お題:月、分身
タイトル「エイリアンズ」
「エイリアンはいますよね?」
「は?」
 トレイが談話室に入るなり、深刻な表情のデュースが近づいてきたかと思えば、いきなりそんな言葉を発した。クローバー先輩どう思いますか、とデュースは眉間の皺を深める。
「まーじで聞いちゃったよこいつ」
 奥のソファで、エースが呆れたようにつぶやいた。
「まーまー、素直なのがデュースちゃんのいいところじゃん」
 その隣でケイトが笑っている。二人の様子から、トレイはおおよその事態を察した。夕食後の雑談で、どんな流れか知らないがそういう話題になったのだろう。
「月の裏側にはエイリアンがいるって、本当ですよね?」
 なかなか返事を寄越さないトレイに向かって、デュースは問いを繰り返す。
「あ、ああ……いるかもしれないよな」
 苦し紛れに返したトレイの言葉を、都合よく拾ったデュースの表情がぱっと切り替わる。
「ほら!」
 背後を振り返るデュースの表情はトレイの方から見えなくなっていたが、代わりによく振れているしっぽと耳が見えたような気がした。対照的に、エースは顔全面に「めんどくさい」という感情が張り付いている。そんなエースと目が合って、トレイは苦笑いを返す。頼みの綱が切れた、とでも言わんばかりのエースは、戻ってきたデュースの方に気を向ける。
 ケイトは堪えきれなくなったように笑っていた。ひとしきり笑ったところで、彼はトレイの視線に気付く。じっとこちらを見つめる目は、なにか言いたいことがあるような――いっそ、責めるような色をしている。ケイトが首をかしげた様子を確認して、トレイは静かに談話室から去って行った。
「ケイト」
 部屋の扉に、トレイが声をかける。返事は無い。
「ケイト、いるんだろ。入るぞ」
 ドアノブに手をかけると、丸いそれはなんの抵抗も無く回る。部屋は暗い。カーテンが開いたままの窓から、月明かりが差している。
「勝手に入んないでよ」
 ベッドの足元にある塊から声がする。明るい廊下から部屋に入ったトレイの目には、まだ人影があるらしいことしか映らない。
「断りは入れただろ」
 塊はそれ以上なにも言わず、動く気配も無い。トレイは部屋の鍵を閉めてから、ベッドに近づいた。近寄っても拒絶はされない。そのままベッドの端に腰かける。
「夕飯は食ってたよな?」
「うん」
「どうしたんだ」
「別に」
 ここまで来て拒絶を示したケイトに、トレイはすぐ言葉を返すことが出来なかった。沈黙が流れたところで、すん、と小さくケイトが鼻を鳴らす。泣いていたのか、と察知したトレイは、即席の話題を持ち出した。
「エースとデュースが、『月の裏側にエイリアンはいるか』って話してたよ」
「ふうん」
「デュースは信じてるらしい」
「は、デュースちゃんらしいね」
「『素直なのがデュースのいいところだ』って、”お前”も言ってたな」
 口を閉ざしたケイトの様子を見て、トレイは距離を詰める。警戒する気配を感じ取って、ほんの少しだけ心に棘が刺さった。
「もっと俺を頼ってくれてもいいんじゃないか」
 ケイトはなにも返さない。ようやく暗闇に慣れたトレイの目に、ケイトの表情が映る。膝を抱えて、視線は下を向いている。トレイがさらに距離を詰めれば、ケイトはようやく彼を見る。と思った次の瞬間に、トレイは肩を押されている。特に抵抗せずそのままベッドへ倒れこんだ。
 見上げたケイトに表情は無い。月明かりの逆光で、ひどく暗い顔つきに見えた。談話室にいた分身や、普段の彼からは想像もつかない表情だ。分身は、まだ一年生たちと談笑しているのだろうか。けらけらと明るい表情で。
「やっぱりエイリアンはいるんだろうな」
「え?」
 聞き返すケイトの声は、随分と気の抜けたそれだった。トレイも弱く笑って、ケイトの頬に手を寄せた。
「どうしたらお前の支えになってやれるのかなって話さ」
「オレのこれは一生変わんないよ」
 トレイの表情は、ちょうど外の光が当たってケイトによく見えていた。トレイの形のいい眉がひそめられて、ケイトはやっと笑えたような気がした。
「嘘だよ。冗談。ごめんねトレイくん」
 トレイはまだ難しい顔をしている。不謹慎かもしれないが、ケイトにはその顔がどうにも可愛らしく見えてしまって、思わず唇を寄せる。離れて溜息をついたのはトレイだった。
「部屋入れてあげたんだから許してよ」
「そういうことにしてやるよ」
 今度はまた泣いてしまいそうになったケイトは、そんな顔を見られたくなくてトレイを抱きしめた。
「好きだよトレイ、本当に」
「ああ、俺も好きだよケイト」
 見えなければ、裏も表も無い。お互いの鼓動をただ聞いていた。
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