自分の歩みが遅いことは種族柄どうしようもない事だ、と自分に言い聞かせることは、何の慰めにもならなければ、不便の言い訳にもならないことはよくわかっているつもりで。けれども、それをどんなに加味してもこの学園はやっぱり私にとっては随分と広いものだから。三年間通っていて、教室に行くのも、部室に行くのだって一苦労するのはわかっていたのだけれど。
 あと幾度、私は途方もなく高く見える階段を見上げては、ため息をつかなければならないんだろう、なんて。考えたところで仕方がないとわかってはいても、やっぱり覚悟を決める様にしなくちゃいけないから。頑張らなくちゃ、と足場にするための壁の生成に集中しようとしたその矢先に。
 ぬぅ、っと私の上にかぶさるように影が差し込んで。だんだんと登校する生徒が増えてくる時間帯だとわかってはいたのだけれど、その気配が誰の物であるかすぐに判別がついたのは。
「ご、御幸さん……? お、おはようございます」
「応! どうした怜藤、階段前で立ち尽くして」
 めらめら燃える熱はたなびく様なひげの形をとる大柄な種族の彼女は、長い体躯を器用に曲げてぐるりとこちらを見下ろしてから、私が見上げている先に何かあるのか、と視線を階段にやって見せてから。
 なるほど、と合点がいったように頷いた。
「これから教室か?」
「あ、はい」
「そうか! ならば乗っていくと良い」
 わはは、と豪快に笑い飛ばす様子は彼女の名物でもあるのだけれど。縮こまってしまいそうになる私の不安も一緒に吹き飛ばすように明るいものだから、思わず私は少しだけ目をぱちぱちさせてしまって。
 そのまましなやかな動作で同学年のマルヤクデはぺたりと床に這う形で待ってくれるものだから、私はおそるおそるその大きな背中にお邪魔することにしたのでした。
 小さな虫から見た焔とは
 最高学年の教室は学校の最上階に位置しているものだから、一階からあがる距離というは結構あるもので。けれども御幸さんは種族柄として、かなり大柄であるはずの身体を難なく動かして階段を上がっていく。私はその背にちょこんとお邪魔して、するすると滑るように登っていく風景をなんだか不思議な心地で眺めているしかできないのだけれど。
 せめてお礼を言わなくちゃ、としなやかに階段を上っていく彼女に、そろりと声をかけてみた。
「あ、あの……ごめんなさい、御幸さん」
「む?」
「その……こうして、運んでいただいて」
 癖になってしまっている謝罪の言葉の方が、どうしたってすんなり出てきてしまうものだから。何故謝るのだ、と不思議そうな反応の声音が返って来る御幸さんに、私はとってつけたように言ってしまって。
 なんだそんなことか、と言わんばかりに「構わんぞ!」と嗤っている彼女は、不意にすこしだけ速度を緩めてくるりと頭だけをこちらに向けた。
「乗り心地はどうだ? 熱くはないか?」
「はい、大丈夫です」
 そんならいい、と面倒見の良い口調はそのまま安心したように再び大きく笑う。なぁに、私もおまえと同じ虫ポケモンだ。形は違えど、生活の不便さはわかるつもりだ。その言葉は、彼女の気性と相まってどこまでも頼もしい声になっていたのだけれど。
 だからこそ、その後に続いた遠慮はいらんぞ、という台詞に思わず、彼女の背中で申し訳なくなって小さくなっていた私は少しだけ帽子のつばを上げてしまったのだった。
「……あの、御幸さんは、その……」
「どうした」
 おもわず口から出てしまった私の声は、だんだん小さくなってしまうのを。なんでもないです、としぼんでしまう前に聞き逃さなかったらしい彼女の言葉の優しさに、おそるおそる尋ねてしまう。
「自分でするのが難しいことがある時、どうしてるんですか?」
 聞いてしまってから、後悔がやってくるのは。いつも自分は誰かに助けられてばかりなことを思いだしてしまうからなのに。うむ、と問われた彼女はというと、顔から揺らめく炎の髭がほんのわずかにだけちりりと大きくなった。
「おのれでどうにもならない時は、誰かに頼るぞ」
 代名詞のようにやっぱり大きく笑ってしまう様子は、すっぱりそうであるものはどうにもならんからな、というものだったのだけれど。それは何の解決にもなっていないのでは、という私の反応をよそに、御幸さんはしみじみと言う。
「そうだな……特に友、シアンや椿丸には世話になりっぱなしだ」
 お名前が出てきたのは、生徒会としていつも近くにいる二匹の姿で。お互いをよく見てお仕事されている様子は遠目に知っているものだから。有難い事だな、という言葉にはどこか、誇らしい感情も混じっているのは、自慢の友がいる事の証明でもあるようだった。
 助けてもらえるのは当たり前のことではない。それは、私も常日頃からよくよく思っている事でもあったのだけれど。
「だというのに、それを恩に着せるようなことをせん我が友らに、私も同じように応えたいと思うのだ」
