『適当なタイトル』
カランコロンと小さく音が鳴った。
病室から沢山の人が出入りする病院の廊下。不特定多数の人間が存在するそこに落とされた小さなキーホルダーを何となく拾い上げる。
当の落とした本人は、キーホルダーの事には気付かずに遠い廊下向こうへと消えて行く。沢山のコードが繋がれた俺の体ではキーホルダーの持ち主を追いかけることは出来ない。何とも不自由な身体だ。
「その子なら……。」
最近来たばかりの看護師が、慣れない手付きで書類のページを捲っていくのをぼんやりと眺める。この看護師はなんて名前だったか。何年も入院しているとその辺りの記憶はどんどん曖昧になってくる。
「あったあった。」
ここだよ。と渡された紙に書かれた部屋番号を探すと、病院内でも大分奥の病室に行き着いた。閉鎖的で全体的に薄暗く、どことなく不気味な場所だ。
目当ての部屋を見つけてノックをすると、どうぞ、と小さな返答が来た。
扉の先にあるベッドに寝ころんでいたのは、俺と同年代くらいの少女。夜闇の様な艶のある黒髪に雪の様な真っ白な肌。ある意味俺と正反対の少女てある。
「どちら様?」
小さく首を傾げて問う少女の表情は無である。
「これ、君の物だろう。落としていたぜ。」
廊下で少女が落としていったキーホルダーを指でつまんで、ぷらりと浮かせてみる。年頃の少女が持っているには珍しい、日本刀の形をしたキーホルダーだった。
「あっ、鶴丸!」
少女が小さく声を上げて手を伸ばした。呼んだのは俺の名前だ。
「鶴丸って......?」
思わず聞き返すと、少女は手を伸ばしたまま固まってしまう。
「あ、えっと、すまん。俺の名前も鶴丸っていうから......。」
そう云って少し笑って見せれば、彼女は少し安心した雰囲気になった。しかし、表情は変わらないままである。
「このキーホルダーの日本刀、鶴丸国永っていうの。」
俺の手から離れて彼女に渡ったキーホルダーは真っ白い鞘に入れられていて、鶴丸という名がしっくりくるようなデザインになっていた。
「俺は五条鶴丸っていうんだ。きみの名前は?」
告げられた名前を口の中に転がしてみる。それは彼女の事をよく表しているような気がした。
病院内でお互いの病状を尋ねるのはタブーである。本来はそんなルールなど無いのだが、昔からずっと入院している人たちを中心に暗黙の了解の様になっている。それぞれの暗い状況を知らずに楽しくやっていこうという配慮なのだろう。だから、俺たちはお互い何故この病院に入院しているのかを教えていない。ただ俺は『余命が決まっている』、彼女は『死にたい』、その情報だけを交換した。彼女は許可無しに部屋から出てはいけないとされている。その辺りを見れば何となく事情は察せるのだが、そこについてはあえて触れないのがマナーだ。
落とし物の一件以来、俺たちは俺が彼女の病室に行くという形で交流を続けた。