『病は気から』
 赤錆びた荒野に、がしゃんがしゃんと粗野な金属音が一定のリズムを刻む。
 鉄のスピアが大地を穿ち、煙を撒き上げながら掘り進んでいた。
 と、スピアの先に感触。
「おお、あったあった……」
 彼は一度手を止めて、指で土を払った。鉄の塊が地中から顔をのぞかせた。それは前時代のロボットの遺骸だった。数は二。状態も悪くない。土がこびりついてはいるものの、錆びも傷もない。磨いて補修をすれば十分にリサイクルできそうだった。
 彼は少しだけ悩んで、ロボットの一体を解体し始めた。外見通り、中のパーツもきれいだった。これならすぐにでも使える。
 彼はすぐさま、鈍い痛みを帯びている自分の腹を開いて、セーフティモードでの起動に切り替えた。彼も、地中に埋もれているロボットと同じ型のロボットだった。
 M002というのが彼のここでの名前だった。
 M002は遺骸からはぎ取った内臓パーツを、自分の内臓パーツと入れ替える。腹の鈍痛はすぐさま収まり、それに合わせて全身のエネルギー効率も上昇した。なるほど、やはり最近の不調は腹部のエネルギーモジュールが動作不良を起こしていたせいだった。腹部の鈍痛はそれを彼に伝えてくれていたのだろう。取り出した元自分の内臓パーツは確かに配線が焼けこげ、ユニットの一部に破損が見られた。これで損耗率二割、しかも通常の活動には支障がないというのだから、つくづく自分の体の丈夫さに感謝した。
 M002は自分の腹に収まっていたパーツを、遺骸の腹に収めなおし、もう一体の遺骸ともども担いで基地に戻っていった。
 足取りは、スピアの音などよりもはるかに軽くなっていた。
 だが、基地への道中、今度は足に痛みを覚えた。こちらもそのうち修理するか、交換をしなければいけない。M002は自分の体に対して、すっかり病に侵されているとの評価を下した。
「で、M002は最近不調が続いて困ってると」
 基地に戻るなり、M002は仲間のロボットたちに相談した。この不調をすっきりさせるにはどうしたらよいか、と。
「そうなんだ。不調が起こるたびにセンサーが反応していたら、そっちに処理能力を取られて作業どころじゃない。センサーの反応はあっても、一応問題なく動くんだからな」
 ロボットの体は、不調をセンサーで感知する。もし不調があった場合は中央処理装置に信号が行くのだが、ロボットにとって不調信号の処理は痛みと同じ存在だった。つまり、人間が怪我や病気を痛みによって感知するのと同じ仕組みである。
「センサーの反応を気にしすぎじゃないのか?」
 兄貴分であるM001が答える。
「気にしすぎか……」
「そうだよ。人間の言葉にある。病は気から、ってな」
 エンジニア担当のE001も話題に乗っかる。
「病は気から……そうか、俺のこの不調も病なのだから、その気をどうにかすればいいわけだな。で、気とはなんだ」
「さぁ、そこまでは俺も……」
 三人は困ってしまった。
 人間などとうの大昔に絶滅してしまっていて、わずかな情報がロボットたちのメモリーに残されているだけである。ここに人間がいれば、言葉の意味も聞けるのだがそうもいかない。
 ひとまず三人は、そのわずかな情報から気という単語をピックアップした。
「つまり気ってのは心、好き嫌い、前向きか後ろ向きか」
「わからん」
「いや、前向き後ろ向きというのはいいヒントになるぞ」
 M001が指を立てた。
「どういうことだ?」
「つまり。前向きというのはポジティブ、自ら進んでいくということだ。つまり、現状の評価が低くとも、未来の状況評価をプラスとしてとらえている、ということだな」
「人間は、いまは病気で苦しんでマイナスの状況に陥っていたとしても、未来がプラスになると考えれば、それだけで病が楽になる生物なのか?」
「生体反応としてはあり得るかもしれん。未来の評価をマイナスにするよりプラスにしたほうが、神経系が刺激され、体温の上昇、生命活動の活発化、ホルモン分ぴつの増加、それらの諸条件を満たすことで病が快方に向かう、とも考えられるからな」
「だがそれは我々ロボットには応用できるとは思えないが……」
 ロボットの体はあくまで機械と配線と電気、そして0と1の計算のみによって成り立っている。必要な体内活動があれば評価のプラスマイナス関係なしに行うようにできている。
「……いや、そうとも言い切れないかもしれないぞ」
 今度はE001が指を立てた。
「つまりだ。未来をプラス評価にするということは、ひいては現在の病気による不調のマイナス影響をそれほど重要視していない、ということになる」
「一理あるな」
「ということはだ。体の不調に対する価値判断の基準を、今より緩めることで、前向きになる、と定義づけるのはどうだろうか」
「なるほど、そういうことか」
 現在ロボットたちは、あらゆるパーツにおいて、損耗率二割をセンサーが反応する閾値と定めている。E001の提案は、その閾値をさらに上げるということだ。
