五章ふまえて。
告白
2年生の秋、歓迎される側から歓迎する側に回った。副寮長になって初めての仕事に、高揚する心を押さえつけることもなく、ルンルンと鼻歌でも歌いだしそうな気分で鏡の間へと入る。
自分の入学式の時にはじっくりと見ることもなかった棺桶が並んだその部屋をぐるりと見渡し、ルークは隣に立つヴィルへと声をかけた。
「キミの御眼鏡に叶う新入生は居たかい?」
ルークとしては、誰であれ今を精一杯生きている者なら誰だって百点満点を贈りたいと常々思っている。けれど、ヴィルの美意識はルークの美意識とは違う。冷めた瞳で新入生を眺める彼に、美しいと思えそうな者がいなかったことだけはわかった。
返答くらいしてくれてもいいとは思うが、そんな気分ではないのだろう。氷のように冷たいその表情もまた美しい。彼という友人の隣に立っているだけで心が躍る。今日は初仕事も相まってその胸の高鳴りは収まる様子さえ見せない。
跳ねた心をそのままに、ルークは棺桶から出た新入生たちを見遣る。獣の耳が生えた生徒もいれば、ただの人にしか見えない人魚もいるのだろう彼ら。その中からルークにとって『興味の湧く美しさ』を持った誰かを探す。
獣人なんて実家に帰ればいくらでも見れる程度にはありふれた種族だが、人間に紛れた人魚はそうそう見ることなどできない。同級生にも先輩にも、ルークの興味を惹くような人魚は居なかった。
新入生を端から一人ずつ確認しながら陸での歩行に慣れていなさそうな生徒に目星を付ける。式典服のフードに隠されて顔のほとんどは見えないものの、それでもルークの審美眼に叶うかどうかくらいは判る。
生き方やあり方はいつだって誰だって百点満点だが、顔のつくりに関しては流石にルークだって好みがあるのだから仕方ない。目深に被られたフードの下を伺い見るが、どうにもピンと来る相貌の持ち主が居ない。
これは来年に期待かな。それとも探しに行ってしまおうかな。なんてことを考えつつ、最後の3人を見た。
決して低くはないであろうに、脇に立つ2人のせいで小さく見える1人。まだ覚束なさそうなものの、揺れることなくしっかりと立っている1人。それから、頭を左右にフラフラと揺らしつつ、体もふにゃふにゃと落ち着きなく動かす1人。
丁度同じグループに目がいったらしいヴィルが「うわ。」と声を上げるのを視界の端に捉えながら、揺れる彼を見る。フラフラと動く体は止まる気配さえ見えなくて、振り子のように揺れる彼を見ていたらこちらの体まで揺れそうになる。流石に隣のヴィルから睨まれそうなので我慢したが、どうにも気になって仕方が無かった。
気になったら何をするか。そんなことは決まっている。狩人であるルークがまず最初にしたのは彼(えもの)の情報収集である。1年ほどじっくりと遠目に観察しつつ、彼の生態系(日常生活と言っても良かったのだが、彼を見ていると生態系の方がしっくりきた。)を記録した。同級生であるレオナの観察や、彼(えもの)の兄弟であるジェイドの観察も同時に行っていた。
まあ、5割弱が彼(愉快犯)で埋まっていた時はどうしようかと考えてしまったが。ああでも、
フォトブックがすぐにいっぱいになってしまったのは想定外だった。
あまりに面白かったので壁紙の裏に彼以外の写真を貼っている。
壁紙の裏に貼ったのは以前同じ部活に所属するトレイに「お前ならやりかねないよな。」と言われたことがあったので期待に応えようと思ったのだ。だから決してルーク自身にそう言った趣味があるわけではない。確かに貼ってみたら面白かったけれど、彼(フロイドくん)の写真は貼っていないし。
まあそんな訳で気がついたら2年生も終わり、3年生が始まろうとしていたわけなのだ。
そのうち彼(フロイドくん)と会話をしてみたいとは思ってはいた。けれど、眺めているだけで満足できていたので特に話しかけることもなく2年生が終わってしまった。
