ベビードール にょたゆり萩松
最近、はぎわらがそっけない。
いや、そっけないわけではないのだけれど……
頭から温かい雫をかぶり、湿気のこもった風呂場でまつだは考えた。いつもふわふわと跳ねる癖っ毛はお湯に濡れて肌を伝う雫と一緒に肌に張り付いている。
近頃はぎわらからのスキンシップが少なくなった。いつでもどこでも触れてきていたのに、最近はそれがほとんどない。
朝、起きてすぐ鼻先に落とすキスも。歯磨き中にひっついてきて空いた手を握られることも。外を歩く時に控えめに手を繋がれることも。
それに、一緒にお風呂に入ることも、夜に「おやすみ」と落とされる額へのキスも、ここ一週間ずっとないのだ。
重力に従って落ちていく雫と一緒にため息も落ちていく。
私に飽きたのだろうか、それとも嫌いになったのか。いや、はぎわらに限ってそんなことがあるだろうか。いや、言い切ってもいい、それはない。
はぎわらの何気ない小さな仕草が、私のことを考えていてくれると、私が自惚れるくらい伝えてくれるのだ。
不意に触れる指先は私のためにしっとりと保湿され爪先まで丁寧に切りそろえられており、肌を傷つけないようにやすりまでかけてある。
不意に向けられる視線は私が恥ずかしくなるくらい優しい色をしている。視界に映る私をただただ見ているのではなく、さらに向こう、ずっとはぎわらのそばに私が立っていることを確信して、そんな未来が愛おしくてたまらないといったような温かくて優しい視線である。
指先ひとつで、視線ひとつでこれ以上ないほど大好きだと伝えてくれるのだ。自惚れない方が難しい。
好かれている自信は十分、いや、十二分にある。だからこそ、今、触れてきてくれないことが疑問で、不安で、心配で……
はぎわらのいつもと違う行動が私の心を急かすのだ。
「大丈夫……はぎわらなら嫌がらない……むしろ喜ぶ……よな…?」
降り注ぐ温かい雫を止めるためにステンレスのコックを捻った。雫の量が減って、止まりきらなかったお湯がホースを伝って落ちていく。もう一度強くコックを捻り、今度こそ完全にお湯を止めた。気化熱でひやりとした寒さを感じると同時に、今からやろうとしていることに対しての不安で指先が震える。
私がこんなに気にかけて、こんなに恥ずかしい思いをしてでも繋ぎ止めておきたいのはお前だけなんだからな。
心の中でヘラヘラと笑うはぎわらに言い捨てて、柔らかくて大きなバスタオルで身体を包む。はぎわらが愛用している柔軟剤の匂いが鼻腔いっぱいに広がって、ついつい堪能してしまう。既に嗅ぎ慣れてしまった匂いだ。
いつもならもう少し堪能しているところだが今日はやらなければいけないことが多いので割愛。
まだしっとりと水分を含んだ肌に、この日のためにと買った甘い香りのボディバターを塗り込む。桜色のラベルが貼られた瓶からは酔ってしまいそうなくらい甘くて、それでいて瑞々しい小花の香りが漂う。今一番人気の香りらしい。確かにいい匂いだが、柔軟剤の香りを纏ったはぎわらの匂いの方が好きだ。
体温で柔らかく溶けるボディバターで肌に蓋をする。ささくれひとつない指と皮の薄い手のひらを動かし手の届く範囲は全て塗って、どこを触られても気持ちいいと感じてもらえるように下準備をする。さながらレストランで出されるメインメニューの下準備だ。
カサつきやすい唇は夜用の保湿力が高いものを。あぁ、髪も乾かさなければ。いつもはぎわらがしてくれるから失念していた。まって、その前に服を……
何から終わらせていけばいいのか。焦ってしまい全てが中途半端になってしまう。
「とりあえず、着るもの……」
カゴに入れた黒い衣類。
羞恥心から少し乱暴に引っ掴んだのは黒いレースのベビードールだった。前開きのスリットとふんだんにあしらわれた花柄のレース。同じくセットの黒いレースのショーツは肌が透けるほど薄くて際どい。
はぎわらがその気になってくれるようにと、何度も悩んで購入画面を行き来して、やっとこさ支払い購入ボタンを押して買ったベビードールだ。