 つまり、現状では気にしている規模の破損は無視し、より大きな破損になって初めて修理に取り掛かるのである。
 E001はさっそくセンサー反応の閾値を、損耗率二割から損耗率四割へと変更した。
 これで、今より多少大きな破損が生じても、問題なく動けるようになるはずである。
 はじめはうまくいった。
 損耗率四割に達するにはそれなりの時間を必要とする。
 痛みもなく快適に稼働できる時間が、以前よりはるかに増えたのである。
 ところが、だ。この破損センサーの閾値を上げたことによる影響は、変更後初めてのパーツ交換の際に明らかになった。
「この破損はひどいな……」
 E001が言葉を詰まらせる。これからの対応を計算するのに処理がかかりすぎてしまっているらしい。
「どうひどいんだ?」
「ああ、このパーツはもう使えないかもしれない」
「なんだって?」
 E001は、M002から取り出したパーツの、ひどく焼けこげた部分を指さした。
「この部分が破損してしまうと、今の我々の技術力では到底修理不可能なんだ」
 ロボットたちは、地中からロボットの遺骸を掘り起こして、自らのパーツを新調していくことで命をつないでいる。当然ロボットの遺骸は限られた資源だ。そのためE001が、破損したパーツの修理も行って資源の無駄遣いを抑えていた。
 修理不可能なパーツが出れば、それだけロボットたちの未来が短くなってしまうということだ。
「技術力は今後の課題として、とりあえず今のお前のパーツは交換することで急場をしのごう」
「ああ、わかった」
 その後もしばらく、センサー反応の閾値を損耗率四割にしたまま生活をつづけた。
 だが体に異変が生じるたびに、このパーツは修理不可能だ、修理はできるが時間がかなりかかる、とE001の負担は損耗率二割を閾値にしていたころよりもはるかに増えてしまった。ロボットたちのパーツの予備も少しずつ貯金を減らしていた。
 ロボットたちは、予備パーツの減少には非常に敏感だった。
 底をついた時が、ロボットたちの絶滅である。
 絶滅を避けること、それが最大の優先事項だった。
 ロボットたちは緊急会議を開いた。E001がさっそく結論から入った。
「センサーの閾値を、現在の損耗率四割から変更したいと思う」
 それにはM001もM002も賛成だった。閾値を四割に変更してから、明確に悪影響が出たのだ。元の閾値に戻すことには何ら抵抗はない。
「そこで提案なんだが、一度、損耗率一割をセンサーの閾値にしてみないか?」
 だが、その提案は意外だった。とくに、度重なる体の痛み、つまりセンサーの反応に過敏になっていたM002にとってはあまりいい策だとは思えなかった。
「いや、一度試してみたいことがあるんだ」
「まるで先日の会議とは真逆だな」
「病は気から、あれは嘘だったんだよ。前向きになったところで病そのものがなくなるわけじゃない」
「病そのものがなくなるわけじゃない?」
 M002はピンときた。
「なるほど、E001がやりたいことはそういうことか」
 会議は終了し、E001のセンサー閾値を損耗率一割に変更するという提案が、すぐさま実行に移された。
 確かに最初は、M001もM002も戸惑った。損耗率が一割になったらすぐセンサーが反応し、痛みを生じるのである。だが体は全く不調ではない。余裕で問題なく稼働する範囲だ。
 だが当面の方針として、センサーが反応するや否やすぐさまパーツの修理、交換を行った。M001とM002の作業時間は減ったが、逆に一つのパーツを修理するのにかかる時間は大幅に減り、さらに、使用不可能になるパーツも一切でなくなった。損耗率一割を閾値とすることで、パーツに致命的な破損が生じる前に修理に出せるようになったのだ。
 そのため、パーツの備蓄量はあっという間に回復し、以前をはるかに超すまでになった。
 加えてM001とM002の体は、常にパーツが新品に近い状態を保たれていたので、作業時間は短くとも、稼働効率は以前よりかなり上がっていた。
 それこそがE001の狙いだった。
 つまり。
 病は気からという言葉は何も、心の持ちようが前向きになれば病気が治るということをロボットたちにとって意味しなかった。不調への警戒を怠らず、異変があればすぐに対応し、問題の目を小さなうちに根絶する心の感度を持ち続けろ、そういう意味だった。
 人間にとっての心の持ちようを現状評価のプラスマイナス判断であると定義づけるならば、諸問題への価値基準の柔軟な変更こそ、ロボットにとっての心なのかもしれない。
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小説レベリング100日チャレンジ 19日目 お題:タイトル回収
初公開日: 2020年12月27日
最終更新日: 2020年12月27日
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コメント
タイトルをいい感じにお話の中で回収、利用しましょう。