新たなる年の一番最初の太陽が昇る。眩しく差し込む光に目が眩み、アポロはまだ酔いの残る身体を引き摺りながら、苦虫を噛み潰したような顔で頭を掻き毟った。
付き添おうとする従者に無言で制すと、一人自室の扉を開ける。案の定、そこにはアポロを待ちくたびれたのか、ソファに身体を沈めて眠る流れ星の姿があった。
アポロは手を伸ばすと、そっとその青銀色の柔らかな髪に触れる。
「ん……」
眠りは深くなかったのか、小さく身動ぎするとゆるゆると青の瞳が開かれた。
「アポロ……おかえり」
眠そうに目を擦りながら起き上がり柔らかく笑う。その姿にアポロはちくりと胸が痛み、居心地の悪さを感じて苦い顔で立ち尽くした。
「……すまぬ」
小さく、声が零れる。けれどシュテルは首を傾げて、
「どうして謝るんだ?」
アポロの頬に華奢な指を伸ばすと、その頬を包み見上げる。
「君は民を大切にしている。務めを全うしているのに、恥じる事なんてない」
「だがーー俺は約束をーー」
守れなかった。シュテルとの約束を。
年が改まる少し前の事。アポロはシュテルに何か望みはないかと訊ねた。
時々そう訊ねても、シュテルが自分の願いを伝えてくる事は稀だ。何も欲しがらないし、何も望んでこない彼の無欲さは、いつもアポロを歯痒くさせる。
『初日の出、とか言うのだそうだ。新年の朝日の事を。なんでも、とても縁起がいいそうだ 』
何か望みはないのかと訊ねたアポロに、あの時シュテルはそう答えた。『 君と二人で見られたら、嬉しいと思う』
滅多に願い事などしないシュテルのその望みは是非とも叶えてやりたいと、そう思った。
しかし。この辺境では、年の改まる前の晩に部下たちや、城の使用人、そして領民たちを招いた無礼講の宴を催す事となっていた。
皆が楽しみにしている催しを中止にする事など出来ず、ましてや宴もたけなわとなる中で主賓が退席する訳にもいかず、結局帰る事が出来たのは夜が明けてからとなってしまった。
この部屋にもうシュテルは待ってなどいなくて、怒って帰ってくれていたら。もしくはここで顔を見るなり罵ってくれたなら。少しはこの決まりの悪さから解放されるのだろうが。
シュテルは怒るどころか、どういう訳か笑みを深めていた。
「新年早々、君の悲しそうな顔は見たくない」
そんな風に告げられて、ますます歯痒くなる。
「悲しんでなどーーただ俺はお前の望みをーーいやもう遅いな。すまぬ」
素直に詫びると、気を取り直してアポロはシュテルを見つめた。
「シュテル、今年もーー」
一応新年の言葉を述べておこうと開いたアポロの唇を、シュテルの細い指が塞いだ。
その指を今度は自らの唇の前で立てて、小さくしぃーっ、と囁いて、珍しく悪戯っぽく笑った。
「大丈夫だ。行こう」
そして軽く呆気に取られているアポロの手を引いた。
「何処へ行く」
戸惑うアポロをよそに、シュテルは流れ星を呼んだ。
「日の出を見られる場所へ。飛ばしていくから、しっかりつかまっていて。日付変更線を越えよう」
フレアルージュ辺境のアポロの城から一筋の流星は飛び立ち、眩しい光を越えてあっという間に星空へと戻っていった。
降り立ったのは、一面真っ白な雪原の上だった。
しんとした、静かで白い地平線の向こうで、ほんのりと紺色の空が白み始め、色を変える。その上では未だ星がちかちかと瞬いていた。
「おまえは……時々突拍子もない事をする」
ふ、と小さく笑ったアポロの顔を振り返り、シュテルはくすりと笑った。
「君といると、時々僕は大胆な事をしたくなる。君のが伝染ったかな」
「無鉄砲なのを俺のせいにするか」
言い返す声色は優しかった。可笑しそうに笑うシュテルを、後ろから抱きしめてマントで覆った。
「寒くはないか」
「ありがとう。君の身体はとても温かいから、こうしていると少しも寒くない」
そう言ってシュテルはアポロの手を取ると、愛おしげに指を絡めた。
空はますます色を変え、濃紺から青、そして白、赤へと、薄明のグラデーションで彩られる。この夜明けの星空はアポロの好きな景色の一つだ。
まるでその星空を閉じ込めたようなシュテルの瞳が、何より好きだった。
真白な地平線が赤く染まったかと思うと、眩しいばかりの白い光が今まさに昇ろうとしている。
「わ……」
思わず二人息を飲む。生まれたばかりの眩しい陽光が辺りを照らし、広がる雪原も、風に舞う小さな雪の粒も、凍った空気も全てをキラキラと眩しく輝かせていた。
「綺麗だなーー眩しくてーー君みたいだ」
そう言ってシュテルは絡めていた指をぎゅっと握った。アポロはシュテルを抱きしめる腕に力を込める。
「アポローーあけましておめでとう。君とこの光景を見られて嬉しい」
眩しさに目を細めながら、覚えたばかりの挨拶を交わした。
「うむ。今年も共に生きよ」
向き直ると、アポロはすっかり冷たくなったシュテルの頬に触れた。その唇にそっと触れるだけのキスを落とすと、微笑み合う。
全てが白く包まれた世界で、シュテルの銀の髪もキラキラと輝き、その姿がまるで光に溶けてしまいそう気思えて、アポロは再びシュテルを強く抱きしめた。
腕の中に確かな温もりを感じると、もっとこの身体を温めたい。この腕の中に閉じ込めて、熱くなる程に強く繋ぎたいという思いが溢れた。
そんな自分を求めるアポロの願いが聞こえて、ほんのりと目尻を赤く染めたシュテルはアポロの手を取ると、はにかむように笑う。
「さあ、帰ろうか」
新しい年の生まれたての太陽の元、青い流星は再び飛び立っていったーー。
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初公開日: 2021年01月04日
最終更新日: 2021年01月04日
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