『全艦に通達、これよりロドス艦隊は正面変換運動を実施。繰り返す、これよりロドス艦隊は正面変換運動を実施。乗員は全て屋内に退避せよ』
 北方、雪原地域。
 ごごん、という外部設備の収納の為の機械の駆動音が響き、それと共に艦内アナウンスが流れ午後のゆったりとしていたロドスの空気が一気に変わった。
『広域走査を要請。レーダー網をチェック』
『半径2400以内に異常なし。高高度に未確認飛翔物体も確認できず』
『続いて設置物スキャンを開始』
『封鎖処置を実行。甲板・側面装備の収納、及び全外殻隔壁の閉鎖を並行して行え』
『重力バラストを展開。高度上昇準備、微速』
『分離剤を注入、接合モジュールを分離』
『封鎖処置の完了を確認』
『オートバランサー制御起動。噴射方向計算を開始』
 コントロールルームのコンソールの前に立つ私の肩に手を置いたチェンが、ケルシーから受け取った資料を見て呆れたように呟いた。
「これを全部無人でやるのか? いくら企業国家とはいえ、統一制御システムに群体転換機動を任せるのは正気の沙汰じゃないな」
「最悪乗組員が一人でも動くように出来ている。ロドスだからこそ出来る芸当だよ」
「まったく、これだからロマン主義者は……」
 チェンが肩をすくめた。まぁ、彼女がそう思うのも無理はないだろう。炎国やウルサスのような巨大国家にはこのレベルの機動が求められることはまずありえないからだ。設計思想の段階からこの船には常軌を逸した思考が混ざっている、とクロージャから聞いた記憶がある。
「あ、ここにいたんだ。ドクター!」
「呼ばれてるぞ。あとは自分で何とかする。助かった」
「じゃあな。……どうした、プロヴァンス?」
「この後空いてるよね? スカイフレアが早くしろって」
「あー、あれか。分かった、今行く」
 ロドス艦隊は長期点検作業の為に元ライン生命管轄領地の雪原地帯にある港に向かって航行していた。操舵室の指揮の下に回頭を始め、主モニターでは一斉に右回りへ動き出す構造物が映し出される。振り向いて声の主を見れば、プロヴァンスが防寒着を着こんで手を振っていた。
「珍しい服装じゃないか」
「これ? そうだね、基本的に外で作業をするときぐらいしか着ないから、確かに珍しいかも」
「それで? 足湯に入るんだそうだな。風呂みたいなものか?」
「ドクター、風呂知ってるの?」
「え? ま、まぁな」
 船尾の方へ向かって歩き出したプロヴァンスについていく。これは恐らく皆が思っていることなのだが、プロヴァンスの後ろをついていくときは尻尾のお陰で前が見えなくなるため少々神経を使う必要がある。彼女が何か通過する急患と医者を優先するために止まった日にはもふもふに埋もれることになる。
「降りるときは倉庫のハッチからだから、ホバーに乗って目的地に向かってもいいかもね」
「遠いのか?」
「結構雪は深いよ。歩くだけで疲れちゃうかも」
「そういうことか。そうなるともっと着込む必要があるな……」
「スカイフレアを抱っこすればいいんじゃない?」
 彼女が受けれいてくれるかどうかによるな、と言うと彼女は大丈夫と答えた。タンデムでも彼女は平気だったし、と付け加えたがそれは抱きつくのがプロヴァンスだったからではないのか? 彼女はスカイフレアのことになると多少距離感がおかしくなる気がする。
『曳船を投下、接弦まで10。タグラインを用意』
『上昇燃焼終了。誤差修正範囲内』
『ワイヤー接続。同期完了、牽引エンジン点火』
『回頭開始』
 艦隊が回頭を始めた。私達は慣性系の内部にいるためその運動を感じ取ることはほとんど出来ないが、じきに入れ替え作業が完了するだろう。これほどまでに巨大な構造物となると動かすだけでも一苦労だ。
「ついたよ。先頭の方は車両が沢山あるから、第二ゲートから出よう」
