとうございます。
理解の上です。イデアさんは、僕のどんなところがお好きですか?」
「え……? 頑張り屋さんなところと、美人さんなところと、慈悲があるところ、野心家なところ、え、どこまで言えばいい?」
「僕は、貴方の、地位と財産と立場と、お優しいところと、お顔立ちも素敵ですし、子どもみたいなところと大人っぽいところと……ぜんぶが、大好きです。
──でも、妻子の愛し方に優劣をつける方は好ましくありませんね」
「え……?え?」
「子供を妻と同じくらい、愛してくれる方が好きです。
イデアさん」
「~~~~~~~……、はあ~~~……
愛妻家なだけじゃダメ……?」
「構成員たちはもう、僕たちの子どもたちですよ。
同じだけの愛を……なんて柄じゃないですけど。貴方の愛を一番受けるのは僕がいいですが、子どもたちの命だって、僕と同じだけの重さがあるんですから」
はああ、と長く息をついて、イデアさんは起こしていた上体をまた倒した。
「今までどおりはダメだけど……、幹部のいる安全な任務か、双子ちゃんと一緒なら、…………いいよ。
君を良く思わない奴に命を狙われないとも限らないんだから、危機感もって」
「はい。約束します」
「絶対ね? ほんと、死なれちゃ困る」
「寂しいですか?」
「……寂しいよ?そりゃ」
「それなら、よかった。僕も同じ思いですから」
「君はも~……可愛いこと言う……ほら、早く寝よ。眠い」
彼とにぎった手が強く引っ張られて、ベッドへと倒れてしまう。
少し冷えた僕の身体を温めるみたいに、イデアさんは僕を抱きしめた。
「あんま不意打ちで可愛いこと言わないで? ……正式に報告してお披露目するまで、なんもできないんだから」
「キスぐらいは、いいでしょう? ねえ、イデアさん」
「僕眠いんだけど~……はあ、一回だけね」
あたたかな暗闇の中で、とろけるようにキスをした。
いつまでそうするか、何時まで眠るかなんて、お互い何も言わずに。
いつの間にか、眠りに落ちていた。
とりあえずここまで!! またあしたパーティー編を書く!たぶん!!