「……」
「小鬼ちゃん、どれが気になってるのかな?」
「この6個入りのチョコ……」
2日後、週末の放課後。エース達とハーツラビュル寮で遊ぶ予定を入れ、購買部に立ち寄ってみると、見たことのない商品に目が留まった。
思わずそのワインレッドの箱を手に取ってみる。見た目は転写シートで洒落たデザインが表面に貼られている一口サイズのチョコが6つ入っているだけだけど、カカオの名前が気になる。フローラルカカオって、とてもいい香りがしそうな名前だ。
レジで暇を持て余していたサムさんは、私の隣に移動して持っている箱の中身を指さした。
「Nnn、お目が高いねぇ小鬼ちゃん。これは夕焼けの草原で10年に1度しか穫れないカカオで作ってるんだ」
「そんな貴重なものまで取り寄せられるんですか……」
「その分お値段はその辺のチョコよりもほんのちょっと張るけど、味はこのサムが保証するよ?」
「へー、じゃあちょっと食べてみた……って高っ!?」
値札を見て驚いた。4,800マドル、それもピノみたいなサイズのチョコがたった6個だけ入ってこのお値段だ。こんなの、自分へのご褒美で買うことさえ気が引けてしまいそうだ。
「い、1個800マドルって、ゴディバよりヤバいじゃん……」
「これでも良心的価格なんだけどねぇ。小鬼ちゃんには届きそうにないか」
「せめて1個単位でぇ……!」
「ごめんね小鬼ちゃん、気持ちは分かるけど箱単位でしか売れないんだ……おっと、新しい小鬼ちゃんだ」
ドアが開く音と共に誰かが購買部へ訪れる。じゃあね、と緩い笑みと共に手を緩く振り、サムさんはレジへと戻っていく。私はと言えば、チョコが入った箱を棚に戻したものの、まだその場から動けずにいた。
「……」
6つか……私とあと5人で分ければどうにか買える。ちょうど5人で思い浮かんだのは、ハーツラビュル寮の先輩3人と、エースとデュース。全員をどうにかしてその気にさせれば買える……
「──くん」
ああ、でも誰かがグリムに喋ったら、グリムはもの凄く怒る。それは面倒だから絶対に避けたいところ。もし6人で食べることになったら、他の人への口留めもお願いし、
「ユウくん」
「へぁっ!?」
耳元で囁くような呼びかけだった。
情けない声を上げてしまった直後、左耳を両手で押さえて逃げるように数歩下がる。足音は特に聞こえなかったのに、どうやってあんな近くまで距離を詰められたんだ。
「る、ルーク先輩、そんな近づかなくても流石に聞こえますからっ」
「おや、返事がなかったからここまで近づいたんだが?」
「……サムさん、そうでした?」
「小鬼ちゃん、手が届かないSweetsに夢中だったからねぇ」
「う゛ぅ……すみません」
サムさんを見れば、レジで頬杖をつきながらにやついていた。そこまで高い食べ物に飢えていたわけでもないのに、なんだか無性に恥ずかしい……!
火照った顔に手で温い風を扇ぎながら、ルーク先輩からまた少し離れる。先輩はと言えば、私が棚に戻したチョコの箱を手に取った。
「ああ、フローラルカカオだね」
「ご存じなんですか?」
「ウィ。学園に入学するまで暮らしていた土地で作られたものだからね……ここにあるのなら、久々にあの味を堪能したいところだ」
「えっ」
ぽつりと呟いたや否や、ルーク先輩はレジへと向かう。手袋をした右手には、あの箱が収まっている。
うそ、やだ、待って。まだエース達に交渉もしていないのに、先輩はそんな軽い気持ちで財布を開けてしまうの?
