ぐらりと崩れる身体に慌てて手を伸ばし抱きとめる。小さく安堵の息が漏れた。ふわり鼻腔をつく甘い香り。そして―――
「…っ、」
それを塗りつぶすような血の匂い。倒れたクローバーの白い寮服がざっくりと切れて背中に赤い染みがゆっくりと広がっていく。少しの時間なら『如何なる要素も上書きできる』クローバーのユニーク魔法。意識をなくしたことで解けたそれが上書きしていたものを目の当たりにして、不快になる。隠すつもりもなく舌打ち。人の形を再び取ろうとする黒い靄を払って、ふわりクローバーのハットを手にすると力をなくした身体を抱えて廃墟を後にした。
「…はぁ、」
嘆息。今回の問題について何から手をつければいいものか。額にかかる髪を掻き上げ、自分のベッドに横たわるクローバーをみた。
廃墟を後にして自宅に戻ってすぐクローバーを着替えさせた。背中の傷は思ったより広く、止血の魔法を掛けていたがその効きが悪いところを見ると、単なる傷でないことはすぐに解った。クローバーの様子に気をつけながら、その傷口を見る。呪いの類いか、毒の類いか。傷を塞ごうにもその「何か」が邪魔をする。
「…っ、…う…」
意識がないのに痛みに耐えるようにクローバーがうなされている声を聞くと無性に腹立たしくて何かに当たりそうになる。一度深呼吸。冷静さを欠いてはいけない。すぐに呼吸が弱まるような症状がなければ即効性の毒ではないだろう。
(いっそひと思いに死んだ方が楽かもしれないがな…)
傷口の縁を指でなぞると、反射か小さくクローバーの身体が動いた。そして。
「…ぅ…っア…」
クローバーの声に離れる。どうやら少し深く触れてしまったようだ。舌先がピリピリとする。口唇についた血を親指で拭ってそのままキッチンにミネラルウォーターを取りに行く。軽く口をゆすいで、ミネラルウォーターを一口。
「…は…ぁ…」
クローバーの元に戻ると、傷による熱が上がってきたのだろう。呼吸が荒く、苦しそうだ。
「クローバー、」
背中の傷に障らぬよう横たわるクローバーの名を呼ぶと、ピクリと目蓋が動いて。ベッドに腰掛けてその頬に指で触れれば、促されるようにゆっくりと目が開いた。だがその視線はぼんやりと宙を彷徨って、はっきりとこちらを捉えているわけではなさそうだ。
「飲めるか?」
答えになるような反応はない。だがほんの少し口が開いたのをみて、思わず口角が上がる。
「…グッボーイ」
手にしたミネラルウォーターを口に含んで、その口唇を塞いだ。
夜が更けていく。片付けなくてはいけない他の問題は、明日の自分に任せることにしよう。
・・・
長い、夢を見ていた気がする。
内容は良く覚えていないけれど、昏くて寒くてたった一人取り残されたような寂寥感。ここに長く居てはいけない気がする。そう思ったら、ふわりと頬を撫でる優しい香り。自分はこの香りを知っている気がする。だからそれにとても安堵して。
「…ぁ…」
意識が急速に浮上する感覚。口から漏れたのは息の抜けるような音。重い目蓋を持ち上げると、ぼやけた視界に入った光景が自分の部屋でないことだけは寝ぼけた頭でも理解出来た。
「…ここ、は」
昨晩あの廃墟にいた。そこで黒くて禍々しい何かと戦って、一年を庇ったときに背中に傷を受けて、なんとか気づかれないように一年たちを見送った後、痛みに耐えきれなくなって意識を手放して…どうなった?それに答える声はなかったが、気づいたのはコーヒーの匂い。自分の知る限りコーヒーを好んでいる人間は限られる。匂いのする方に身体を向けようと動いた時。
「…っつ…!」
激痛が、身体を駆け巡った。
「目が覚めたのか」
どうしたらこの痛みを一番楽にできるのか。それも解らないまま声の主を見上げる。大方の予想通りではあったが。
「クル…ウェル…先生…」
コーヒーを手にやってきたクルーウェルはいつもの整った雰囲気よりも少し柔らかい気がした。セットされていない髪や着ているのが部屋着なのがその理由だろうが。痛みはあれどそれに気づけるだけ頭は起きてきたようだ。
「…ふ…」
思わずこぼれた笑みに、
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初公開日: 2020年10月03日
最終更新日: 2020年10月03日
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コメント
クルトレSS
まだ色々手探り