ろむじょ時空クロウ+ジョウ
「オレ、今初めてシアンの気持ちが分かった気がする黙示録だぜ」
「はあ?」
唐突にそう呟いた男――クロウは、さっきからずっとぺしぺしとオレの尾羽をつっついている。
シアン、って確か、コイツらと同じ事務所のガールズバンドのメンバーだったか。あまりよく知らないし面識もないが。ネコ族のギターボーカルの少女の名前がそんなんだったような。
どういう意味だ、と問えば、「アイツいっつもオレの尻尾にじゃれてくんだよ」と答えが返ってきた。なるほど猫じゃらしか。つまり今クロウに遊ばれているオレの尾羽は、猫じゃらしならぬハリネズミじゃらしなのだろうか。
「ハリネズミ族にそんな習性があるなんて知らなかったぜ」
「バカじゃねえの、んなもんねえよ。これはアレだ、その……紅蓮の炎に抱かれて降臨せし堕天使としての本能だ」
「よく分からんが、要するにお前、オレの尾羽好きなんだな」
「オマエの尾羽が好きなんじゃねえ、炎が好きなんだっつの」
「同じようなもんじゃねえの?」
「全然違え!!」
声を荒げつつも、クロウはオレの尾羽にじゃれるのをやめない。何が面白いのか、ずっとふわふわと尾羽を触ったり弄ったりしている。羽にも多少の感覚はあるからなんかくすぐったい。わざとクロウの手から逃げるように尾羽を動かしてやれば、あっテメ、と抗議の声が上がった。
「何でオマエなんだろうなあ」
ぶすくれた声のまま、これまた唐突にクロウが呟く。独り言のようではあったが、それが何を指す言葉なのかだいたい分かってしまったから、オレもその呟きに返事をする。
「ロムのことか?」
「おう」
「不満か?」
「別に。でも、何でオマエが良かったんだろ、ロムの奴」
その声にオレを責めたり否定したりするような色はない。ただ、本当に純粋に疑問に思っているようだった。
そしてオレも、そんなことを言われても、という感想しか湧いてこない。何故オレがロムに惚れたのか、何故彼を選んだのか、という問いなら答えてやれるが。その逆、何故ロムがオレを選んでくれたのか、なんてのはオレにだって分からない。むしろこっちが聞きたい。
「さあなあ。つーか、むしろお前がロムに聞いてみてくれよそれ」
「何でオレ様がんなことしなきゃいけねーんだよ、ぜってー嫌だ」
「自分から言い出したくせによ。そんなに自分とこのドラマーが取られたのが寂しいのか」
「……前から思ってたけどよ、テメー、オレのことガキ扱いしてねえか?」
「そこまでガキ扱いはしてねえよ。でも正直弟みたいなもんだとは思ってる」
「ざっけんなクソ不死鳥! コーコーセーのくせに! オレ様はちゃんと高校卒業してっからな!!」
「ゴハッ」
そこを突かれると痛い。クロウは確かにオレより年下ではあるが、そういう意味では先輩なのは事実なのだ。
オレにとって、『年下』とはいくつかの壁がある。成人しているか否かの壁、学生……高校生であるか否かの壁、そしてそれよりまだ幼いか否かの壁だ。たとえばうちのバンドメンバーたちなら、いくら可愛げがなかろうが年齢通りの高校生である限り、どうしてもオレにとっては子どもにしか見えない。オレ自身も高校生だというのは置いておいて。それに比べれば、ハタチという壁はあるものの、学生の壁は突破しているクロウは、アイツらとはまた違う意味で気を遣わなくていい相手ではあった。
「それに、業界的にもオレたちはオマエらの大先輩だからなッ! もっとちゃんと敬いやがれッ!」
まあ、そういう反応をされると、やっぱり年下っつうか弟みてえだなと思ってしまうわけだが。これ以上はヤブヘビにしかならなさそうなので黙っておく。
「はー、ロム早く来ねえかなあ」
「何だよ、オレと二人っきりはそんなに嫌か。つーか、別に不満ならはっきり言ってくれていいんだぜ。お前らの方がロムとはよっぽど長え付き合いだろ」
「だから別に不満じゃねえっつーの。キラキラアイドルヤローよりはマシだし」
「キラキラアイドル野郎……」
「まあ、ロムがいいんならオレが口出すことじゃねーし」
相変わらず尾羽で遊びながら、クロウはそう言う。ありがたいことだ。こういうところは何だかんだちょっと大人なのかも、とも思ってしまう。19歳とはなんとも微妙な時期だ。スケジュールを合わせている最中、その日はロムと約束があるから無理だと誘いを断った時、ものすごい勢いで不機嫌になって睨みと不満と嫌味をぶつけてくるうちの後輩たちにもちょっとは見習ってほしい。
それ以上は何か言う気もなくなったのか、しばらくクロウは無言でオレの尾羽にじゃれ続ける。飽きないんだろうか。それにしても、静かなクロウというのも珍しい。ちょっと前までは、いつもやたら元気でハッチンと張り合っている姿か、熱くライブで盛り上がっている姿くらいしか見たことがなかったのに。何の気も張らない、リラックスした姿を見せているのは、少しはオレにも気を許してくれてはいるのだろうかと自惚れそうになる。言葉にしたら絶対元の対応に戻るだろうから言わないが。
お互いに無言の、でもそんなに気まずくはない沈黙がしばらく続いた後、よほど手持ちぶさたになったのかクロウが鼻歌を歌い出した。それがシンガンクリムゾンズの曲なのは、まあ、らしいと言えばらしいが。Falling Roses。その曲も悪くないが、ここにはコイツとオレしかいないし、思いつきでリクエストなんぞをしてみる。
「なあ、クロウ」
「あ?」
「どうせ歌うんならさ、Flareにしてくれよ」
「はあ? 何でオレがオマエのリクエスト聞かなきゃなんねーんだよ」
「いいだろ、オレシンガンの曲ならあれが一番好きなんだ。かわいい後輩の頼みを聞いてくんねえのか?」
「誰がかわいい後輩だっつーの。つーかやっぱりオレのことガキ扱いしてやがんな」
「どうだろうなあ」
「……まあいいよ、なんせオレ様は懐デカすぎ黙示録の堕天使クロウ様だかんなッ! 家畜のリクエストには応えてやるぜッ!」
「改めて『家畜』って呼ばれると、分かっててもビビるなそれ」
オレの一番好きな歌声は当然自分のとこのボーカルのものなわけだが、それはそれとして、オレがシンガンの一ファンであることも事実なわけで。そのボーカルがオレのためだけにリクエストに応えてくれるんなら、嬉しいものは嬉しい。
果たして宣言通りに、クロウはFlareを歌い出した。アカペラだからか、ライブの時ほど声を張っていないからか、少し穏やかなバラードアレンジのようにも聴こえる。シンガンクリムゾンズでそういう曲調の曲はあまり覚えがないが、オレもファン……家畜歴が長いわけじゃないから自信はない。でも、試してみるのはいいんじゃないかと思う。ロムが来たら提案してみようか。
せめてもの礼にと、歌いながらじゃれるクロウの手に尾羽を絡ませながら、リクエストナンバーに集中するべく目を閉じた。
「……故にドアの前で何をやっているのだロム。クロウたちが部屋でお主を待っているのだろう、早く入ってやればいいのに」
「俺の嫁と息子がイチャついている……ここが楽園≪エデン≫か……」
「なるほど、レジェンド・オブ・惚気であったか……いや待てロム、お主クロウのことを息子だと思っているのか? 故に弟ですらなく?」