雪に、足跡をつけるのが好きだった。
 昨夜のうちに薄く土を覆った白いカーペットはまっさらで、靴底で踏みしめるときゅっと音が鳴る。小さな音なのだけれど、しんと静まり返った冬の森では、はっきりと私の耳まで届く。
 足を踏み出すたびに、雪が鳴る。ひやりとした空気をかき分けながら、まだ日が昇ったばかりの冬の森を歩いた。
 まっさらな白いカーペットに、灰色の足跡が残る。祭司は、あと三日は晴れの日が続くと言っていた。帰りはこの線をたどってくれば、迷うこともないはずだ。
 歩き慣れた道を進んで、いつも水汲みに訪れている沢に出た。冬になると、目に見えて水量が減ってくる。今日はわずかに細く一筋の流れが見えるだけで、大部分が氷と雪に覆われていた。
 薄氷を踏み砕いて歩くのも楽しいけれど、足を滑らせて冷たい水に濡れるのは遠慮したかった。水汲みだけで帰るのならまだしも、今日はこの沢をたどって、もっと歩かなければいけないのだ。
「ふうっ」
 吐いた息が、白く染まって広がった。風はない。空を見上げれば雲もない。空の青と、雪の白と、その間にちらつく苔や樹木の緑と茶色。華やかとは言いにくい景色だけど、嫌いじゃない。
 冬の散歩の供にするには、悪くない眺めに見えた。
 足を取られないようにゆっくりと、沢をたどって森を進む。目的地はこの沢の源流。一刻も歩けば、精霊が棲む泉が見えてくる。
 そこまで言って、泉の精霊にご挨拶をするのが、私の新年最初の仕事だった。
 雪の上を歩くのは大変だ。転ばないように気を付けるだけでも、夏には使わない筋肉に疲労がたまっていく。半国もしないうちに暑くなってきて、コートのボタンを外していた。背嚢から水筒を取り出して、一口あおる。冷たい水が喉に心地良い。うっすらとだが、汗もかいている。
「……臭くないかな?」
 ふと気になって襟元のにおいを嗅いでみたが、さっぱりわからなかった。新年祭で散々ごちそうを飲み食いしたおかげで、すっかり鼻がバカになっている。なにしろ、こんなお祭りの時くらいは、ということで、香草を大雑把に使いまくった料理ばかり並んでいたのだから。
「まあ、大丈夫……だよね」
 今更気にしても仕方がない。ここまで歩いて引き返すのも癪だった。もう、泉まであとわずかなのだ。
 背嚢を背負いなおして、ぐっと気合を入れてから最後の坂を登る。大きな二本のブナの木の間を受けると、さっと視界が晴れた。
 ブナに囲まれた空間に、まるい泉が浅く小さく広がっている。透き通った水を湛える泉は、水面に白い陽光を反射してきらきらと輝いて見えた。
 その泉のほとり・・・に、目当ての精霊が静かに、まことに静かに佇んでいた。象徴である大きな水瓶を腕に抱えて、雪の上に腰を下ろして、穏やかな表情で瞼を下ろした氷漬け・・・の青白い姿。
「凍ってるー!?」
 思わず叫んでいた。一月前にここを訪れた時は、こんなことにはなっていなかった。彼の手のぬくもりも、むしろ冷え性の私よりも温かかったくらいなのに。
 これははたして、火でも熾して解かしてあげた方が良いのだろうか。それともあるいは……などと考えていると、どこからともなく声が聞こえた。
「……ん、ああ、来たのか」
「喋ったー!?」
「喋るくらいするだろう。何年君たちと付き合っていると思っているんだ」
「えっ、でも凍って……え?」
「ああ……そうだな。この状態はちょっとよろしくないな。……少し待て」
 ぴしり。音が響いて、精霊の全身を覆っていた氷に、網の目のようにひび割れが走った。そして一拍の間をおいて、氷は中身ごと・・・・粉々に砕け散った。
「あっ、やべっ」
「精霊様ー!? なんか今『あっ』って失敗した感じの声が聞こえましたけど!?」
「あー……その、なんだ。寝起きだったからな」
「寝起きだったんですか……?」
「ああ。凍ってただろう」
「寝ると凍るんですか!?」
「まあな……しかしマズった。粉砕しちまったな……どうしたものか」
 泉のほとりには、きらきらと輝く小さな氷の粒が散らばるばかり。泉の精霊の体も、彼の抱えていた水瓶も、もはや跡形も残っていなかった。
「……あの、どうするんですか」
「どうしたものか……」
 どこから聞こえてくるのかわからない声が、どうしたものかと繰り返す。
「マジでどうしよう……」
「本当にヤバい雰囲気醸し出すのやめてくれませんかすっごく不安になるんですが」
「実際本当にヤバいんだよ……俺がいないとこの泉が死ぬ」
 この泉は、ここから流れ出る沢の水源だ。そして沢は、私が暮らす村の水源でもある。
「……それウチの村もヤバいじゃないですか」
「ああ……こうなったら仕方ない」
 姿の見えない精霊が、なにやら神妙な表情をしているような気がした。
 その時、ざあっと風が流れた。積もっていた雪が舞い上がり、視界が一瞬白く染まる。
 その一面の白の中、私の耳元にささやく声がした。
「お前、俺の憑代よりしろになれ」
「えっ……えええっ!?」
 こうして、平凡な村人でしかなかったはずの私の、人間と精霊の二重生活が幕を開けることになったのでした。
<おわり>
 一分残して終了は我ながら調子がいいので今年はいろいろと書けるんじゃないかって気がします。
 私にしてはわるくないかきぞめだったということで、このへんで。
 では。
 あと誰かこの話の続き書いてください。
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向き
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昨日ちょっと小説書いてたけどこれが新年最初の執筆作業ということにしたい
初公開日: 2021年01月02日
最終更新日: 2021年01月02日
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