サリヴァンは、森に捨てられた。
その年は飢饉で、ろくに作物も取れなかった。
売れそうな子供は片端から売り払い、まだ幼い赤子は息の根を止めて殺した。
サリヴァンは痩せっぽちで売れそうにもなかったし、殺すにはいくぶんか成長しすぎていた。
だから両親は森にサリヴァンを捨てた。
空腹のなか、サリヴァンは森を彷徨った。
なにか食べられるものはないものかと木の根をかじりながら、なんとか足を進めた。
きのこの類を口にしなかったのは、どれを食べたらいいかわからなかったからだ。
食べれば、一気に楽になれたのかもしれない。
でもサリヴァンは、それを選ばなかった。
木々の間を縫って、雪が落ちてくる。
夜にかけて、ずいぶんと冷え込んでいく。
薄着のままのサリヴァンは、なんとか凍えそうな体を、ひきずりながら、暖が取れそうな場所を探した。
どれほど歩いたかわからないけれど、ふとサリヴァンは廃屋を見つけた。
石造りのしっかりした建物で、雪や風をしのげそうだった。
屋根が苔むしていて、少し穴が空いてそうだったけれど、外にいるよりはマシだとサリヴァンは中へ入った。
中は時間が止まったようだった。
人が住んでいた形跡があるらしく、幾分か家財が揃っていた。
なぜか棺が部屋の端にあったが、サリヴァンは特に気に留めることはなかった。
今はなんとか凍える体をどうにかしたい。
サリヴァンは暖炉に火を焚べた。
食べるものも探したかったけれど、ずいぶんと体力を消耗していた彼は、少し休むことにした。
目蓋を閉じて横になる。
なにか物音がすると思い、サリヴァンは目を覚ました。
すっかり夜になっており、冴えた月が窓から覗く。
暖炉の火はこうこうと燃えていた。
ふとサリヴァンは疑問に思った。
自分が寝てから、ずいぶんと時間が経ったはずだ。
だが、暖炉に薪が足されている。
誰かいるのか。
見渡すが、特に変わった様子はない。
棺の蓋が開いているだけだ。
サリヴァンはおそるおそる棺の中を覗く。
中にはふかふかとした天鵞絨が敷かれている。
今し方誰か寝ていた形跡はあるものの、触ってみても熱はない。
サリヴァンが疑問に思っていると、きぃーっと言う音とともに、扉が開く。
恐々と振り返ると、銀髪の少女が薪と食材の入った籠を持って立っていた。
「起きたのね。すぐに支度するわ」
少女はふわりと笑い、すぐに食事の支度をするからと暖炉の前に立つ。
大鍋を暖炉にかけて、汲んできただろう水を中に注ぎ込む。
手早く野菜と干し肉を放り込むと、ぐつぐつと煮る。
サリヴァンは、少女のことを不思議に思った。
家主であろうに、特段サリヴァンを責める様子はない。
しかもなぜかしら食事を振る舞おうとしている。
近隣の村は凶作に苦しんでいる。
たいていの人間は人に食事を分け与えるなんてしない。
だが、少女はためらいもなくサリヴァンに食事を作って、御馳走してくれようとしている。
不可解な行動に、サリヴァンは首を捻った。
だが少女はサリヴァンの様子を気にすることなく、食事を作り、振る舞った。
スープしかなく申し訳ないと彼女は言ったが、食事にありつけるだけマシだ。
サリヴァンはしばらく食事をしなくてもいいように、空っぽの胃にありったけのスープを詰め込んだ。
少女はうれしそうにサリヴァンが食事をしているのを見ているが、自らが食事をしようとする気はないらしい。
お腹は空かないのか、とサリヴァンは尋ねるが、いいのよと返すばかり。
不思議なものだとサリヴァンは思いながらも、自分のことで精一杯で、特に気にすることはなかった。
少女は行く宛がないのなら、しばらくここで暮せばいいと言う。
「ただ私のことは寝かせておいてほしい」
少女の言葉に、サリヴァンは首を傾げる。
「吸血鬼なの、私」
そう言って、少女は自らの口に指をかけ、犬歯を見せる。
鋭く尖った犬歯は、非常に長く、肉食動物の牙を連想させた。
「えっと、僕を食べたいとかは…」
「いや、ないわ。食事することには、興味ないわ。だからあなたに危害を加える気はないの」
少女は告げる。
「ただ寝かせておいてほしいだけよ。それこそ、寝るように死んでいきたいから。」
少女は人の血を吸うことも、長すぎる寿命にも飽きたらしい。
死のうとも思ったこともあるらしい。
だがいざ死のうとなったとき、怖くて諦めたそうだ。
「ハァ…僕はここで暮らせるからいいけど…」
「じゃあ、決まりね」
少女はさっさと棺に戻って、蓋を閉めた。
サリヴァンはいかんせん子供だった。
食糧を調達する術を持ち合わせていなかった。
そのため、数日もすると、ぐぅぐぅとお腹を鳴らせるようになっていた。
その音に耐えかねたらしく、少女は棺の中からで出てくる。
「…あなたが食糧を調達できるようになるまで、少し手伝うわ」
少女はアネッサと言い、サリヴァンに狩りの術を教えた。
