fireworks
昇降口の前に、ポスターが貼られていた。
なんでも週末は夏祭りがあるらしい。
「また来週ね、沙弥香」
燈子に声をかけられて「ええ」と答えた。
私と燈子の通学路は全く違うので一緒に帰ることは稀だった。
それでも校門まで一緒に行くことが多いのに、今日は用事があるらしい。
帰ってしまった燈子の背中を見送って、私はもう一度ポスターを見る。
クラスでも話題になっていたけれど、燈子を誘えばよかったかな、なんて今更どうしようも
ないことを考える。
そもそも夏祭りなんていつから行っていないんだろう。
まあいいか、と私も家に帰ることにした。
週末、家で勉強をしていると、スマホがメッセージを受信した。
燈子からだった。
「今からお祭り行かない?」
飛び上がりそうになった。
いや、落ち着くのよ私。みんなと一緒。そうに決まってる。
「誰が一緒にいるの?」
疑り深い返信だったかなと思いながら燈子の答えを待つ。
「いや、2人で」
2人で。
2人かあ。
危うく喜びそうになった。いや、他に誰もいなかっただけだろう。
詳しく聞くのは会ってからでもいいか。とりあえず急いで「いいけど」と返事をした。
時間を決めて、一度連絡をやめる。
夏祭り自体も久しぶりだ。
浴衣の着付け方、ちゃんと覚えているかしら。
待ち合わせ場所に着いた。
燈子はまだ来ていなかったので柱の陰で待つことにする。
久しぶりに来たので前に行ったお祭りのことはよく覚えていないが
お祭りの会場は広そうだった。
カップルも家族連れもお祭りだからかどこか楽しげで、談笑しながら私の前を通りすぎていく。
「お待たせ!」
燈子がやってきた。
紺色の浴衣がよく似合っていた。
「沙弥香、浴衣似合うね」
見惚れていたせいで、感想を先に言われてしまった。
「燈子の方が綺麗よ」
「えー、そんなことないよ」
行こうか、と燈子が言って、2人で歩き出す。
「ここのお祭りね、一回来てみたかったんだ」
燈子が私の聞こうとしていたことを先読みしていたみたいに答える。
「最後の花火が綺麗なんだって」
それは私と2人で来た理由ではなかったけど、少なくとも私と花火を見るのは
嫌ではなかったということか。いや、そんなことも嫌がられたら大分ショックだけど。
「沙弥香お腹空いてる?」
「少し空いてる」
「なに食べたい?」
「うーん」
屋台を見る。たこ焼き、焼きそば、人形焼、お好み焼き……。
「っていうか屋台で買い食いとかしたことあるの?」
「だから、私にどんなイメージ持ってるのよ……」
実はあまりない、とは言わないでおいた。
「燈子は何が食べたいの?」
「りんご飴! わたがし!」
「夕飯ではないわね……」
甘いものが食べたいようなのでご飯は控えめにしておこう。
結局たこやきと焼きそばを一舟ずつ買って、燈子と半分こすることにした。
休憩スペースに椅子と机があったので、燈子の向かいに座った。
「半分にしちゃおう」
燈子が手際よく、たこ焼きと焼きそばを半分にして
焼きそばの入っていた方のフードパックを私にくれる。
「手慣れてるわね」
「そう?」
「ありがとう。いただきます」
夕飯を燈子と一緒に食べるのは新鮮だった。
お昼ご飯を一緒に食べることはよくあっても、夕飯を食べることはあまりない。
こうして時々一緒に出かけた時だけで
出かけた時も、家に夕飯があるからと早めに解散することも多いから、新鮮だった。
浴衣を着ているからいつもと雰囲気が違うというのも新鮮さの一つの要因かもしれない。
「なんかついてる?」
じっと見つめすぎていたらしい。燈子が自分の顔を触って確認し始めた。
「……歯にのりついてる」
「えっ」
「冗談」
「やめてよもう。沙弥香の冗談わかりにくいんだからさ」
燈子が笑った。
少なめの夕飯を片付けてしまって、また人混みの中を歩いた。
射的だの、ヨーヨー掬いだの、お祭りの定番のお店を2人で周った。
燈子はどれも上手かった。ちょっと意外だと思うくらいに。
「りんご飴とわたがし、買ってきたよ」
ん、とりんご飴を渡される。
「なんでりんご飴?」
「似合いそうだから」
そうかな? と思いつつ受け取る。
「そういえば写真撮ってなかったね」と燈子がわたがしを持っていない方の手でスマホを構えたので
一応持っていたりんご飴をスマホに向けて、もう片方でピースをした。
「ピース、いいね」
「何が」
「学校でしてるとこ見たことないかも」
