グラドは歴史の授業が好きではない。特に現代史は最悪だ。
「クラウ・アウグステンブルクは、革命後、狂人ウィルスの撲滅に」
周囲の視線が突き刺さっているようで落ち着かない。グラドの気のせいというには状況が悪かった。教師のいう歴史上の人物の息子がグラドなのだから。
教師もこちらをちらちら見て何かを言いたそうにしているが、前の授業でグラドにそっけなく「何も言うことはないです」と答えたことを思い出しているだろう。話題を振ることはやめたようだ。
実際グラドは父のやったことは授業や、ニュースでしか知らないのだ。
父は家で仕事の話をしなかった。たまに思い出したように人生の心構えを言うくらいで、趣味の釣りの話だってろくろくしなかった。国会で堂々たる答弁する父は、家では大人しく寡黙だった。
母が話す言葉に相槌をうち、グラドの話をきき、父は私見を述べるにとどめていた。自分のことをあまり話さない男だった。
父はグラドに求めなかった。父のように政治家になれとも、家名に恥じることのないように良い成績をとれだの、そういうことは一切言わなかった。父の立場からそれを求められているだろうに。父方の親族の話を父は話さなかった。母だってそうだ。両親はグラドの将来に口を出すことなど無かったのだ。だから尚更、婚約者を決めるなんて事をする母に違和感をずっと覚えているのだが。
そんなことを考えていると、いつの間にか授業が終わっていたようだった。二人の友人が昼食の為によってくるのが見えた。
「さっきの授業の話だけどさ、こんな噂知ってるか? 皇帝の呪い」
「連続殺人事件のことか?」
イアンやシャールはたまにこんな風に噂話をグラドに話してくる。新聞部に所属している二人は校内は勿論、校外でも時勢に詳しい。アーツは女を口説く為か、カルチャーや流行を追うのが得意で、シャールは家が商家の為か政治や経済にめっぽう強かった。そんな二人の話題は機知に富んでいた。
イアンが話した内容は有名だ。革命が起こり、皇帝が倒れた三年後に起こった連続殺人事件。革命に関わっていた人物が何人も不審死を遂げたので皇帝の呪いだと皇帝の呪いだと嘯かれえていた。今では映画化やドラマ化もされた既に物語として消化されてしまっている事件だ。
「先生は帝国製人形は狂人ウィルス撲滅の為に、もう全部処分し終わったみたいなこと言ってたけどさ」
そこでグラドを見て、イアンはにやりとした。
「実は、帝国製の人形が残ってて、そいつらがやったんじゃないかって話」
「父さんが嘘言ってるっていうのかよ」
「ああーそういうんじゃなくてさ」
教師の言ったことはそのまま政府の発表でもある。そしてその政府の中心人物はグラドの父親だ。
不興を買ったのを気づいたのか、慌てて言い訳するようにアーツが言葉を重ねるようとすると、シャールがばっさりと切った。
「立場があるでしょ、彼には」
「まあ、そうかもだけど」
グラドには政治は分からない。父は政治の中枢だが息子であるグラドは政治に興味がなかった。よっぽど、シャールの方が詳しい。
「シャールもそれ本当だと思ってんのか?」
「殺しの為に雇った人間は、全員死刑、主犯格も捕まったけど、獄中死。最初不審死として発表したり、何かとおかしな点が多いのよね、あの事件」
まあ、だからって人形がやったとは判断していないけど、いい題材よね。
とあくまで昔の事件としてシャールは冷静だ。シャールの家は革命時には関わっていない。だから、他人事として扱えるのかもしれないが。
「グラド、本当のとこどうなの?」
「言っておくけど、俺は全然知らねえぞ。前にも言ったけど、父さんは家で仕事の話はしねえんだ」
二人はめげない。こちらの手の内に情報など何もないのだと、何度語っても色んな話をふっては情報手に入れようとする。新聞部の鑑である。そういう人間が二人以外にもいたが、イアンとシャールはグラドが話さないことに不機嫌になったりしなかったし、しつこく食い下がることもなかった。そういうところが二人と行動を共にできる理由だった。グラド個人のことには食い下がってもくるのだが。婚約者については未だに写真を見せろと突っつかれている。
「そうか、でも最近妙な噂があるから気を付けた方がいいぜー」
「ここらでドールの鑑賞会が行われてるって話があるの」
「はあ?」
いきなり話題が近場に変わった。思わず二人の眼を見ると、二人は眼を見合わせて、グラドだけに聞こえるように話を始めた。
「どうも生徒間で、お気に入りのドールを着飾って持ち寄って見せびらかすっていう会が開かれてるらしくて」
「おいおい、ドールの所有は違法だろ」
「まあバレたらタダでは済まないでしょうね」
「噂だから、本当にドールか、ただのお人形さん遊びなのかは俺たちも実際参加したことないからわかんないんだけどさ」
「人形の方だったら興味あるんだけどね」
シャールはすまして言った。二次元しか興味ないと豪語する少女は、生きていない三次元には興味があるらしい。
「あんまやべえことすんなよ、お前ら」
「グラドこそ、ドール騒ぎに巻き込まれるんじゃないぞ」
「そう。皇帝の呪いがドールによって行われるなら、グラドなんてもろに狙われるんじゃないの」
友人はどうも心配してこの話題をふったようだった。とはいえ、事件自体は十数年前の話で、それから皇帝の呪いは発動していない。
気にしすぎだ。と笑い飛ばしてもよかったが、その気遣いが嬉しかった。そして友人たちが話す近場の話の方がよほど気になった。
「その鑑賞会ってのに、お前ら参加するつもりなのか?」
「まあ、裏が取れたら」
「シャールがこういうからさあ」
イアンはそういうが、こういったことに興味があるのはイアンも同じだ。二人とも好奇心が強く行動派である。だから揃って新聞部なんてものに入っているんだろうが。そんな二人に巻き込まれることもある、グラドは本当に心配になった。
「それより、グラド彼女作りたいんだろー、だったら適当な部活に入るとかもありかもなあ」
「グラドをヤリサー手口に巻き込むのはやめなさい」
「お前は変なもん読みすぎなんだよ!」
心配をかわすように別の話題にうつす二人をじとりと見た。が、二人は気づかないかのように、話を進める。彼らはやるとなったらやるのである。
グラドは諦めの息を吐き、目下の心配事を解決すべく、話題に乗った。