「お、スカイフレアもいるな」
 開けた場所に出た。軍用飛行場のような広さを誇る倉庫には、港へ降りて作業を行う部隊と現地調査へ赴くチームが待機している。階段を上った先には整然と並べられたホバークラフトが浮遊レールに係留されていた。待機列の中ほどへ向かって挨拶を交わしながら歩き、腕を組んでゲートの方を見つめていたスカイフレアと合流する。
「ありがとう。監督業務があって助かった」
「ちょうど終わったのかしら。もう数十秒もしない内に開くでしょうから、早く乗り込んだ方が良いわね」
「はい、これ。何も持って行かないんじゃ寂しくない?」
「あら、ありがとう。気が利くじゃない」
 案内に従って割り当てられたホバーの運転席に乗り込んだプロヴァンスが後部座席に座るスカイフレアに瓶を袋を手渡した。受け取った彼女は足元の収納スペースに入れて落ちないように足で抑える。
「何かしら。足をじっと見つめたりなんかして」
「いや、何でも。やっぱり君も着込んでるだなって」
「?」
『――補助エンジン停止。曳船を回収。再結合は不要』
『航空ドローンより回頭を確認。各部確認、電装点検に異常なし』
『全行程を完了。第一、三、五、六、七、十三、十五ゲート開放』
『了解。ゲート開放します』
 がこん、という音とともにゲートが開き始めた。それと同時に浮遊レールが動き出し、射出用レールへ誘導が始まる。赤いランプからブザー音が鳴り響き、空いたゲートの隙間からなだれ込んできた風が通り過ぎていった。ゴーグルをつけたプロヴァンスが言う。
「いつ乗ってもこの瞬間が一番楽しいなぁ。ジェットコースターに乗ってるみたいで」
「ジェットコースター? なんですの、それ?」
「――失礼します! ドライバー、安全装置及び衝撃吸収装置のスイッチランプが点灯していることを確認願えますか?」
「確認。大丈夫だよ」
「ご協力いただきありがとうございます! この艦は一番港から遠い位置に停泊するため、そちらへ向かう際はナビゲーターの利用を推奨します。良いドライヴを!」
 作業員がサムズアップして準備が完了したことを伝え、そのまま後方に待機している次のホバーの人へ向かっていく。前を見ると、もう次には私たちの番だった。
「ドクター、口は閉じてた方がいいからね。舌を噛むかもしれないよ」
 射出レールに接続し、アームが外れて底部のガイドレールに収まったホバーは最終点検を終えたことを示す緑のランプが点灯する。
 刹那、雷鳴のような音とともに後部から猛烈な衝撃を受けたと思ったころには私達ははるか空中へと飛び出していた。一気に視界が開け、冷たい風を切るような感覚と眩しさに目を閉じてしまった。安全帯を付けていて本当に良かったと思いながら横を見ると、スカイフレアは耐衝撃姿勢のような、背を丸めて思いっきり背もたれにしがみついたまま微動だにしていない。かと思えば前方のプロヴァンスはとても楽しそうにハンドルを握っていて、これはどっちが正しいんだと私は思う。
 着地する前に何か厚いクッションに沈み込むような感覚があり、何回か小さく跳ねた後に完全に減速を終えてしまった。アクセルを踏み込んだプロヴァンスがホバーを走らせながら訊ねる。
「背中さすってあげて、ドクター」
「だ、大丈夫か……?」
「……はーっ、はーっ、ふぅ……。まったく、この移動方法は全く度し難いですわ。一回これを設計した技師を問い詰める必要がある、ごほっ」
 涙目になりながら起き上がったスカイフレアは無意識になのか背中に回した左手を右手でがっしりと指を組み合わせる様にして繋いでしまった。どう? とプロヴァンスが聞いてくるので取り敢えず大丈夫だと答える。スカイフレアが気づく素振りはない。
『もしもーし? こっちはもう着いたからメイヤーと一緒に作業始めちゃうよ』
