アントニーは台本越しにちら、とベンヴォーリオを見遣った。こちらの台詞は終わった。次は目の前の彼の番。だというのに、ベンヴォーリオは一言も発しない。
新しく仕上がった戯曲の台本を片手にアントニーの部屋へと訪れた彼は、思い返してみればこの空間に来た当初から心ここに在らずといった様子だった。今の今までは、どこかぼんやりしていても話しかければ応えはあったし振る舞いも特に気にならなかった。
しかし、台本の読み合わせという役者にとっては大事な場面。自分の番だというのにそれを忘れているというのは、けっこう深刻かもしれない。今回の公演はアントニーとベンヴォーリオの二人が主演である。しっかりしてもらわねばならないし、何より、芝居に対しても真摯な姿勢を貫くベンヴォーリオの心奪う何かがアントニーは心配だった。
「……ベンヴォーリオ、大丈夫か?」
先程まで役柄に合わせて変えていた声色を普段のものに戻すと、ベンヴォーリオは弾かれたように台本から顔を上げた。そして申し訳なさそうに眉尻を下げてかぶりを振る。
「ごめん、アントニー。別のことを考えてしまっていた」
「君がそうなるなんて、珍しいな。他の人であれば一言物申すところだが……うん、君は特別だ。良ければ話を聞こうか」
そう言って台本を閉じて机に置くと、やはり申し訳なさそうに苦笑してベンヴォーリオも台本を閉じた。手持ち無沙汰になったらしいグローブを外した白い手が、殺風景な台本の表紙をするりと撫ぜる。
「……ロミオ様に、僕と貴方、アントニーが、良き友人のように見えると、そう言われたんだ。僕はなんだか、寝耳に水だったんだ。そういうことを考えたことがなくて」
「……ああ、なるほど。だいたい読めたぞ。君は俺と、友人と呼べる間柄なのかって考えていたんじゃないか?」
「ご明察の通り」
彼にしては珍しく、やけに芝居がかった仕草で肩を持ち上げる。そして困ったように首を傾げた。
「僕は恥ずかしながら、友人と呼べるような人が身近にはいなかったから……。貴方を友人と称して良いものか、よくわからない。そもそも、友人という関係で良いのかも」
「そうだなあ……人間の関係なんてものはどうとでも呼べる。ベンヴォーリオ、君が俺を友人と呼ぶのであれば俺たちは友だ。親友だ。ローズ座の演目の共演者とも呼べるだろうな。サオウの秘密、ロミオ様のことに関しては共犯者とも言える。あとはそうだな、」
一度そこで言葉を切って、ちら、とベンヴォーリオを見下ろす。
「恋人、なんて関係でも俺は歓迎して受け入れるとも」
「恋人はないだろう」
すげなく返してくるベンヴォーリオにひとつ笑って、アントニーは肩を竦めた。
「つれないな。でもまあ、そういうことだ。少なくともロミオ様からすれば友のように見えるということなんだから、あまり深く考えなくても良いと思うが」
「そういうものなのだろうか……」
いまいち釈然としなさそうな微妙な表情でアントニーを見上げてくるベンヴォーリオにもうひとつ笑みを送る。
「そうだな……少なくとも俺は、君のことを友人だと思っている。思っていた。君はどう在りたい? ベンヴォーリオ」
すると彼はきょとんと目を丸くし、「そうだったのか」と瞬いた。
「んん……貴方が僕を友人だと言ってくれるなら、そう在りたい。……これで良いかい?」
「ああ、上等だ」
「俺としてはさっきの恋人というのもやぶさかではなかったんだがな」と少しの本心を交えて零して見せれば、ベンヴォーリオは「やけに情熱的だ」と穏やかに微笑んだ。
おわり