テディベア安赤
ついこの間まで俺の命を狙っていたはずの男と、なぜだか知らないが恋人という関係になった。人生とは何が起こるか分からないものだ。
人生とは何が起こるか分からないが、俺はこの日本という国での捜査を終え、国に帰ることになった。当然ながらこの「国」と言うのは俺が国籍を置くアメリカであり、俺の職場があるアメリカである。つまり俺はアメリカに帰るのだ。1ヶ月後に。この帰国は、当然ながら予定されていた未来であり、俺の人生に於てはまったく予想外のことではなかった。ただーー。
「お、俺という恋人を置いてッ!アメリカに帰るんですか!?」
と叫ぶ目の前の恋人にとっては、俺の帰国は予想外のものであったらしい。
可愛い女みたいな顔して、面倒くさい女みたいなことを言うんだな。とは思ったが、流石の俺でもそれをそのまま口に出すことをしない程度のデリカシーは持ち合わせていた。ただ、心の中では舌打ちしていた。中学生みたいな顔して、恋人には電話をしたらすぐに会いに来てくれる距離にいて欲しいなんていうガキくさいことを考える男だな、とも思ったが、勿論俺はそれを口にすることはなかった。
「当たり前じゃないか。君は俺がどこに所属するスナイパーだと思っているんだ?」
眉をしかめて煙草の煙を吐きながら俺がそう言うと、目の前の男はいかにもショックを受けましたという顔をしたあとで、顔を真っ赤にして目をつり上げた。
「信じられません!貴方!どういうつもりで俺と付き合ってるんですか!?」
そう叫ぶ男に、少なくとも俺は恋人のために仕事を辞めるような人間ではないと言い返したかったが、なんだかとりあえず非常に面倒だったので。
「……………わかった」
そう言って、その日は別れた。
そして翌日、俺はテディベア専門店に足を運んでいた。
俺がいなくて寂しいと言うなら、俺がいない間にはテディベアでも抱いて寂しさをまぎらわせておけばいいのではないか。そう思ったのだ。
俺の生まれた国では、生まれたときにテディベアをプレゼントされ、それを大人になるまで大切に持っている男というのは珍しくはなかった。
ちなみに、俺も生まれたときはテディベアをプレゼントされてはいたが、小学生になるころくらいにテディベアの耐久性を調べるという名目で滅茶苦茶にサンドバッグにしていたらボロボロになったので捨てた。いや、あれについては少しは悪いという気持ちはあったが、母が「お前のテディは色々こだわって、素材も強いものを選んだんだ。強い子に育つように、思いを込めて」なんて言うのも悪い。そんなことを言われたらどれほど強いのか興味が湧くというものだ。
まぁ、そんなことはどうでもいいのだが、つまり今俺にとって大切なのは、恋人にまあまあいい感じのベアをプレゼントして、自分が心おだやかにアメリカに帰ると言うことだ。
日本にはなかなか無いらしいテディベア専門店だが、来てみると肌の色や触り心地、瞳の色、中に入れる綿の種類まで事細かに選べるようだった。
とりあえず、俺は片手で抱えられる程度のサイズで、おれの肌の色に近くて触り心地のいち布を選び、瞳の色はグリーンにしてもらうように店員に伝えた。
どう考えても自分を模したテディベアを作ろうとしている成人男性をどう思っているのかは分からないが、店員はさすがプロとでも言おうか、淡々と俺の注文に応えてくれた。
そして、ものの30分程度で大体のことが決まった。最後に店員さんが「手作りの子を自分の出生体重に合わせる方が多いんですよ」と言っていたので、「じゃあそれで」と伝えた。あとから、日本の結婚式で新郎新婦が自分の両親へ感謝の気持ちを伝えるために自分が生まれたときと同じ重さのテディベアを渡すのが流行っているらしいと知ったが、俺という恋人が自分から遠く離れた地に行くことがさみしいと喚く男は、俺の両親と同じくらい俺がこの世界に生まれたことを感謝してもいいと思うのでまぁよしとしよう。ちょっと自分でも何を言っているか
よく分からないが、要は俺がスムーズに帰国さえできればどうでもいいのだ。