黒にしたのは、以前はぎわらがランジェリーショップで言った「じんぺーちゃんは肌が白いから黒の下着も似合うね」という言葉から。次いで放たれた「童顔だから下着が大人っぽいとより一層えっちに見えちゃう」という言葉につい叫んでしまった私は絶対に悪くない。
数ヶ月前のショッピングを思い出して頬が熱くなる。
頭を振って考え事をやめ、手に持ったベビードールをジッと、穴が開くほどジッと見つめてみる。
うん、きっとはぎわらは好きだ。
自分自身に言い聞かせ、ベビードールを着てショーツにも足を通す。鏡に映った自分自身はどうしても大人っぽいベビードールに着られているように感じてしまって、無意識に眉が寄る。
悔しいがはぎわらの言うように私は童顔だ。大人っぽいはぎわらの隣に立つとより一層幼く見えてしまう。言いたくはないが、顔立ち合ってというべきか、スタイルも良い方ではない。太っているとかではないが、胸が……そう、小さいのだ。頑張って寄せれば谷間ができないことはないが、女である萩原の手にも収まって、なおかつ余裕ができてしまうのでコンプレックスなのである。
ワイヤーの入ったベビードールは胸を綺麗な形で保持してくれており、不快感も圧迫感もない。少しズレてしまえば乳首が見えてしまうのではないかという透け感で、ショーツだってもはや本来の目的を果たしていない。ほぼ見えていると言っても過言ではないほどだ。こんなの、恥ずかしい以外のなにものでもない。
時間が経って冷えてきた身体が早くしろと訴えてくる。あぁ、もう、髪はタオルドライでいいだろう。短いからきっとすぐに乾くし、それどころじゃなくなると思う。とにかく早くはぎわらに触れたい、触れてほしい。
洗濯カゴにタオルを放り込むとすぐに脱衣場から出る。時間が経って身体が冷えているはずなのに、芯は燃えるように熱い。激しい動悸は止まらないし、小刻な指先の震えも止まらない。
既に寝室で就寝の準備をしているであろうはぎわらの姿を想像し、辿り着いた扉の前で大きく息を吸う。
自分の鼓動が、自分の呼吸音が、全てが煩わしく感じて強く目を閉じた。ドアノブに手をかけた状態で動きが止まる。だめだ、どうしても震えが止まらない。
きっと、扉の向こうのはぎわらは私がずっと戻ってこないことに疑問を持っているのだろう。
ドアノブを持つ手に力を込めると、カタン、と小さく音が鳴る。
「じんぺーちゃん、あがったの?」
入っておいで、と言わんばかりの優しい声に促されて、震える手でドアをひいた。
「へっ…じんぺーちゃん……?」
驚くはぎわらの声を聞きながら後ろ手に扉を閉める。驚いた声。どうだろう、嫌悪からくる声色ではなさそうだが、戸惑いだとか驚嘆の色を含んでいるようだ。
はぎわらの顔を見ることができない。
はぎわらの反応ばかり気にして、俯いたまま動けずにいる私に向かって、はぎわらが声をかける。はぎわらの声が悪戯っ子のように弾んだ音色を含んでいて、それでいて甘くて、耳から脳を犯すような、欲を孕んだそんな声。
「こっちきて」
はぎわらの声に熱がこもっているのが分かって、少し、ほんの少しだけ安心する。そろそろと小さな歩幅ではぎわらが座るベッドへと向かい、はぎわらの顔を見ないまま隣に腰を下ろした。
手持ち無沙汰な両手の居場所がなくて、両手を揃えて膝の上で重ねる。指先が冷たい。握っても握っても暖まらない。はぎわらが触れてくれればすぐにでも温かくなるのに……
たった数センチの距離が遠い。
「ねぇ、じんぺーちゃん……これ、どうしたの?」
ひらり、とレース越しに肌を撫でられて咄嗟に身動ぎする。レース独特の質感が肌を擽り、ただの接触なのに熱い吐息が漏れてしまう。
ああ、いやだ。まだ指一本なのに、嬉しくて恥ずかしくて、じんわりと心が温かくなる。
「っ……はぎ、最近、触ってくれなかったから」