「おっけー! 私達はあともうちょい!」
『分かった。待ってるね』
 マゼランとの手短な通信を終えた彼女はギアを変えて加速したホバーを右にハンドルを切って目的へ向かわせる。そこそこの速度で移動している筈なのに足元を流れる雪面には凹みすらない。
「しっぽは観測装置のメンテナンスの方に取り掛かると言ってたから、私達は先に足湯へ向かうことになるかしら」
「なるほど」
「……それと、いつまでくっついているつもりかしら? 乙女に何をするつもりで?」
「くっつけさせたのは君じゃないか」
「ま、まぁ? あったかいと言うのならば仕方がありませんわね?」
「え?」
「これまで暖房だとか湯たんぽだとか歩くストーブだとか散々言われてきましたけれども、あなた達は私の真価をよく分かっていないのよ! 熱過ぎず、冷た過ぎずの心地良い塩梅を保つことがどれだけ難しいことなのか……、ふふ、ふふふふ、ついにドクターの隣をせしめた私の前にひれ伏しなさい!」
「でも結局暖房としての性能を誇っているようにしか聞こえないけど」
「しっぽ!?」
 でも手は離さないんだな、とは言わないでおく。実際暖かいのだ。こう、彼女の触り心地も良いせいか手放したくなくなる良さがある。肩もぴったりくっついているのでまるで恋人のようだが、あくまで彼女がすがってきたという事実を自分から捻じ曲げるつもりはないので――無論後で弄り倒すためだ――、表情を変えないように口を真一文字に結んで我慢する。
 沈黙したのちスカイフレアがこそこそ顔色を窺っていたのを私はバイザーの奥からしっかりと見ていた。
 引っかかったな。
「地平線まで真っ白ですわ」
「本当だ。銀世界とはこういうことか」
 ホバーから降り、源泉の方へ向かったプロヴァンスと別れて私とスカイフレアは小さな東屋に辿り着くと、その向こう側に見えた一面真っ白な雪の世界に私達はしばし見とれていた。曇り空からしんしんと降り積もる雪が枯れた枝木にかかり、地面にある何もかもを埋め尽くしてじっと黙り込んでいる。
 東屋の中は身長の半分ほどの大きさの岩があり、その頂点から溢れ出す湯水が流れていた。木で彫られた看板には「ライン生命」と流麗な文字で書かれている。極東の文化を用いたのだろうか。
「中々やるじゃない。風情があって良いものだわ」
「無駄なものが一切ない。必要最低限だけの設備がこんなにも綺麗に映えるとは思っていなかった」
「ええ。綺麗」
「どうする? 先に……入る、で良いのか?」
「待った方が良いと思うけれど。長居してたら逆に疲れてしまうわよ」
 靴を脱いだ彼女はすとんと縁の木の部分に座りこんだ。取り敢えず私も座ってみると暖かい。熱せられているのだろう。
「焼酎を持ってきてくれたのは正解と言わざるを得ないわ。つもりこういうことでしょ」
 とビニール袋から取り出した焼酎を湯の中に突っ込んだ。そんな温度があるのかと思ったが手を入れてみると意外に熱かった。温度計を見てみると45度くらいはあるらしい。でも足りないだろうと彼女に聞くと、雰囲気が出ればいいのよとあっけらかんとした表情で答えた。
「私がいればそこら辺の雪を溶かしてお湯を作るくらい簡単だわ」
 となぜか自慢げだ。でもわざわざ靴を履きなおす気はないのか、体を伸ばして周囲の雪をアルミ製の持ち運びタイプのケトルに集めようとしていて滑稽な姿である。
「乙女はどこに行ったんだよ」
「スカートをめくったら頬を引っぱたくわよ」
「しないよ。その前にこっちが丸焦げになってる」
 めくるなというなら挑発的な姿勢をやめた方が良いんじゃないかと思う。雪を集めた彼女は仰向けになって寝っ転がっていた。
「ちょっと待て。それをこっちにくれないか」
「はい」
「これを……こうだっ」
「………まさか、『へそで茶を沸かす』なんて古典的なジョークを言うつもりかしら」