3年生になり、彼と会話をする機会は思っていたよりも早くやって来た。彼の寮にあるシャワールームを借りることになったからだ。
ずっと観察していた通りに粗雑な手つき。他人から指示されるのは嫌いらしい彼が、文句を口にしつつも髪を乾かすためにドライヤーを持ち、大きな手を櫛替わりに熱風を掛ける。くるりくるりとあちこちへと丸まっていく毛先。自分の髪型も可笑しいし、文句を言いつつも自分に従うフロイドも可笑しい。思わず溢れてしまった笑い声を隠すこともなく、彼の手に頭を委ねた。
ファーストコンタクトからなかなかに好調な滑り出しだったとルーク自身は思っているが、フロイドからしてみれば好調どころか絶不調だったのではないだろうか。
「絶不調どころかサイアクだったよ。」
「おや、最悪とまでは行かないだろう?だってキミも楽しそうだった。」
ルークはそう言って肩を竦め、6ヶ月ぶりに会うフロイドをちらりと見た。
全国魔法士養成学校総合文化祭に合わせ、研究論文を引っさげて学園へと戻ってきたのは数時間前の話である。3年生になったからといって何かが変わるわけではないフロイドとは違い、ルークは他の4年生同様に学園から遠く離れた場所へと派遣されている。
友人でも同級生でも、親子でも兄弟でもない。ましてや恋人でもないルークとフロイドが定期的に連絡を取り合うかと言われればそんなこともない。と言うよりも連絡先さえ交換していないのでこれが本当に久しぶりの会話だ。
「そんで?ウミネコくんはわざわざオレのとこまで来てそんな話してかえんの?」
いかにも『不満です』と言った風な顔でぶすくれつつ、フロイドが自販機のボタンを押した。ピ。と音がして、次いでガコンッとボトルが落下する音が聞こえる。ルークよりも大きな体を丸めてしゃがみこんだ背中を見る。1年も経ってないというのに彼はまだ成長しているらしい。
裾丈のあっていなかった制服は買い換えられ、どこかに引っ掛けたり擦ったりしてできたほつれも以前に比べて少なくなっている。
「告白だよ。これはね、隠していた感情を打ち明けるための準備に過ぎないんだ。」
「隠してたってかさぁ、逃げてただけじゃん。」
「……オーララ。はは、手厳しいね。」
一向に立ち上がろうとしないその背中に持たれかかるようにしてしゃがむ。
「どーだった?オレんちのあたり、住めそう?」
「今住んでいるしね。」
「どんな感じだった?オレを追っかけない6ヶ月。」
「無味乾燥を体現したようだったよ。せっかく派遣先をムシュー・愉快犯の故郷の辺りにしたというのに。」
「ウミネコくんってさぁ、ちょっとバカだよね。」
背中越しに聞く彼の声は6ヶ月経とうが何も変わっていないように思える。人は死者に関する記憶の中で1番最初に声を忘れるらしいが、声どころか爪の色1つでさえルークが死ぬまで覚えていられる自信があった。記憶力が飛び抜けていいと言うわけではない。ただ、フロイドという存在についてだけは脳に焼きついてしまっているのだろう。
「オレがいないならどこいったって寂しくなっちゃうんじゃない?」
「ああ、うん。きっとそうなるだろうね。」
「かわいそ~、狩人なのに狩られてんじゃん。」
「狩った自覚はおありのようだね。」
ケラケラと笑う彼の背にゴン、と後頭部で頭突きする。「いてっ」という抗議の声にルークも笑い、ゆっくりと立ち上がった。
「どちらから言う?」
「せーのでいいじゃん。いっしょに言おーよ。」
「キミは本当に面白いことを考えるね。」
ルークに続いてフロイドが立ち上がる。背中合わせだったせいで見えなかった月色のオッドアイがルークの若草色の瞳とかち合った。
「はいはい、じゃーいくよ。せぇの。」
「「好きだよ。」」