そして1週間後、無事にテディベアが届いた。彼に渡す前に自分でも抱いてみたのだが、自分が選んだものではあったがなかなかに抱き心地がいい。そして、ふわふわ、というよりはガッシリと中に布が詰められている様子なのがまたいい。
これなら、俺が持っていたあのボロボロになったテディよりも耐久性にも優れていそうだ。なにかと癇癪持ちな彼が万が一にでもこのテディベアを全力で壁に投げつけたとしてもそう簡単には壊れないだろう。
何気なく言われてそのままにした出生体重だって、そう言われたら不思議と愛着も湧くものだ。俺は生まれたとき、こんなにも軽かったのかーーー。
「これを俺だと思って大切にしておいてくれ」
「はぁ???????????」
俺が作った大切なテディベアを彼に渡したら、彼はまるで明日この世界が終わるとでも言われたかのような顔をして思いやりの欠片もない言葉を吐いてきた。
はぁ?とはなんだ。これは俺の生まれたときと同じ重さのテディベアだぞ。
「これで俺がアメリカに帰っても寂しくないだろう」
「はぁ?」
「君のためにこだわって作ったんだ。一番のこだわりポイントを教えてやろうか、実はなこの熊、俺が生まれたときと同」
「いや…貴方、俺が、貴方がアメリカに帰ったら寂しいから怒ってると思ってたんですか?」
「はぁ?」
いや、どう考えてもそんな素振りだっただろう。と、俺は先日彼にアメリカに帰国することを告げた時のことを思い出してみた。……………どういうつもりで自分と付き合っているのか、と尋ねられたんだったか。
「俺が君と」
付き合っているのはどういうつもりなのだろう…?どういうつもりで彼と付き合っ…付き合って……………なんで俺は彼と恋人になったんだったか???
まぁ、彼といたら退屈しないで済みそうだな。とは思った。実際、まさか自分がこの年でテディベアを作ることになるとは思いもせず実際退屈はしていないのだが、裏を返せば退屈しないということは面倒を抱え込むということだ。
「…なんですか。俺が君と、の続きはないんですか?」
「俺が君と…付き合っているのは、まあ、そうだな、まぁ…それなりに君が大切だと思っているんだろうな」
「はっ、…え、は?あ、え、貴方、急にどうしたんですか」
「そうだな。そうか、そう言うことだな」
「いや…え、どういうことなんですか」
この男と恋人になるということは、と言うより、ついこの間まで自分を殺そうとしていたこの男と恋人になるということは、面倒なこと以外の何物でもない。
だが、俺は彼と恋人になりたいと思ったし、実際に彼とは付き合うことになった。ーーつまり、本当に、そういうことなのだ。
面倒な男だと思いながら、そんな男を俺はーー。
「ふふ、そうか。まぁ、そういうことだから、そのテディベアは我が子だと思って大切にしてくれ」
「は?子??子供…え、俺と赤井の……?」
「その子は丁度赤ん坊の重さなんだ」
「…え、いや本当にどういうことなんですか?赤井、貴方身籠ったんですか?」
なんだか無性にすっきりした気持ちになった俺は、とりあえず彼にそのテディベアを押し付けて帰った。帰り道に運転しながら、そう言えば帰国の予定が早まって明後日飛行機に乗ることになったことを伝え忘れたが、まぁまたメールでもしておけばいいだろう。
俺が帰国してから、彼があのテディベアと過ごす様子を想像して思わず笑みがこぼれる。
可愛らしい彼にお似合いの可愛らしいテディベアだ。きっと、いいコンビになる。
おわり
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57:35
みはる
お疲れ様でした
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テディベア安赤
初公開日: 2020年11月22日
最終更新日: 2020年11月22日
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