絹糸のような雨が降る夜、ロキはカウチで足を投げ出し本を読む。夏の暑さもひと段落し、少しだけ肌寒くなり、ロキは薄手のブランケットを膝にかけて静かにページをめくる。
すると腹にぽふんと何かが当たる。
「むっ!」
「……どうかしたのか」
ツムのソーだ。
ツムのソーは暇なのか、ロキの腹の上でぽすんぽすんと飛び跳ねる。つがいであるツムのロキは居ないのかとチラリと部屋を見渡すけれど、ここにはヒトのロキと、ツムのソーしか居ない。
「私は本を読んでるんだから、邪魔するなよ」
「むっむっ!」
読書の邪魔をされて、ため息混じりに諌めるロキと、ロキの言うことなんてお構いなしで、ぽふぽふぽすん、とロキの腹の上で暴れるツムのソー。
「こら、まったく、誰に似たんだか……」
「むーっ!むっ?」
「ほーら、大人しくしてろ」
ロキがツムをぎゅむっと掴めば、ツムのソーもじたばたと暴れる。そんなツムを手に、ロキは握り潰す訳でもなく、お腹をこちょこちょ、頭をうりうり、おしりをトントン、首(そういえば、ツムに首はあるのか?頭とお腹の境目?)をコリコリ。
そんなロキの手管に暴れていたツムのソーも、ぷるぷる震えてロキの手にとろける。ちっちゃいあんよをピロピロ動かして、ロキの手のひらにグリグリ頭を寄せて、ピスピス鼻を鳴らして喜んでいる。
静かになったツムのソーに、ロキは読書を再開する。
静かな雨音に、ツムの鼻息の音と、ロキのページをめくる音だけが聞こえる部屋。
そんな穏やかな空間に現れるのはツムのロキ、たった今別のところでイタズラをしてきたばかりだ。次にトイレに行ったヒトのソーかロキかは叫び声をあげるかもしれない、トイレの中がトイレットペーパーまみれになって、ストックしていたロールもぐちゃぐちゃにされているんだから。
心ゆくまでイタズラをしてきて機嫌よく鳴いているツムのロキも、ヒトのロキの手の中でとろとろにとろけたツムのソーを見つけて、機嫌が一変する。
「むっ!むむむっ!」
ツムのソーは、ぷぴー、ふすー、と鼻を鳴らしてヒトのロキに甘えている。これは見過ごせない、ツムのソーはツムのロキのつがいなのだ。あんな、あんな気持ちよさそうにヒトのロキに撫でられているなんて、到底許せることではない。
ツムのロキは怒った、つがいを奪われてなるものかと、そりゃあ激怒した。
「むー!むーむーむー!!」
「ん?なんだお前も居たのか」
ぽすんぽすんと脇腹に柔らかい衝撃を受けたロキは、そこにツムのロキが居ることに気がついた。鳴きながら何度も何度もロキに体当たりするツムのロキ。立派なツノも何度も何度もロキにつきたてる。
だけれどもツムは全身柔らかいので、体当たりも痛くはないし、立派なツノもふにゃんふにゃんとロキに当たっては柔らかくたわむだけ。
そんなツムのロキの攻撃を受けたヒトのロキは、撫でてたツムのソーをお腹の上に置いて、ツムのロキをぎゅむっと掴む。
「お前も撫でられたいの?」
「むっ!?むーっ!つむっ!!」
ヒトのロキに勘違いされたツムのロキ、全身全霊で拒否をするけれども、悲しいかなツムはちいさないきものなので、ヒトのロキに掴まれてしまったらロクに抵抗も出来ずに。
「むっ!む……むむ……むぅ……」
「お前はここ撫でられるの好きだよね」
「む〜♪むっむっ♪」
ロキに撫でられて機嫌が良くなってしまう。
さっきまでツノを逆立てて怒っていたツムのロキも、ヒトのロキの手管にすぐさまとろけさせられてしまった。ほっぺをこしょこしょされては、ぴぃぴぃと嬉しそうに鳴いている。
ツムに囲まれたロキは、読書を諦めてツムを撫でている。そんなロキの両手にはとろけたツムが嬉しそうな鳴き声を上げている。
「……」