 迷惑をかけてしまう事への申し訳なさに、いつも小さくなってしまう私なんかよりも、ずっとずっと前向きな言葉が返ってきたものだから。ちらりちらり、と前を向く頭の向こうで揺らめく炎にを思わず見上げて目で追ってしまったものだから。
 おもわず。おもわず、こぼれてしまったのだ。
『格好良いなぁ……』
「む? 私がか?」
「はい……あっ」
 しまった、と思うのはとうに遅いのに。声になるのならいざ知らず、思念を飛ばしてしまった事に恥ずかしさが強くなる。ご、ごめんなさい。反射的にそう口にする私に対して、彼女はどうして謝られているのか心底わからない様に首をかしげていた。
「なぜ謝る」
「え、えーっと……その、突然、テレパシー使っちゃった、から……」
「そうか。私は気にしてないぞ!」
 ならば問題あるまい、とさらりと流してしまってから上機嫌な彼女は、本当にちっとも気にしていないのだ、と言うがよくよくわかってしまうから。私からすると、それは――とても、とてもほっとしてまったものだから。
 せめて今度はちゃんと、それを伝えないといけないと思ったのだ
「あの、ありがとうございます」
「なんだ、まだ教室までついてないぞ?」
「そのことも、何ですけど。えっと、全体的に、と言いますか……」
 声が詰まってしまいそうになるのを、何とかここで止まってしまわないようにしないと、と焦って。あの、今度はちゃんと、思念の方でお話していいですか。小声でそぅっと背中から尋ねてしまう私に対して、構わんとも、という声音は乗せてもらっている背中と同じくらいに暖かくて。
 声にならない心を少しだけ時間を貰ってしまってから、そぅっと私は念話でお話をしたんだった。
『あの……御幸さんのことは、実は一年の時からすごいなぁ、って思ってて……。大きな身体とか、はきはき喋る声とか、すごく存在感あるし、生徒会とか、書道部もそうだけど活動してる様子がすごく元気がもらえて……。
 今年の体育祭とか、特にすごかったでしょう? 大乱闘の時、うちのクラスの白鴉さんとものすごく派手にぶつかり合ってたの見て、こう、えっと、私もわぁーーってなっちゃったりして……』
 最終種目のバトルフィールドは、先生方が防壁を張った外側からの見学だったのだけれど。天候が巡るましく変わる中、彼女は巨大な体躯を存分に丸めて生かして焔を渦と風に振りまいて。途中でシィさんもちらりと炎を貰っていくのが見えたのだけれど、どこもかしこも盛り上がるなか、あの火柱と鋼の鴉のやり合いはとっても目を惹いたものだから。
 あれを見られていたか、と肝心の御幸さんは懐かしそうな声音だった。実は特等席からこっそり見てたの、と私も小さく笑ってしまう。砂煙も雨粒も強い日差しも鋭い霰だって四方八方飛び散る文字通りの乱闘の広間で、見どころはそれこそいっぱい山のようにあったんだろけど。
 どうしたって、やっぱり私は虫のようだったから。貴女の目いっぱいの炎が一番に目に入ってしまったのです。
『えっと、それでなくても、御幸さんの炎って、とっても綺麗だから……』
「……そうか」
 あれ、と。そこで初めて、ずっと変わらずに豪胆だったはずの声がわずかにしぼんだのは、単なる聞き間違いじゃないようで。何か、悪いことを言ってしまったのかしら。自分が知らないうちに、この大きな相手の気に障るようなことをしてしまったのではないか。きっと愚かな自分が、何かやらかしてしまったのだろう、と判断を付けそうになって、再び謝罪の言葉が出てきそうになるのをとどまったのは。
 先ほど聞いたばかりの、すぐ傍に在る熱いくらいの優しい魂の持ち主の言葉を反芻したからに他ならなかった。
『あの、御幸さん……えっと、私はその、確かに種族として炎は苦手では、あるんですけども……でも、それは身を焼いてしまうから怖い、という意味ではなくて、その……』
 熱いから恐ろしいのであれば、光に自ら飛び込むことなどないとは思うのです。眩しい在り方というのは、どうしたって惹かれてしまうものがあるからなのだとしたら。
 まるで何も怖いものが無いようにすらも見える大きな貴女も、その身に宿す炎こそをどこか恐れているかもしれない同じ虫なのだと言ったものだから。
『焔は確かに眩しくて、強くて危ない面も表すのかもしれないけれど、暖かい事も、優しい色をしていることだって、よくわかると思うんです』
 私から見た大きなマルヤクデは、いつだってただ猛り狂う熱の塊ではなくて。大乱闘の時の彼女が、受け止めて見せろと高らかに叫んだのは、その身の熱が何を焼くのかもわかっているが故の挑発であると同時に、そこにあるだけでいつでも大きく暖かい火を分け与える様に思えているものだから。
 彼女はやっぱり頼もしくて、いつだって天に伸びる様にあるしなやかな姿なのだ。