そうだったかな。写真を撮った時のことを思い出してみる。確かに学校の
集合写真では直立して映っていた。あまりしていないかもしれない。
「あとで写真送っておくね」
燈子がスマホをしまった。
りんご飴をかじる。隣をみるとわたがしをちぎって口に運んでいた。
そういえば、りんご飴もわたがしも食べたいと言っていたけど、食べなくていいのだろうか。
「燈子」
「ん?」
「半分食べる?」
まだかじってない方からなら食べられるだろうと思って聞いてみる。
手渡すつもりで近づけると、燈子が顔を近づけてそのままりんごをかじった。
「……」
「美味しいね」
友達ってこういうこと普通にするのかな。
ちょっと燈子のことがわからなくなりそうだった。
「沙弥香もわたがし食べる?」
「あ、そうね」
「じゃあはい。あーん」
ちぎったわたがしをくれる。
あまり意識しないようにして燈子の手からわたがしを食べた。
「わたがし食べたくなったら言ってね」
頷いて、また道を歩き出した。
私はこの時のりんご飴の味を覚えていない。
夢のような時間はあっという間に過ぎ
もうすぐ花火が上がる時間だった。
「すごいね、人」
「花火の時間になったら急に増えたわね」
もともと多かったのに、さらに混んでいる。
「もう少し、前の方で見ようよ」
「そう、ね」
とはいえ人の波がすごい。
はぐれてしまうのではないかと思っていると、燈子が私の手を握った。
「はぐれないように、手繋いでおこう」
「……わかった」
「もしはぐれちゃったら、もう一回この場所に集合ね」
頷いて、燈子のあとをついていく。
人混みをかきわけて燈子が進んでいく。
「一番前、あそこだよ」
私に声をかけた燈子の声が少し嬉しそうだった。
花火が上がり始めた頃、私たちはなんとか先頭の方にたどり着いた。
「綺麗だね!」
燈子がまた微笑む。
汗ばんだ手の温もりも
花火で眩しいくらいキラキラと光る瞳も
今だけは私のものだった。
(またいつか、来れるといいな)
その時は今とは違う関係になれていたりするんだろうか。
それとも……。
花火と燈子の姿を忘れないように、私は心に刻んだ。
「また来ようね」
帰り際の燈子の言葉を、私はずっと忘れないだろう。
高校3年生の、夏。
お祭りのポスターを眺めていた。
「あ、それ」
燈子が声をかけてくる。
「一年生の時に、沙弥香と行ったやつだね」
「そうね」
「沙弥香は今年はいくの?』
「行かないと思う。受験勉強をしようかと思って」
「そっか」
「燈子は小糸さんといくのね」
「あはは……」
そりゃバレてるよねと燈子が恥ずかしそうに笑う。
「楽しんでね」
「ありがとう沙弥香。またね」
燈子が手を振って去っていった。
燈子がどうしてあの日、夏祭りに私を誘ったのかわかなかったけど、今なら私にもわかることがある。
浮かれていて気づけなかったけど、燈子はきっと自分のお姉さんともあのお祭りに行っていた。
だからきっと、お姉さんを完璧に演じきる為にお祭りに行きたかったんじゃないか。
思えばちょっと別人のような振る舞いのこともあった気がする。
それなら今年は七海燈子としてお祭りを楽しんで欲しい。
なんて、私が言えることではないから言わないけど。
家に帰って、あの時着た浴衣を探した。
部屋の奥のクローゼットのハンガーにかけられてしまわれていた。
今年は陽の目を見ないかもしれない。パタン、とクローゼットを閉めた。
スマホが鳴る。メッセージは七海燈子からだった。
「やっぱり、沙弥香も一緒に行かない?」
お祭りの誘いだった。
「どうして」
この文面からして、小糸さんが行けなくなった訳でもないだろう。
「また来ようねって、約束したから」
浴衣姿の燈子が思い出される。そうか、燈子も覚えていたんだ。
覚えていてくれただけで十分だった。
「またいつかね」
そう送っておく。
「わかった。約束だよ?」
「約束ね」
約束を上書きする。
いつかがいつになるのか。それはまだわからないけど。
メッセージのラリーが止まる。
スマホの中の夏祭りの写真を探した。
燈子と2人で撮った写真は珍しいから保管していたはずだ。
燈子がわたがしを片手に持ち、私がりんご飴を持って、ピースをしている写真だ。
「またいつか、一緒にいけるわよね」
写真を選択して、ゴミ箱のボタンを押した。
写真が消去される。
次に一緒にいく時は、私も燈子も、どんな風に変わっているんだろう。
私は遠くの花火の音を聞きながら、参考書を広げた。