不安になった、とまでは言わない。はぎわらが私のことを好きでいてくれているのは知っているから。だけど、寂しいものは寂しい。
特に、“結婚”という形ではぎわらのことを縛れない私には、呆れられて愛想を尽かされてしまえばそれ以上引き留める術を持たないのだ。
はぎわらが離れていってしまうことを想像して目頭が熱くなる。段々と視界に入る自分の両手が滲んで見えなくなっていく。
「私のためなんだ……」
柔らかい音で響くはぎわらの声に、ゆっくりと視線を上げると、色濃く塗られた藤色の瞳に捕らえられた。
意地悪そうに、でも嬉しそうに、はぎわらがにんまりと笑う。滲んだ視界でもはぎわらの瞳の色だけは鮮明に映った。私を射止める強く濃い青みがかった紫。
「っ、はぎわら……」
スリットから覗く肌に指をあてがわれる。いつものように切り揃えられた爪と、ささくれひとつない細く伸びる指。脇腹に手入れされた人差し指があてがわれ、肌を辿るだけの控えめな刺激に息があがる。
もっと、もっと触って、愛してるって、離さないって伝えてほしい。
「は、っ……ぁ……」
ゆっくりと離れた指を追いかけるように視線を動かすと、熱っぽい視線を投げられる。いつもはたくさん喋るくせに、こんな時は黙ってしまう。瞳を雄弁に色づかせて、責め立ててくるのだ。
ショーツのふちから臍の横を伝い、ゆっくりと、ゆっくりと、一秒が永遠に感じてしまうくらいじっくりとのぼり詰めてくる。
小さな胸を持ち上げるように人差し指の腹が推し当てられ、ワイヤー越しに少しだけふにゃりと形を変えた。
色づいた胸の尖りがはぎわらの指を求めて、上向きにツンと尖る。それでもはぎわらは触れてくれず、ただワイヤーの下に指を潜らせ、レースと肌の感触を楽しんでいるようだった。
「じんぺーちゃんが『しつこい』って言うから我慢してたけど……」
レース越しに指の腹を押し当てられ、上擦った甘い声が零れ落ちていく。別に声を我慢している訳ではないのだが、恥ずかしくて喉の奥でか細く鳴いてしまう。
脳内で響く自分の声に消され、はぎわらの声がどこか遠くに聞こえて言葉の理解に時間がかかる。言葉を噛み砕いた時にははぎわらが勢いよく覆い被さってきた。
「なっ、えっ……」
いつも二人が使うベッドは軋む音をあげるが難なく受け止めてくれる。瞬きどころか呼吸さえ止めるような強い瞳で射止められて、はくはくと口を開けて閉めた。
「据え膳食わねばなんとやら、って言うもんね」
スキンシップが少なくなった原因が自分にあったと知り、一気に身体が熱くなる。私の、熱に浮かされ、ドロドロに溶かされた時の戯言が原因だったなんて。
一人で心配して不安になって我儘を言って、結局自分のせいではないか……!
恥ずかしくて涙が浮かぶ私の瞳を見て、はぎわらの顔が近づいてくる。ぎゅっと目を閉じると滲んだ涙が雫になって目尻から横に落ちていく。
シーツに落ちてしまう前にはぎわらの唇が涙を掬う。そのまま両の目尻にキスを落とされ、ついでにと鼻先にも、額にも柔らかい感触が落とされる。
「ずっと我慢してた。ねぇ、もう食べてもいい?」
耳にかけていたはぎわらの髪が絹のように滑らかに落ちていく。視界を制限する黒いカーテン。光の遮られた視界ではぎわらの瞳だけが爛々と輝く。捕食者の色を宿して。
首筋に顔をうずめられて甘えた声が漏れる。
「じんぺーちゃん、いい匂いだね」
ふわりと優しく微笑むはぎわらの表情を見て、どちらかというと色白の肌に朱がさす。
柔らかく押し当てられた唇に呼吸を奪われて、入れられる舌に応じながらもゆっくりと目を閉じて、待ち焦がれたはぎわらの温もりに身を委ねたのだった。
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にょたゆり萩松 ベビードール
初公開日: 2020年11月15日
最終更新日: 2020年11月15日
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