そんなロキとツムたちを見つめるひとつの影が。
もちもちと部屋に現れたのはおまんじゅうのソー、静かにそっともちもちころころ、ロキの所にまで行って。
「……ん?お前も来たの?」
「♪♪!!」
ぽすんとロキのお腹に乗った。
もちもちとロキのお腹に懐いているおまんじゅうのソー。そっとツムたちを離したロキは、今度はおまんじゅうのソーを掴むと、こちょこちょもちもち、おまんじゅうのソーを撫でる。
「♪♪♡♡」
「こんなにニギニギされても、お前喜ぶんだものなぁ」
ロキにぎゅむぎゅむ握られても、ツムのソーは嬉しそうにロキの手に擦り寄る。
片手でおまんじゅうのソーを撫でて、空いた片手でツムたちをあやすロキ、その手つきは無駄がなく洗練されている。
和気あいあいと遊んでいるロキとおまんじゅうのソーとツムたち、を、見ている影。
ポコポコと怒っているのはおまんじゅうのロキである。私だけをのけ者にして、それにそれは私のソーだぞ!
と言っているかは定かではないが、とりあえず、つがいのソーを奪われる危機感を抱くおまんじゅうのロキ。これは必殺もちもちアタックでおまんじゅうソーを奪還するしか。
「はいはい、お前もね」
「♡♡♡」
「……お前も、こんなにニギニギされて苦しくないの?」
必殺もちもちアタックも虚しく、ロキのテクニシャンな手管に陥落させられたおまんじゅうロキ。ふにゃんふにゃんとロキの手の中でとろけていく。
ぴぃぴぃきゃいきゃい、賑やかになってきたロキの周り。ツムを撫でていれば、おまんじゅうが我も我もともちもち割り込み、おまんじゅうをニギニギしていればツムたちが待ちきれずもふもふタックルしてくる。
ツムにおまんじゅうに、合わせて4匹居るのにロキの手は2本しか無いので、ツムを撫でてはおまんじゅうを撫でてと、なかなかに忙しい。それでももふもふのツムたちがぴるぴる震えながらすりよるのも、もちもちのおまんじゅうたちがぷるぷるしながらとろけるのも、見ていて可愛いので苦ではないのだけれど。
「はいはい今度はお前ね、あーわかったわかったお前もね、あ、こらケンカするな」
「……」
楽しそうにツムとおまんじゅうと遊ぶロキ、そんなロキを扉の影から見つめる兄の姿が。
今日も忙しくヒーローをしてきて、疲れてクタクタになりながら帰ってきたのに、いくら呼んでも弟は出迎えに来てくれなかったし、ツムもおまんじゅうもお出迎えしてくれなかった。もしかしてもう寝てしまったか?いやでもまだ寝るには早いよなぁ、なんて思いながらリビングに来たら、弟もツムもおまんじゅうも、わいわいきゃいきゃい楽しそうにしているのだ。ソーが疲れて帰ってきたのにも気が付かないくらい楽しそうにしているのだ。
ソーはわざと足音を立てて、どすんとロキの隣に座る、腹いせである。
「わ、おかえりソー」
「……ただいま」
「うわ、その格好、戦ってた時のままだろ、早く着替えろ」
「…………」
この言い草である。
そりゃあ、ソーもロキが気を使ってあれこれ世話をしてもらいたい訳では無い。訳では無いが、疲れている時に労わって欲しいのは仕方がないのではないだろうか。例えば、そう、ピスピス鼻を鳴らして喜んでいるツムやおまんじゅうみたいに撫でてもらったりとか。
「……いいなぁ」
「なんか言ったか?」
「いや……」
ロキの手の中のツムやおまんじゅうたちは幸せそうだ、ロキが撫でているからだろうか、ソーが撫でた時はこんなに可愛い顔をしてくれない。ロキは小動物を愛でるのが上手なんだろうか、それとも撫でるのが上手なのか。
ロキに懐くツムとおまんじゅう達を羨ましそうに見つめるソーは、自分もロキに撫でてもらいたいと思っているが、ロキはそんなソーの気持ちには気が付かない。
