とある昼下がり。ふたりの男は、粛々とした態度でそれぞれのカップを傾けていた。
かたや優雅に、かたや憤然とした色を隠せぬまま、黒髪の男の側が淹れた珈琲を啜る。この一杯の前には赤金髪のほうが淹れたアールグレイを嗜み、更にその前は、連れ立って家を空けている銀髪の青年が置土産よろしく淹れていった――それぞれの好みに合わせてわざわざ都度つくった――珈琲を含んでいた。
「せめて茶請けでも用意せぬか」
沈黙に耐えかねたように、赤金髪の男が言った。それを受け、黒髪の男は肩を竦める。
「世話焼きのギルバートが茶だけ出していった意図が、お判りでしょう?」
「……くっ、うちのシュテルめの入れ知恵か……!」
「恐らく。きっと、『お茶のお供に菓子を用意していっても、こいつらは天井知らずに貪り食うに違いない』と、そうお思いなのでは。はは、こと食欲になると、信用されていませんね」
「笑っている場合か!」
叫んだアポロは、苛々と前髪を掻き上げた。オフモードだったので今日の彼は前髪を下ろしており、その新鮮な髪型にギルバートがびっくりするひと幕などもあったものである。
「第一、『家計に響く』などと言って手綱を握ってこようとするのが解せぬ。俺は奴に家計の負担だけは掛けぬよう、汗水垂らして働いているのだぞ。それを――」
「つまりおまえは、稼ぎ頭のやることに口を出すなと?」
ゲイリーが低い声で嘴を突っ込んだ。
たちまち空気が凍る。
にわかに動揺したのは勿論アポロである。
「ち、違ッ……そうは言っておらぬ! そうではなく、つまりだな、俺が言いたいのは……そう、そうだ。響くもなにも火の車などではないのだから、なにを根拠に今更懐具合の心配をするのだと問い質したいのだ」
「そうですねぇ」何事もなかったかのようにゲイリーは己の顎を撫でた。「恐らくメテオベールさんは、こうおっしゃいたいのではないでしょうか? 『あまり飲んだくれてばかりいると肝臓を悪くする』と」
「……あれがそんなタマか?」
「ご本人もそう思っていらっしゃるから、しばらくは酒盛りの代わりに茶会でもしていろと、遠回しに牽制なさったのでしょう。俺はギルバートと四十路になっても駅弁に励まなくてはなりませんから、たまには肝臓を休ませるのも大事かと考えて、従うことにしたんですよ」
「いや別に励まなくてはならない義務ではないだろうが……」
ぼそりとこぼした突っ込みは、爽やかな笑顔で無視された。
ともかくも嫁の思惑を察したアポロは、渋々男ふたり顔を付き合わせ、茶菓子すらもない茶会に甘んじることにした。こちらの肉体を気遣うなど、なんともいじらしいではないか。そのやり方がいやに婉曲という点も却って好感が持てる。などと、すっかりシュテルに骨抜きにされている自覚などあろう筈もない。
シュテルとギルバートが「デートしてくる」と家を出ていって、一時間ほどが経った。
「君達をあっと言わせるような服をたんまり買い込んでくるから期待しているといい」とシュテルが薄い胸を張っていたので、果たして帰りは何時になるやら。
「四時頃になったら夕食でも作っておきましょうか」とゲイリーが誰にともなく呟いていた。明確な返答こそしなかったもののアポロとて否やはない。
そして今は、まだまだ一時過ぎである。
昼食を食べたばかりとはいえ――相手が俺だから明らかに手を抜いたなこいつ、とアポロが密かに確信したほど適当極まりない豚丼大盛りと野菜炒め大盛り――、軽く摘みたいのが人情である。文字通り茶だけとはなんとも口寂しいではないか。
しかし家主のゲイリーが良しとしないので、仕方なくアポロは長身を折り畳み、せいぜい行儀よく男ふたりの茶会に興じていた。
ぽつぽつと交わす雑談は、多岐に及んだ。互いの会社の情勢を語り合ったり、かと思えば猥談へ飛躍し、昨晩のたこ焼きパーティが美味かったと盛り上がり、
「ずっと思っていたのですが」
「うむ?」
次回のたこ焼きパーティをいつ開催するか打ち合わせ、日程をそれぞれのスケジュールアプリに登録し終えた折。出し抜けにゲイリーが話題を振った。
「願いを聞かれている気分というのは、どういうものです?」
真剣な面持ちで無邪気に訊かれ、アポロは四杯目の紅茶――手ずから淹れたダージリン――を啜る。
「今更どうとも思わぬ。なまじ前世からこっち、俺の願いなど奴に筒抜けなのだから」
「なるほど」重々しく頷いたゲイリーは、「しかしフレアルージュさん、『それはもう小一時間ばかり頭を抱えていた』との証言がありますが?」
「……シュテルの奴め……」
心の底から嘆かれ、ゲイリーはからから笑った。
「あなたの気持ちはよく判りますよ。それまで聞かれているなんて夢にも思っていなかったあれやこれやの願いが、本人にだだ漏れだったと思うと。ええ、俺もギルバートにそうした異能がなくて良かったと思います。勿論ギルバートは、俺の『咥えてほしい』とか『結腸抜きしたい』といった願いを聞いても幻滅なんてしないでしょうが――というか俺がそうした願いを抱いても理解できる理性があると思えませんが――、それでも、こう、肝が冷えるでしょうから。『いいよ兄さん』なんて言われた暁には」
「俺は毎週のようにそんな調子で『いいよぉ』と言われているのだぞ……」
「はは。仲が良くて結構じゃないか。『ふざけるなこの下半身男、ギンギンに勃たせているその短小を噛み千切ってやろうか?』と返されなくて」
「いやに生々しい悪口はやめろ!」
「まぁうちの場合、正面切って『舐めてくれるか?』と頼んだらにっこり笑顔で頷いてくれるんだけどな」
「さらっと惚気るんじゃない」
「……はぁ、ギルバート……まだ帰ってこないのだろうか、待ち遠しい……」
「鬱陶しいな貴様は……!」