23:50くらいまでの予定
別にアイドルが天職だなんて、そんなおこがましいことを思ったことは一度もない。
だけど兄弟たちと、それなりに、楽しくて、頑張れて、お金が貰えていたから辞めたいともあまり思わなかった。未だに「ファン」というものは架空の生き物な気がしているけど、どうやらありがたいことに実在しているらしいし。そうしたら、まんざらでも無くなっちゃうのが普通の人間だろう。
そんな気持ちでだらだらと、アイドル松野一松という人生を生きてきた。
*
曲が終わる。
最後のポーズを決めたままの二人を照らしていたライトがすっと消えた。
一松とカラ松は足音をあまり立てないよう小走りでステージからハケる。ライブはまだまだ続いている。慌ただしいスタッフたちに代わってタオルと水を渡してくれたのは、先に出番を終えたトド松だった。
「おつかれ~!」
「……ありがとう」
「サンキューブラザー!」
歌って踊れば喉が渇く。特に今日は激しい楽曲だったから、自分でも引くくらい勢いよくペットボトルが減った。カラ松も同じらしい、あっという間に空にして、気を利かせたトド松が二本目のペットボトルを持ってきて渡していた。
気が済むまで腹に押し込めば、ようやく熱が冷めてくる。高ぶっていた鼓動が落ち着き始めた。
鼓動の代わりに聞こえはじめたのは歓声だ。一松とカラ松には与えられなかった、ホールが割れそうなほどの歓声。別に悔しいわけではないつもりだが、自然とペットボトルを握る拳に力が入る。
「すごいねえ、CITRUS」
「フッ……FRUTYもなかなかだったじゃないか」
「まあね? そう言われちゃそうなんだけどね?」
まんざらでもなさそうにトド松が笑う。かしこいかな、AQUAには一切触れなかった。
もともとは二組の三つ子から成る六人のグループだった。
『キシリッシュ松』と名付けられ、結構売れていたと思う。しかし最近は、もっぱらグループ内ユニットでの活動が多くなってしまった。そうしたらどうだ。FRUTYとCITRUSはともかく、AQUAがびっくりするほど売れなかった。一松の見解としては、完全に事務所の采配ミスだと思っている。いや、実力不足だとかそういうことを言われたらそうなのだろうが、それだけとは言わせない。
FRUTYは愛嬌だけでどこまでも行けそうな、おまけに二人そろって手を抜いても容量が良いおそ松とトド松のユニット。
CITRUSはボケとツッコミの漫才塩梅が目立ちがちだが、アクロバティックなパフォーマンスが売りのチョロ松と十四松のユニット。
そしてAQUAは、二人ともあまり喋らないし愛想もないし、やけにじめじめした失恋ソングをあてがわれるカラ松と一松のユニットだ。
ユニットの組み合わせが発表された時点でファンからは不安の声がたくさんあがっていた。AQUA大丈夫? とよく言われていた。しかし事務所は総出で見なかったことにしたのだ。案の定、びっくりするほど売れないユニットになってしまった。
トド松は云う。
「売れないのは二人の実力不足っていうより、不仲説を覆しきれないところじゃないかな」
そうは言われても、キシリッシュ松のなかで一番絡み方が分からない男がカラ松だ。
そんな男と組まされて
「はい、それじゃあ今からずっと二人で仕事をしてね」だなんて、燃えないゴミクズには無茶な話である。
そんなこんなでライブやイベントでも二人でトークすることはほぼない。与えられた台本を覚えてノルマの会話をこなすだけ。ファンには台本かそうじゃないかなんて筒抜けらしい。
ユニットは、仲の良さを売りにしているらしいから、AQUAが売れないのは当然だ。
自分が売れないのは別にいいけど、売れなくて肩身が狭くなるのは嫌だ。わざわざユニットにしなくても六人でよかったのに。百歩譲ってユニット分けしたとして、一夜限りとかそんなので良かったのに。
残念なことに、一松は事務所に意見する口すら持ち合わせていなかった。