わざわざ木の枝を使い、サリヴァンのために弓を作ってくれた。
自分には必要ないけれど人間にはそういうものが必要でしょう、とアネッサは言い、手渡した。
どうやら吸血鬼になる前は、狩りみたいなこともしていたらしい。
外観は幼く見えるが、ずいぶん歳をとっているとアネッサはサリヴァンに告げた。
他にもアネッサは、食べられる薬草やきのこの選定も教えた。
また幾分か文字も教えてくれた。
古語になってないかしらとアネッサは怖がっていたけれど、サリヴァンにとっては新鮮な体験だった。
誰もサリヴァンにものを教えてくれなかった。
ただ労働力を提供する存在としての役割が期待されただけだ。
サリヴァンは、あくまで共同体を維持するための存在としての価値しかなかった。
でも、アネッサはサリヴァンをいち人間として見ていてくれた。
吸血鬼のほうが人間扱いするなんて不思議だなと思いながらも、サリヴァンはそれがとても心地よかった。
人として生きているという感覚があった。
サリヴァンとアネッサは数年ともに過ごした。
だが、ある日、もうそろそろいいだろうとアネッサは言い出した。
生きる術をあらかた教えたらしい。
もっと教えてほしいとサリヴァンは訴えたが、もう自分にできることはないとアネッサは再び棺の中で眠るようになった。
それから孤独の日々を、サリヴァンはひとりで過ごした。
サリヴァンにとって、アネッサと生きる日々こそ価値があった。
ただ命をつなぐために生きていることは、非常にむなしく、味っけがなかった。
「ああ、そういうことか」
サリヴァンは理解した。
アネッサもそういう気持ちで生きていたのか。
孤独のなかで、ただ生きるために食事をするむなしさ。
ひとりでは、人生は非常につまらないこと。
誰かいないと、ひとりで生きていくには人生は長すぎる。
だから、サリヴァンは決めた。
アネッサとともに生きようと。
サリヴァンはアネッサの棺を叩き、彼女を起こした。
眠りを妨げられたアネッサは、不快な顔をするわけでもなく、「前見たときよりも、少し背丈が伸びたね」とサリヴァンを見て言った。
「ねぇ、僕もアネッサと同じ時を生きたい」
突然の告白に、アネッサは目を丸くする。
ひとりで生きるには寂しすぎるから、どうか一緒の時間を過ごさせてほしいと懇願するサリヴァンに、アネッサは返事に困る。
人ならざるものになる孤独を、この少年に与えていいものかと。
アネッサは、人ならざるものになることを決めたのは、それ以外選択肢がなかったからだ。
最後まで主人を守るため、従者として死ぬわけにはいかなかったからだ。
アネッサの主人は一地方の領主で、とても孤独な人だった。
統治するために人を駒として扱い、損得で割り切り、処理していく。
その間で揺れ続けて壊れそうだった主人。
唯一心を許せたアネッサだけには、離れないでほしいと懇願した。
アネッサもそんな孤独な主人を一人にするわけにはいかなかった。
だがある日毒を盛られ、森のなかで打ち捨てられることになった。
絶え絶えの息の中、強烈に生きたいと願った。
その願いが通じたのか、森に住んでいた吸血鬼に救われ、血を与えられた。
吸血鬼になって、主人の元に戻ってみると、アネッサは拒絶された。
化物になって戻ってくるくらいなら、さっさと死んでしまえばよかったとアネッサに言い捨てた。
アネッサは森に戻り、助けられた吸血鬼と暮らした。
しばらくすると吸血鬼は飽きたといい、旅に出た。
アネッサはひとりで生きるのもむなしく、棺の中で眠ることにした。
命を投げ出す勇気がなかったからだ。
「アネッサがいないと、僕は生きている気がしないよ」
その言葉に、アネッサは「ああこの少年の気持ちは変えられないな。」と思った。
だが、サリヴァンは必ずしも同じように吸血鬼になれるわけではないのだ。
死ぬ可能性だってある。
「それでもいいよ」
サリヴァンはアネッサの前に首を差し出した。
柔らかい肌に、アネッサの犬歯が刺さる。
ぷつりと赤い珠が結び、血が滴り落ちる。
アネッサはその甘美な血をすすりながら、人生で初めて血を吸ったなとぼんやりと思った。
しばらくサリヴァンは意識を失っていたけれど、すぐに意識を取り戻した。
サリヴァンは、歯を指の腹で触れて確認する。
以前より尖っていることに気付いたサリヴァンは、にぃーっと歯を見せて笑う。
「吸血鬼デビューしました。これからよろしくお願いしますね」
サリヴァンは、うれしそうにアネッサに犬歯を見せた。
《終》
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ヒトエビトSS対決
初公開日: 2021年01月11日
最終更新日: 2021年01月12日
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