不規則な揺れに目を覚ました。見慣れない、けれど懐かしい木製の列車内。机を挟んだ向こう側に男がいた。
「おはようございます角松さん」
 穏やかに微笑む草加。窓の外は真っ暗だった。なぜこんな所にいるのだろうか。角松は自分の行動を振り返ろうとするが頭がぼんやりとしていて上手くいかない。少なくとも列車に乗った記憶はなかった。
「草加、ここはどこだ?この列車はどこへ向かっている?」
「銀河鉄道……と言いたいところですが、どうやらこの列車は海の中を走っているようです」
 ほら、と窓の外を示す。その指先を辿る。真っ暗だと思った底にわずかに気泡や塵が浮かんでいるのが見えた。よくよく目をこらすと不気味な形をした魚や、ピカピカと光るクラゲのような生き物が悠々自適に泳いでいた。
「深海……」
 外の景色に見入っていた角松は列車が停まったことに気がつかなかった。扉が開く音を聞いて焦ったようにそちらを振り向く。大量の海水が流れ込んでくるのではないかと身構えたが、流れ込んできたのは人の群れだった。
 ぞろぞろと乗り込んでくる人間は一様に軍服を着ていた。そして顔は黒く塗りつぶされたかのようになっている。不気味な光景だった。しかし角松も草加もそれに対して違和感を覚えなかった。
 一人の軍人がこちらを見てから焦ったように近づいてきた。顔は見えないが、角松はそう感じた。その軍人は草加の前で敬礼の姿勢を取る。草加はそれを返さなかった。その代わりに柔らかく微笑み声をかける。
「ご苦労」
 その言葉を聞いた軍人は礼を解き、別の車両へと行ってしまった。
「今の知り合いか?」
「ああ、貴方は会ったことがなかったかな」
「顔が見えないから分からん」
「……そうか」
 草加は角松から視線を逸らした。角松もそれに倣う。
 いつしか外の景色は美しい青色に変わっていた。光が入るほどの深度まで移動したのだろう。魚たちも見慣れたものが増えた。
 その中に機械の部品や何かの破片のようなものが混ざっていることに角松は気づいた。一体何かと窓に顔を近づけようとすると、列車が突然急ブレーキをかけた。
「うおっ!?」
 驚き、よろめいたのは角松だけだった。他の客も目の前の男も平然とした顔をしている。
 列車が完全に停まってから扉が開く。また沢山の人が乗り込んできた。しかし、彼らは全員青っぽい色の作業服のようなものを着ていた。中には女性もいるようだった。先程の軍人たち同様に顔が黒く塗りつぶされていて見えない。
 角松は自分と彼らが似たような服装をしていることに気がついた。青っぽい作業服。何かの組織に属していたのだろうか。
 角松の記憶は曖昧だった。覚えているのは自分の名前と目の前の男、草加の名前だけ。彼とは仲良しとまではいかないが、友人のような関係だったような気がする。そして、何かをやらなければならなかった。何かを、誰かを止めなければならかったような。そんなぼんやりとした使命感を角松は覚えていた。
 作業服を着た一団は角松見ると会釈をして通り過ぎていった。全員どこか疲れているように見えた。
「角松さん、彼らは知り合いですか?」
「分からない」
 今度は角松が目を逸らす番だった。もやもやとした感覚が角松を襲う。多分、仲間だった。確信は持てないが、きっと彼らは自分の仲間だった。それを覚えてない自分が悔しくて腹立たしかった。
「角松さん」
 耳障りの良い低い声に顔を上げる。草加は窓の外を見ていた。同じように目を向けると先程までの景色とはうってかわって美しい景色が広がっていた。
「珊瑚礁だ」
 草加の言葉に角松は頷くだけで返した。
 絵具を溶かしたような鮮やかな青色の海の中にピンクや紫、オレンジに緑と色とりどりの珊瑚とイソギンチャクがいた。その間をすり抜けるように、これまた極彩色の魚が泳いでいる。絵画を見ているような気持にさえなる。これが自然に生まれたものなのだから驚きだ。
「角松さん」
 また呼ばれた。角松は草加に目を移す。窓からを光を反射して彼の目は不思議な色に輝いて見えた。
「角松さん、本当の幸いとはなんだと思いますか」
 突然の問いに角松は声を詰まらせた。考え込んでいると前からくすくすと微かな笑い声がした。誰でもない草加の声だった。
「おい、笑うな」
「ふふっ、すみません。考えている顔が愛らしかったもので」
「こっちは真剣に考えているんだぞ!」
「それで、答えは見つかりましたか?」
 ぐぅ、と喉が鳴る。幸せとはなんだろうか。争いのないことか、豊かなことか、笑っていることか。
 彼が本当に聞きたいことはそんなことなのだろうか。
「分からない」
 角松は絞り出すように言った。それを聞いた草加は頬を緩める。机の上でぎりぎりと音が鳴るほど握りしめられた角松の手を草加は包んだ。手袋越しの手は異様に冷たかった。
「探してください」
 草加の手に力がこもる。それとは逆に角松の手からは力が抜けていった。
「探して、探して、そうしている内に貴方の手は綺麗なままではいられなくなるでしょう」
 草加の目には涙が浮かんでいた。ガラス細工のようにキラキラと光を反射していた。
「それでも探し続けてください」
 ぽたりと滴が落ちた。
 はっ、と気がついたときには草加は目の前から消えていた。辺りを見回してもどこにもいない。それどころか、先程まで乗っていた軍人や作業服の連中の姿も見えなかった。
 弾かれたように立ち上がったとき、角松は右足に激痛を感じた。見れば膝から下に赤黒い血が滲んでいる。
「な、なんだこれはっ」
 痛みに負けて椅子に逆戻りになる。窓の外はエラーを吐き出したパソコンのブルースクリーンのような青一色になっていた。そこには何もなかった。
 机の上をもう一度見てみる。透明な滴が一粒、列車の不規則な揺れの中でゆらゆらと光を反射していた。
 角松が目を開くと真っ白な天井だった。右足がじくじくと熱を持っている。薬が切れたのだ。
「本当の幸いとはなんだと思いますか」
 感情の薄い、けれど聞き心地の良い低い声が頭の中でこだまする。角松は息を深く吸い、吐いた。
 答えは未だに出ないままだった。
Latest / 131:12
35:02
ヒイラギ
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テストで草松
初公開日: 2020年08月11日
最終更新日: 2020年08月11日
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テスト用。原稿ではない