「暇だな」
口をついて出た言葉は誰に受け取られるでも無く消えていった。休日、と言ったって何かしなければならない事があるわけでもなかった。ここ最近しばらくは仕事ばかりに集中していたから、娯楽とか趣味とか──自由にして良いことに対しておろそかになっていた。趣味は何ですか?と訊かれることは長らくロドリーを困らせていた。飛行機を弄るのは好きではあるが、だからといって「仕事が趣味です」なんて答える訳にはいかない。趣味らしい趣味もなく、たまに雑誌を眺めては心移りするあれこれに特段の注目もしないまま過ごしていた。
暇だな、と呟いたなり本当に暇なように思えてくるのが言葉の悪いところだった。ショップもなにも多くは無いこの孤島で、気晴らしをどこかに求めるのは無駄であった。部屋の中で何をしようか考える内に、部屋の中にいるのが嫌になってロドリーは外に出た。本降りでない弱い雨、気になるのは外に出るまでのことだった。傘を開いてもろくに当たらない雨粒は、風になびかれるまま横倒しにロドリーの羽毛を冷やした。
朝食をとって、モーリーはいつの間にか出かけていた。どこへ行くとも訊かなかったが、島内をぶらついているのだろう。あるいは音もなく自室に引っ込んでいるか。出かけてくる、と伝えたって伝えなくたって構わないのだ。家の中にいればいるし、いないなら外にいる。それに互いが干渉することもない。ロドリー自身の自覚として、二人の関係は一般に照らし合わせて随分と淡泊な物だった。フィクションに出てくるような愛し合う二人の姿を彼ら二人が演じたこともなければ、心からわき起こる愛という物を言葉にして伝えたこともない。一見して冷え込んだ関係にも見えるのではないだろうか、自分の事だというのにロドリーはどこか一歩引いた目で自分とモーリーの関係を眺めていた。
 その関係に不満があるわけではない。恋人同士だからといって始終愛を伝えなければならない訳では無い。第一、その伝えるべき愛がお互いで違う物を懐にしまっているのだから、お互いに伝え合ったところで通じる見込みもなかった。ロドリーにとって、「恋人」の名を付された何某がすぐそばに、隣にいるのはなにか不可解のように感じられるのだった。
あてもなく寒々とした昼前の島を歩く。土地にまんべんなく生えた草々は秋の深まるに伴って青みを失い、枯れ木と同じしなびた色に移っていく。乾いた草の葉の先に霧雨の雨粒がいくら降りかかろうとも、そこから草々がうるおいを取り戻す訳では無かった。踏むほどに足下で鳴る足音は、浜辺へ移ると細かい砂の音に変わっていった。雨の海は荒れる様子でも凪いだ様子でもなく、夜から変わらない淀んだ色を浮かしていた。遠くの方で波の音がする。海岸線に寄せる波はときおり大きくなって、そのときだけ波の音が近くにやってくる。入るにははばかられるような汚らしい色をした海は、波の描く白い線をいくつも産みだしていた。海の遠くまで雲は続き、ここら一体はすべて雨のようだった。雨に冷えた翼を上着のポケットにしまい込む。ポケットの裏地に体温が奪われ、その体温が裏地に染み渡ってからロドリーの翼を温めた。冬の入りの天気は不安定だ。しばらくはフライトも慎重にならなければならないだろう──習慣のように天気を確認する癖が付いていた。そしてそのことに今更いちいち自覚を持たないほどには、その習慣はロドリーの生活に染みきった物となっていた。
 帰宅すると、リビングではモーリーがスマホを片手になにやら考え込んでいた。彼はネットショッピングやらSNSやら、そこらの若者一般のように手を付けている。また何か買うのだろうか、だとしたらその荷物を運搬するのは後日のロドリーの役目であった。
「買い物か?」
「おかえりなさい」
「あぁ」
言いながら、モーリーはロドリーにスマートフォンの画面を見せる。冬服の通販サイト。上着のページだった。
「コートか」
「ロドリーも何か買う?」
「そうだな」
青年の座るソファの隣、一人分あいたところに腰掛ける。のぞき込むようにモーリーの手元を見ると、彼はまたさっきとは違うページを開いていた。この島の冬はどれくらい寒いのか。二人とも知らないのだから、今年の上着は慎重に選ばなければならなかった。
「みせてくれ」
顔を近づけて、画面を覗く。
「ほっぺた冷たい」
「・・・冷えてたか」
ふと触れるモーリーの頬はやたらに温かく感じられた。部屋が暖かいからとかではなく、ロドリー自身の頬が冷えているらしかった。帰宅したなりそのままの格好で、羽毛のそこかしこはすこし雨に冷えていた。
「外そんなに寒かった」
「さあ・・・・・・」
自分の頬をさすってロドリーは思い返した。意味もなく島を散歩して、飽きがきて帰ってきて。確かに寒くて上着を深く覆った記憶はあるというのに、どのように寒かったかと聞かれても、ついさっきのこともろくに思い出せない。知らずに随分と冷えていた自分の嘴をさすって、あぁ外は寒かったのかと今更ながら思い出すことは冬にはよくあることだった。ズボラとか、無頓着とか。そういう言葉で表すような性質なのだろうけれど、自身の性質に定義を求めるのもロドリーには面倒であった。
「で、どんなコートがいいんです」
ソファの上で膝を抱えて丸くなるモーリーはそのままの格好で続きを促した。ブランケットや毛布でも出せば良いのに、と思いながら何もしないのはロドリーの怠惰ゆえだった。
 翌朝。雨は止んだが淀んだ雲だけが二日がかりで残っていた。薄らいだ所からは白んだ光が透き通る。雲のせいで早朝になっても島は暗がりに包まれていて、日差しがようやく明るみを延べたのはもっと時間の掛かってからだった。早朝すぐの商人を迎えるフライトから帰航して、ロドリーとモーリーは昨日約束したとおりに二人がかりで配達物を配って回った。通販で買ったらしい小包や、住人へ充てた手紙。季節限定のパッケージは随分と人気がたかく、飽きの時期はドングリや何やらのイラストが描かれた便せんが一番人気だった。夜とも朝とも区別の付かない、ひっそりと静まった早朝。雨の上がったばかりの冷えた空気は頬に触れれば目の覚めるような鋭さを内に含んでいた。嘴の先が凍えるような寒さはまだやって来ない。吐息はまだ白くはならない。ハ、と試しに一つ息をついて、そこから思ったような白い靄が出ないのに一人残念がった。
「まだそんなに寒くはないでしょう」
「時期寒くなる」
言いながら、モーリーも自分で息を吐く。彼の吐息も白くはならない。アハ、と彼は笑って配達に戻った。
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つづき(モリロド)
初公開日: 2020年10月23日
最終更新日: 2020年10月23日
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