不可幸力(吉田ヒロフミとモブ)
うつむいた前髪の隙間に覗くこめかみに吹き出物があるのを見つけて、まるで人間みたいだと呟いた。
「何それ。人間だよ俺」
我ながら不躾な質問だったろうに、吉田ヒロフミは気を悪くするそぶりもなく、ただおかしそうに笑ってみせた。
「だって、吉田くん、そんなに綺麗な顔で強いデビルハンターもやってて、フィクションの登場人物っぽいところあるじゃん」
「顔面傷と皺と髭で渋滞おこしてる人でも、一流のデビルハンターやってる人知ってるよ」
顔の綺麗さは関係ないんじゃないかな、と言いながら自分の額を触る、ちょっとした仕草も様になっているので見とれてしまう。自分の顔が綺麗なことを否定しないところも、吉田ヒロフミって感じがして良かった。
「それは逆に一流っぽさが出てるじゃん」
「確かにそうかも」
実際、パッと見からおっかないよ。そう言って、実際の知り合いらしい「一流のデビルハンター」を思い浮かべてか、ななめ上を見てペンをくるりと回した吉田ヒロフミは、やっぱり綺麗だけど別に肉体的にめちゃくちゃ強そうには見えなかった。スポーツをやっている同学年の男子と同じくらいには筋肉がありそうだけど(と、思いながら、じろじろ見すぎかなと思って俯いた。)、ゴリゴリじゃないし、芸能人とか、見た目を生かした仕事の方が向いてそう。それくらいに、独特な雰囲気を持った男の子だった。
ふっと会話が途切れて、オレンジの西日が差し込む教室にシャープペンシルの走る音が小さく響く。吉田ヒロフミの上履きは汚れが少ない割にかかとがしっかりとつぶれていた。履き始めからつぶしているのだろう。あるいは間違えて小さいサイズを買ってしまったのかもしれない。なんだかそんなことさえも特別に見えておかしい。自分の、平凡に汚れたうわばきと見比べて、吉田ヒロフミと同級生になれてよかったなと思った。こんな人、同級生じゃなきゃ喋れなかっただろうから。めったに学校にこないけど、逆に休んでいる間のプリントを見せたりして、積極的に接点を持つことができた。
「遅くまでごめんね」
「全然いいよ」
「親心配しない?」
「親いないよ」
父も母もいつだかのほにゃららの悪魔の騒ぎで死んだので、私に家族はいません。てんがいこどくってやつよと言うと、吉田ヒロフミは一旦顔をあげ、そっか、ごめんね。とだけ言ってまたプリントに向き直った。大仰でない反応を好ましく思う。さすがデビルハンターだね、と言ったら無言で肩をすくめられた。銃の悪魔が上陸してからこっち、私みたいな子は珍しくない。いちいち死人に騒ぎ立てるのは、銃の悪魔が上陸する前に家族を形成していた世代と、生まれたばかりの赤子を失った若夫婦くらいのものだと思う。
「吉田くんは親いるの」
「いないよ。だから稼いでる」
「施設くれば稼がなくてもいいじゃん」
施設にくれば、親を亡くした子供たちには、くたびれた体を休ませる寝床と、空腹を満たす食事の用意と、日々の感謝をささげる祈りの場所が用意されるのに。そう続けようとしたのに、少し間をおいた吉田ヒロフミが「……集団生活苦手なんだよね」と言った瞬間、あたりの空気が海の中みたいに湿っぽく冷えた気がして、私はうまく言葉を続けられなかった。
「それに、俺と契約している悪魔が、みんなに悪さをしないとも限らない」
「……何の悪魔と契約してるの」
「内緒」
俺にとっては良い悪魔だよ。そう言ってウインクして見せた、吉田ヒロフミはちょっと気障すぎだけど、やっぱりサマになっていて、さっきの空気は気のせいだった気がしてきてほっとする。「プリントありがと。助かった」そう言って私にプリントを返して、さっさと帰り支度をした吉田ヒロフミが、思い出したようにカバンのポケットから何かを取り出して渡してきた。
「これあげる、お礼」
「え、あ、ありがとう」
ぽかんとしているうちに教室から出て行ってしまった白い背中を見届けて、吉田ヒロフミと喋れてうれしかったなあと、今日した会話を振り返りながら手のひらを開くと、そこには一か月前に同じようにプリントを見せた時に、私が渡した飴玉がコロンと転がっていた。
同級生の吉田ヒロフミに、最初から最後まで子供扱いされていたのだと、そこで初めて気づいた。