黒い画用紙の上に瑠璃を割ったような空に、玻璃のような星がチカチカと瞬いている。
 シンと音まで聞こえそうな寒い夜は、外に出ている肌に針を刺すように冷気を撫でつけた。
 口から吐く息が白い。
 もう少し屋内にいれば良かったと思わないわけでもなかったが、すれ違いになることの方が怖かった。
 今夜は特に冷える気がする。
 スマホの時計を見て、連絡の通知もないことを確認して手に持った、そのままコートのポケットに突っ込むとマヨイはもう一度と星空を見上げた。
 冷気に洗われた星は、静かにしかしまばゆく白い光を投げかけている。
 自分の背後にある建物の光の方がずっと強いのは確かだが、それでもこんな夜の夜空は別格だった。
 遮るものが全て冷えて落ちて、純粋な美しさのみ光になって降るようだ。
 丸みを帯びた月は淡く光を纏っている。
(……綺麗、ですねぇ。
 ずっと見ていたい。
 ですが……少し防寒を怠ったかもしれません。
 少なくとも手袋は必要でしたねぇ……)
 外気に触れている指先がシンと痛んだ。
 露わになっている指先やそんな先端から感覚が無くなっていく。
 そんなに外にいたつもりではなかったはずなのに、痛みに気を取られて中に戻ろうかと思った時だった。
「マヨちゃん!
 中で待っててくれてよかったっすよ!?」
 息を切らして駆け寄ってきたのは、ニキだった。
 もう気配だけでわかる。
「私もいま来たところだったんですよ。
 もう少しかかるなら中に入ろうかと思ったところでした。
 他の皆さんは?」
「おじゃま虫になるつもりはないから、さっさと帰れって追い出されたっす。
 それより、今日、雪が降るかもしれないって誰かが言ってたっすよぉ。
 僕を待ってて風邪引いたとか、やめて欲しいっす」
「……椎名さんだけのせいというわけでは……空が綺麗だなぁと見ていただけでしたので」
 自然な調子でニキはマヨイの隣に並ぶとそのまま歩き出した。
 歩く速度も無意識に揃って隣同士で、夜空の下寮へと歩を進めた。
「あっ、本当っすね。
 チカチカしてるっす」
「なんで寒い日って、こんなに綺麗なんでしょうね」
 歩きつつ見上げた空は、やはり綺麗で慣れた道の余裕も手伝って、そのまましばらく上を向いて歩いた。
 吐く息が白い固まりを作って上に浮かぶ。
 煙を吐いているようで少し面白いと思ったあたりで、マヨイは不意にニキをまじまじと見つめた。
「……髪の毛」
「あっ、今日の撮影下ろして欲しいって話だったんで。
 もう部屋に戻るだけだから、結ばずに来たっすけど……変?」
 ニキは長い髪を結ばずにそのままマフラーの下にしているらしい。
 マフラーによって浮いて膨らんだ後ろ髪が新鮮だった。
「……いえ、変では……決して」
 マヨイはそこまで言うと少しだけ笑った。
 どうやら思い出し笑いの類のようで、ニキが不思議そうな顔をすると慌てて解説を入れる。
「あっ……昔…その…椎名さんとこんなに仲良くなる前に……その……Crazy:BとALKALOIDで一緒に帰る機会が多かったじゃないですかぁ……そういう時に……私、後ろの方をついて歩いていて、椎名さんのおくれ毛を観察するのが好きだったんですよねぇ。
 たくさんある時は、いいことがあるみたいな占いのように楽しんでいたことを思い出しましてぇ」
「そんなことやってたんすか!?」
「は、はぃい……。
 す、すみませぇん……ご不快でしたかぁ!?」
「いや、そんなことはないっすけど……ちょっと知らなかったっていうか……」
「いままで誰にも言ったことはないので……知らなくて当然ですよぉ。
 途中から日課のようになってまして……その…椎名さんは意外に結び方にバラつきが……」
 いつも適当に縛っていただけだったからこそ、まさかそんなところに注目している人がいたとは思わなかったからこそ、ニキは少しだけむず痒いような気持ちになった。
 今のような関係になる前の自分のマヨイ。
(……あっ、そういえば)
「……僕もそういうのあったっすよ」
「そうなんですか?
 ちなみに、どのような……?」
 ニキは思いついたままの内容を口にしようとして、声が出る前に赤面して口を閉じた。
「……やっぱ、なし。
 これは、僕が墓まで持っていくっす」
「えぇっ!?なんなんですかぁ!?
 逆に気になります!!」
「ごめんだ。恥ずかしいっす。
 無理。
 聞かなかったことにして、マヨちゃん」
 ニキは慌てて首を振ると、マヨイから顔を背けて明後日の方を向いて歩いた。
 赤くほてった頬が冷気を受けて心地いい。
 話してくれないニキに不満がないわけではなかったが、追及するほどの意地の悪さもマヨイにはなかった。
「今度、話したくなったら話してくださいねぇ。
 私は……とても、聞きたいです」
「善処するっす」
 くすくすと笑うマヨイを眺めていたら、手袋をしていないことに気がついた。
 白い指の先が赤くなっている。
 ニキは自分の片手を外すとマヨイに差し出して、有無を言わさずにマヨイの手につけた。
「あ、あの…椎名さんが……」
「こっちはこうするっす」
 外した方の手ですぐそばにあったマヨイの手を握ると、指と指を絡めて自分のコートのポケットの中に突っ込んだ。
 さっきまで手袋に温められていたニキの手は暖かく、指と指が擦り合わさるたび、ほのかに体温を交換した。
「……あったかい。
 ありがとうございますぅ」
「どういたしまして」
 指と指が嬉しそうにマヨイの手の甲を撫でる。
 その動きに集中していると寒いことすら忘れてしまいそうだ。
(……あったかい、ですねぇ)
 そういえばニキと話している間中、外の寒さのことなんて忘れていた。
 一人でいた時は、あんなに意識していたのに。
「……はぁ……もう少しあったかかったら、周り道してもう少し一緒にいようって誘うのに……スタジオから寮までって短すぎないっすか?」
 すでにぼんやりと寮の明かりがみえている。
 一人だったから、歩く速度が上がって一刻も早くその温もりに帰りたいと思うのに。
「……あの……し、椎名さんといると寒いのを忘れると言いますか……あっ……いえ……」
「……寒いの我慢してくれるっす?」
「そう言うことですぅ」
 丸い月が影を長く長く伸ばしていたが、それに気付く余裕などなしに、周り道のために右折した二人は、結局鉢合わせすることになったCrazy:Bのメンバーに散々冷やかされることになったのだった。
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