凍てつくような空気の蔓延るその部屋で童磨は玩具で遊ぶ子供のような笑顔をして目先の檻を見ていた。否、正確には檻の中の人間――冨岡義勇を。顔は伏せており、黒髪が覆い被さって見えないが、半々羽織の中に見える詰襟のような洋装は紛れもなく鬼にとっての敵となる、鬼殺隊のものであった。それも、その金色に光る釦を見るに、最も強い九人の剣士、柱の中の一人であることが伺える。
「もう限界も近いんじゃない? 逃げることもどうすることもできないのに、必死で耐えるなんて可哀想だなぁ」
童磨は心の底から同情したのに、檻の中の男にギラリと睨まれてしまった。だが、弱っているせいかその視線にあまり迫力は見られない。童磨はそれを軽くあしらうと、ふわりと扇を翳した。血鬼術によって風と共に発生した粉氷は檻の隙間を縫って入っていく。義勇が慌てて口を手で覆い隠すが、人間がいつまでも息を止めていることなどできないので、すぐに苦しそうな顔になった。
「こらこら、我慢はいけないよ」
檻の中へと手を伸ばして、さほど力の入っていない彼の手を退かす。それでも呼吸を我慢しようとする義勇を見て、童磨はおかしいなぁと頭を掻いた。もう、最初に粉氷を吸い込んでから三日も経っている。その間冷たい檻の中で空腹にも耐えながら着実に体は弱っているはずなのに、それでも折れないのは柱の威厳か。はたまた、彼のプライドが許さないのか。
「……ッ! かひゅっ、ぜぇ、ぜぇ……」
ついに息を吐き出した義勇は、途端に荒い息を繰り返した。当たり前だ。もう肺はボロボロだろう。得意の水の呼吸だってこんな状態じゃろくに使えないのに、それでも抵抗するなんて、全く、何て哀れなのだろう。だが、そんな哀れなところが童磨にとっては美しく、可愛らしく感じられるのだった。
「ねぇ、君、そろそろ名前を教えてくれないかな?」
「っはぁ……ひゅ……っ、鬼に、名乗る名など……っ!」
「強情だなぁ。教えてくれたらご飯だって用意してあげるのに」
ゴホゴホと咳き込み始めた義勇を横目で見ながら、童磨はどうしたものかと考える。どうやったら名前を聞き出せるのか。これから沢山『仲良く』していく予定なのに、名前も知らないなんてあんまりじゃないか。
「――あぁ、そっか……」
ふいに、童磨にとって素晴らしいアイデアが浮かんだ。鬼殺隊士とは、一般人を命がけで守ろうとするものだった。そういう傾向は、上の階級にいく程強くなる者が大半。ならば、人質をとって無理矢理にでも吐かせればいい話だ。目の前で人の手足をもぎ取って、目玉をくりぬいてやればすぐに自分の名前くらい白状するだろう。まぁもちろん、最終目標は共に過ごすことなのだが――手の掛かるものほど、達成したときに天にも昇る心地になるのだから、暫くはこのままでも問題は無い。
「それじゃあ君、少し待っててね。帰ったら素敵な贈り物をしてあげるから」
己を見やる青色の瞳にそう言って、童磨は手頃な人間を捕らえるためにその場を後にした。どうしようもない高揚感と支配欲に、毒々しさの混じった笑みを浮かべながら。
終