ほら!疲れて帰ってきて労わって欲しいんだぞ!撫でてヨシヨシって労わって欲しいんだぞ!という気持ちを込めてロキを見つめるソー、あざとい角度でパシパシまばたきなんてしてみたり。
ソーが精一杯のきゅるきゅる可愛い顔をしているのを見たロキは一言。
「……目にゴミでも入ったのか?」
「はぁぁぁぁぁ……」
全く通じていない。
ぐったりとカウチの背にもたれるソー、そんなソーを怪訝そうな目で見るロキは、早く着替えてこいと言わんばかりだ。
こんな時ばかり鈍くなる弟をじとっと見つめるソー、普段ならば気が付かなくてもいい事まで気がついてネチネチ嫌味を言ったりするくせに。そんなことを考えながら、ソーは思ったことを口にする。
「撫でてくれないのか」
「……なにを?」
「俺」
「……なぜ?」
「撫でてほしいから」
ソーの言葉に、ちいさないのちたちを撫でるロキの手も止まる。ちいさな不満げな鳴き声も上がる。
「どうしたソー?頭でも打ったのか?」
「はぁ、どうもしてない」
ただツムやおまんじゅうたちが羨ましかっただけだ、とソーが言うとロキは呆れたように言う。
「小動物たちに張り合うなんてバカか」
「今日は疲れたんだよ……労わってくれないのか?」
「私がるソーを?どうして!」
小馬鹿にするようなロキの態度に、ソーはいっそう疲れた様子でカウチに沈む。そんなソーの様子にツムもおまんじゅうも心配そうにぴょこぴょこ集まっていく。
「お前たちは優しいな……」
「私は非道だとでも言いたいのか?」
「そこまでは言わないけど、少し冷たくないか……」
「体温が低いのは血筋かな」
「そういう意味で言ったんじゃない、って分かってて言ってるだろお前……」
ぐったりとしているのソーを後目に、ロキはさっさと着替えて夕飯を食べろと追い立てる。しょんぼりとしたソーも、仕方がないかとカウチから立ち上がり自室へと向かう。
その後もソーはしきりにロキを可愛い(とソーは思っている)顔で見つめていたけれど、ロキは鬱陶しそうに眉をしかめるだけで、一緒に夕飯を食べている時も、一緒にお風呂に入っている時も、一緒にツムとおまんじゅうたちにドライヤーをかけている時も、撫でてはくれない。その間もツムやおまんじゅうは、コショコショ、もちもち、ロキに撫でられて(ツムのロキだけはがっちり握られて怒られていたが、何かあったのだろうか?)いるのだから羨ましい。
しょぼしょぼと寝る支度を済ませたソーは、ベッドに入ってもロキに向かってパシパシまばたきをする。
「早く寝ろ」
「ロキィ……」
「おやすみ」
そう言うなりくるりと背を向ける弟に、ソーも深い深いため息をついて目を閉じる。今日の弟はいつにも増してつれなかった、明日の弟の機嫌はどうなるんだろうか、今日よりも優しかったらいいな。
そんな思いを胸に、ソーは深い眠りに落ちていく。
カチコチと鳴る時計の秒針と、深いソーの寝息だけが聞こえる部屋の中。ベッドからもぞもぞと起き上がる影、ロキである。
「……」
気の抜けたような顔で寝ているソーを見つめる、間抜けなこの顔、どことなくしょんぼりとしているようにも見えなくはない、とロキは思い。
「……急に撫でてほしいだなんて、そんなに疲れてたの?兄上」
そっと、ソーの頭を撫でる。
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ツムとおまんじゅうと生活
初公開日: 2020年09月11日
最終更新日: 2020年09月12日
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ちいさないのちとご兄弟