分厚い曇天に覆われた寒空の下、分厚いコートに身を包んだ人影が、小さくなりながらのろのろと進んでいく。暖房の効いた室内からのんびりとその様子を眺めていたら、しかつめらしい顔をした店主が「換気いたします」と言って店の入口のドアを開いた状態に固定したので、入口近くのテーブル席に座っていた天使の悪魔は外気の吹きさらしにあうことになった。
「さむ……別のお店行こうよ」
「お前が疲れたからすぐ休ませろって行ったんだろ」
頼んだものが来るまでおとなしくしてろ、と言って、胸ポケットから取り出したタバコに火をつけようとした早川アキは、テーブルに灰皿が用意されていないことに気づいてすごすごとタバコを元に戻す。自分だって店選び失敗してるじゃんばーかと思いつつ、言っても睨まれるだけだと分かっているので、天使の悪魔は頬杖をついてまた窓の外に目を向けた。
相変わらず寒そうに行き過ぎる人々を眺めていると、かろうじて清潔にはしていそうなものの、見るからに古びていて、強くひっぱったら裂けてしまいそうなレースのカーテンが、入口ドアから吹き込む外の風を受けて、天使の悪魔の畳んだ翼にからむように膨らんできた。無造作に払いのけたが、除けても除けてもまとわりついてくるのが生き物みたいでうんざりする。何度か攻防を繰り返しているうちに苛々してきて、いっそ寿命を奪えてしまえたらいいのになんて思っていたら、早川アキが立ち上がって天使の悪魔の後ろに回り込み、うごめくレースカーテンをひとまとめに固定してくれた。その様子を見た店主が慌てて入口ドアを閉めるのに会釈を返して、元居た席に戻る。その一連の所作がなんとなく癪に障ったので睨んでみたものの、何でもないような顔をするのでさらにむかつくなと思う。しかし、そうこうしているうちに注文していた飲み物が届いたので、天使の悪魔はさっきまでのことはすっかりどうでもよくなってしまった。
運ばれてきたカフェオレはカップの淵ぎりぎりまで白い泡が立っていた。せっかくの泡が消えないよう、スティックシュガーをそっと注ぎ込み、カップの真ん中に静かにスプーンを差し込んでくるくると混ぜる。何度か息を吹きかけてから口をつけると、ちょうどよい熱がゆっくりと口内から胃までを温める。ケーキを頼ませてもらえなかったのは残念だが、砂糖をたくさん入れたカフェオレはそれはそれで美味しい。夏に食べるアイスの冷たい甘さもいいけど、表面がふわふわに泡立てられた液体が、とろりと喉元をすぎていく感覚も天使の悪魔は気に入っていた。
「……ひげになってるぞ」
「ん?」
「泡」
早川アキはそう言って。無造作に指を伸ばし、ふと気づいてペーパーティッシュを手に取ってから天使の悪魔の口元をぬぐう。
「……保護者面、キモいんですけど」
「デンジとパワーと暮らしてみろ、お前なんてかわいい方だ」
まあ最近はデンジがパワーを見てくれるようになったから少し楽になったが、なんて言いながらコーヒーを飲む早川に、なぜ育児の話を聞かされているのだろうと呆れるような気持ちになる。以前、マキマに「早川家」なんて揶揄されているのを聞いたが、確かに彼らは端からみてもすっかり平和ボケしているようで、魔人を二人も抱えてよくもまあ、ああでも自分も端から見たらその平和ボケの内側にいるのかもしれないと思った。
(魔人どころか、悪魔にまで優しくして、一度は寿命を減らしてまで助けたりなんかして。……馬鹿だからきっとすぐに死んでしまうだろうな)
すました顔をしてコーヒーを飲む目の前のバディが、冷酷そうな顔をしてその実とんでもなく絆されやすい性質の人間だということに、天使の悪魔は随分前から気づいていた。
こんな男がよく今まで公安で生き残ってきたものだ。自分の前のバディに随分と甘やかされてきたのかもしれない。そこまで考えて、ふと、だとしたら次は自分が甘やかす番なのではないかと思い至った。
(そんなの冗談じゃない、面倒くさい。それに、甘いものが好きなのは僕のほうだ)
腕時計に目を向け、休みすぎた、飲み終わったらすぐ出るぞ、と言った早川に生返事を返して、天使の悪魔はすっかり冷めたカフェオレの表面に、まだ熱くてゆっくりとしか飲めないとでも言うように、そっと息を吹きかけた。