五秒息を吸って、一秒待って、五秒かけて吐いて。まだ私たちの出番はいくつも先だけれど、だからこそ余裕をもって気持ちを仕上げることができる。今日は自分たちのユニットだけではない、ES全体を巻き込んでの一大イベントだ。最初からミスをしたときのことばかり考えているわけではないが、成功のため、私もひとりのアイドルとして全力を尽くさなければならない。
「マヨイさん、あちらで最後に発声練習をお願いしたいのですが……」
「すぅ、っ……はぁ……」
「マヨイさん?」
「ふぁいっ!? ……ヒィッ! ち、ちちち近……っ!」
 いつの間にかすぐ横にいた巽さんの、色素の薄い瞳に映った自分の顔のなんと間抜けなことか。やはり箱の規模と仕上げの所要時間が比例してしまうのを今後どう解決していくかが自分の課題だ。年も明けぬうちから来年の目標が決まってしまうのは、喜ばしいやら情けないやら。
「すみません、集中していらっしゃって聞こえなかったようなので」
「うぅ……こちらこそごめんなさい、いつまでもビビリが治らなくて……えっと、発声練習の指導でしたよね。今行きますぅ」
「はい。ギリギリまで万全に近い状態を追求しましょう」
 このお方の笑顔は、年の終わりまで変わらない。真っ直ぐで、清らかで。まるで一足早くここに初日の出が昇ってきたかのようだ。
「巽さん、流石ですねぇ。こんなときにも落ち着いていて、私には真似できません……」
「まぁ、ブランクがあるとはいえ、それ以前の数年間もこんな調子でしたからな。クリスマスが終われば実家の片付けと大掃除、多方面から誕生日を祝われながら年末特番にいくつも出演して……俺にとっては、年末年始に何もしないで寝て過ごす方が落ち着かないくらいです」
「あぁ、あなたはそういうお方でしたね……あの、差し出がましいかも知れませんが、くれぐれもご無理だけはしないでください」
「はい、分かっていますよ。これからもきっと、何年――何十年と、こんな慌ただしさが続くはずです。そうなるようにしていかなければなりません。そのために、まずはここを乗り越えましょう。そして、新しい一年間をどうかともに」
 ぎゅ、といつもより力強く手を握られる。平生の私なら振り払おうと藻掻いていたところだが、今は違う。この手は彼の清浄を映す鏡にあらず、同じ誓いを秘めたウェポン。その想いに応えるべく、私も同じくらいの強さで大きな手を握り返した。
「……家族のように団欒のなかで年を越すのも、私は悪くないと思いますけどねぇ
「おや。それはアイドル生命の向こう側の話ですかな?」
「ヒィッ、違いますぅうう! 私なんかが叶いもしない夢みたいな憧れを抱いてしまってすみませぇええん!」
 壁際に連なる楽屋の列を抜けて、奥の小さなレッスン室へ。出番は三つ先、カウントダウンは正確に。
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