「そのまさかさ」
 ジト目で見つめるスカイフレアは馬鹿らしいと呟いたが、やがて雪がほろほろと溶けだしたのを見て私は吹き出した。まさか本当に出来るとは。
「――何してるの?」
「何って、へそで茶を「何でもないわ」」
「え、でも何で寝っ転がって……」
「何でもないのよ!」
 えー、絶対何か面白いことしてたでしょ、とプロヴァンスが戻ってきた。こっちもこっちで何か持ってきたのか袋を引っ提げている。
 程よく温まったケトルを向かい側に置いた私は二人に挟まれる形で座り、あとで旅館の方に行ったマゼランとメイヤーがこっちに来るという連絡を受けながら三人分の靴を脇に寄せた。
「入るか」
「生足を拝める、というわけだね」
「ねぇしっぽ、あなたちょっとおじさんになってるのではなくて?」
「いそいそとタイツを脱ぎながら言われても困るなぁ」
「こ、これは仕方がないでしょう」
「そうだね、でもどう思う、ドクター?」
「とても良いと思うぞ。ちょっと触りたいな」
「破廉恥ですわっっっ!!!!」
 スカイフレアの声が残響したのが少し面白かった。三人で一斉に足を湯につけるとじんわりと熱が伝わってくる。一気に疲れが抜け落ちるような感じで脱力した私達は長い息を吐いた。
「いやー、こんな北まで来た甲斐があるね。いろんなところを回ってきたけど、腰を落ち着けて滞在したことはあんまりなかったなぁ」
「そうですのよ。彼女、ろくに観光もしないですぐに仕事仕事と……、天災予報なんて頭に詳細な地図が描けるくらい鮮明に叩き込んでいるのに一日中見ているし」
「何かねぇ、都市を見るよりも旅の途中の方が楽しく感じるんだ。遠くにそびえ立つ山を見ながら一歩一歩進んでいくのが良くてさ」
「あなた、時代が時代なら探検家になっていたのかもしれないわよ」
「確かに」
「……そうだ、君たちの旅の話をしてくれないか。あまり聞いたことがなかった」
「あら」
 そうでしたっけ、とスカイフレアが首を傾げる。ロドスは基本的に艦内に常駐する一般業務職員と医療オペレーター、研究員、保護したあらゆる年代を含む人々、また戦闘業務に携わるオペレーターがいる。そして、プロヴァンスやスカイフレア、アンジェリーナ、ペンギン急便のようなトランスポーター達は外に出ている時間の方が多い。
 トランスポーターは全世界各国で交通・通商関係において利用可能なパスポートを保有しており、それがそのまま資格証として使われているのだ。単独、あるいは少人数での活動を支える大きな要因の一つであり、同封されるライセンスは信頼の証として扱われる。以前見せてもらったことがあるのだが、初々しい二人の姿を見れたのは興味深かった。
「もうちょっとそっちに寄れる?」
「くっつき過ぎじゃないかな」
「寒いから仕方がないでしょう。大人しく私に甘えなさい」
「ええ……」
「不満でも?」
「プロヴァンスは分かるけど君に甘えるのは負けた気がする」
「ふぅぅぅーーーーん?」
「書類を燃やすのはまだしも、衣服まで燃やしてどうするんだよ。それに薄着で生活するのは解決策としては恐ろしくワイルドだ」
「良いじゃない。減るものでもないのだから」
 貴族の家に生まれたのに山で育ったのかと言わんばかりの豪快っぷりだ。
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初公開日: 2020年12月25日
最終更新日: 2020年12月26日
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タイトルが決まってないけどスカイフレアとプロヴァンスの話。
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