 その在り方を気にしないで欲しいというのは少し違うのだろう。でも、結局私に出来る事はとにかく考えてしまう事だけな様だから。
『うまく、言えないんですけど。今も私、こうやって助けてもらってるんです』
「私がおまえを運んでいる事か?」
『それだけじゃなくって……ええと、私、自分の考えてることとか、感情とか、誰かの物と混ざりやすいから……』
 自分がどこにあるのかが、分からなくなってしまう時に。はっきりと、自分と、そうでないものだと判別がつけやすい相手というものはあるもので。落ち着きのある相手なら、芯のある不動の精神が大きな巨木のように安定しているものだから落ち着けたりするのだけれど。
 この文字通り燃え上がるほどに熱い魂が傍に在る時は、まるでそれに引っ張られてしまう様に前を、上を向いてしまえるのだ。いつも、うつむいて地べたばかりを見ている自分が。
『……私にとっては、すごく勇気のいる事だから』
 だから、御幸さんから元気を分けてもらってるみたいで。勝手なことなんだけれど、それはとてもすごい事なのだ、ということが、とうとう言いたくかったのだ。
「それに、その……あとはちょっぴり、親近感が」
「ほう?」
「あの、虫タイプの子で、触覚のある子は結構いるんですけど、おひげのある子って三年にはあんまりいないから……」
 ぴくぴく頬のそれを動かしてしまいつつ、背中から見上げてたなびく炎のひげはそれこそ立派に見えるものだから。なるほど、ひげか。わはははは、とひときわ一倍に笑い飛ばしてしまってから。
 確かにお揃いだな、と彼女の声はすっかりいつものように聞こえたのでした。
 教室の前までやってきてしまうと、私はそろそろと背中から降ろしてもらって。ありがとうございました、とすっかり帽子を下げる私に、不意に思い出したように御幸さんはずい、っと頭をもたげて私に近づいた。
「そうだ怜藤、お前に礼が言いたかったんだ」
「えっ?」
 心当たりがちっともないものだから、思わずきょとんとしてしまうのだけれど。いやなに、なかなか機会が無かったものでな、とうんうんと思い出す様に角のリボンを揺らしながら彼女は笑顔で言った。
「お前の飯は美味いな! 感謝する!」
「あぁ……合宿の」
 夏季休暇中に学校がまるごと借り受けているリゾート地では、文芸部以外にも生徒会さんも勉強合宿にやってきていて。私がシアンさんに差し入れたご飯のことを言っているらしかった。すっかり馳走になっていたのだが、夏休みの間は言いそびれていてな。いえいえ、お粗末さまでした、と私も流れでぺこりとやってしまって。
「シアンさんからも、美味しいって言ってもらえてたんですけど、良かったです」
「うむうむ……うん?」
 珍しいな、という視線はふいにまじまじと私を見つめて。少し前までは、シアンのことは名字で呼んでいなかったか、という彼女の疑問に、私は少しだけ恥ずかしくなってしまいながら答える。
 彼女の優しくて力強い言葉に助けてもらった事と、それを切っ掛けに名前で呼ばせてもらっている事。そうかそうか、とそんなことがあったらしい友の一面を聞かされた御幸さんも我が事のように喜んでいたのだけれど。
「……あの、御幸さんのことも」
「うん?」
「これからは、その、お、お名前で呼んでも、良いですか……?」
 ぱち、と彼女の緋色の瞳が青いから夕焼けにたなびく焔の中心による様にして私を見下ろして。返ってきたのは、廊下いっぱいに呵々大笑する彼女の声でありました。
「一向に構わんとも!」
「あ、ありがとうございます……」
 ほっとするのと同時に、予鈴がなってしまったものだから。おっといかんな、と大きな彼女は自分の教室に向かうべく身をひるがえして。私も自分の教室に入ってしまう前に。
『ら、嵐さん!』
「む?」
 飛ばしてしまった思念に、隣の教室にはいる直前のマルヤクデは器用に顔だけ廊下に出してしまうから。
『また、お話してくださいね』
 それだけなんとか念話を追えて。ぺこりとやってしまった私を見ながら、やっぱり明るい彼女は飛び切りの破顔を残して自分のクラスに入っていったのだった。
 
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クロ学作業
初公開日: 2020年09月08日
最終更新日: 2020年09月08日
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コメント
とりあえずお試しで。
自分の書いている様子がどんなものかと思ったんですけど割とばしばし止まります。
しばらく動かなかったら離席しているか資料見ているかのどっちかです。
『ファーストステップ』執筆RTA②
6月28日ジェイリドオンリー『ブレンドティーは恋の好機』の新刊になりたい話の執筆RTAです。 これよ…
きさ
リハビリ
SSをぼんやり書きます。見直しは一旦度外視です。
宮古遠