「これと、あとこれを3つほど入れられる物を──」
「オーケーオーケー、これも追加だね?」
「ウィ!」
「ルーク先輩、待っ」
「ThaaankYou!」
お買い上げ完了を示す台詞がサムさんの口から発せられる。サムさんの手からルーク先輩の手に、滅多にお目にかかれない上に絶対美味しいと言われているチョコレートが渡った瞬間、私はただ後ろで見ているだけだった。
「ユウくん、こっちに来ておくれ」
「もう、なんですか……」
掌を天井に向けて手招きをされ、やるせない気持ちでルーク先輩とサムさんの元へと足を運ぶ。近づき、ルーク先輩の手元を見て少し驚いた。買ったばかりのチョコをバッグにしまわず、その場でフィルムを剥がしていたのだ。
更に外側のケースを横にスライドして外してしまう。フィルム越しで見えなかったチョコの光沢がはっきりと視界に飛び込んできた。
「どれか食べたいものを1つ選んでほしいんだ」
「え?」
「君は他の世界から来たのだろう?ならば是非、君にもこれを味わってもらいたいんだ」
「……え、ルーク先輩ってイグニハイド寮生?」
「ポムフィオーレ寮のままだよ?」
「あ、すみません変なこと言っちゃって……じゃあ、白いレースが描いてあるやつを」
「ウィ。あと2つはこちらで選んでおくよ」
言いながらルーク先輩は、6つのチョコの内3つを別の箱へと移し替えていく。ちょうど3つぴったり収まるサイズだ。その箱をバッグにしまうと、右手の手袋を外してレジに置き、空きが3つできた箱から私が指定したチョコを摘まみ、
「口を開けてご覧、プティ・ラパン」
私の顔の前に運んだ……私の手に、渡そうとしなかった。
「い、今ですか?」
「ウィ、口に合わないものを君に贈りたくはない」
「ええ……」
「さあ、早くしないと私の体温で解けてしまうよ」
勝手に手に取っておいてこの人は何を言っているのか。サムさんは既に支払いが済んだものだからか、レジで頬杖をついて他人事のようにこっちを眺めるだけ。笑ってないで何か言って、微笑ましい光景じゃあないからこれは。
「小鬼ちゃん、他の小鬼ちゃん達が来てもいいのかな?」
「ちょっと、まさかグルですか」
「誰が買うか分からない商品で、そんな企みをするはずないだろォ?」
ルーク先輩は手に取ったものを戻そうとしない。誰かに見られてしまうことに対して、焦る素振りをろくに見せない。むしろ別に見られたてもいいって顔だ。サムさんはさっきと変わらず他人事感覚。なんでこんな短時間で私1人にしかデメリットがない空気ができあがるの。
「“やっぱり返して”って、言わないで下さいよね……!?」
「もちろん」
目を細めて猫のように、ルーク先輩は私に笑いかけ、右手を私の口元に近づける。先輩の爪先が下唇に小さくぶつかり、一瞬唇を固く結ぶ。目線は購買部の出入り口。言葉として聞き取れなくても、寮へ帰ろうとする生徒の声は嫌でも聞こえる。
推し相手じゃあない、別に恥じることじゃない、エース達とお菓子を食べる時と何ら変わりない。何度も自分自身に言い聞かせて、一文字を紡いでいた口を開き、2本の指先に挟まっている物に歯を立てて奪い取った。
「ん……っ……──!」
「どうかな?」
「……!……!!」
「ふふっお気に召したみたいだね」
飲み込むよりも前に首を縦に何度も振ると、ルーク先輩は静かに笑いながらレジに手を伸ばし、右手の手袋をはめ直す。そのまま4マス空いた箱に外側のケースをスライドさせて蓋をし、私のブレザーのポケットにその箱を差し込む。その手を上へと滑らせ、立てた人差し指を私の唇の境目で止めた。
「では、残りの2つも味わっておくれ」
「っ……っは、はい」
ごくりと口の中で解けたチョコを飲み込み、また1つ頷いた。
その後何かを買うことはなく、私はルーク先輩とサムさんに出口まで見送られる形で購買部を後にする。校舎から歩いてきている生徒に紛れ込み、鏡舎に続く道に沿って2人で歩き始めた。
「今日はこれからどうするのかな?」
「ハーツラビュル寮に行くつもりです。エース達と遊ぶ約束をしてて」
「ああ、奇遇だね。私も薔薇の騎士に用があるんだ」
「シュ、シュヴァリ……え?」
……ハーツラビュル寮生の1人を指しているみたいだけど、一体誰のことだろう。
「そういえば、先日借りていた小説は読んだかな?」
「あ、昨日前半まで読み終わったところです。展開が面白いですし、映画を観た後だから、何かとイメージがしやすくてさくさく読めました」
「イメージというと?」
「舞台設定とか……登場人物のビジュアルとか……まあ、大体ヴィル先輩が演じてるからなんですけどー」