「なあ、玲司」
酒の入った歩の眼は今にもこぼれ落ちてしまいそうで、阿呆らしいことに本気ではらはらしながら、俺はん?と、相槌を打つ。
「流れ星は、星じゃないんだそうだ」
自分のソロ曲の題でもあるそれについて、歩はゆっくりと言った。俺は、情けないことにどんな言葉を返せば良いのか分からなくて、ただ続きを待つ。
「宇宙空間にある塵が、大気圏に入って燃えて光り輝く。それが、流れ星と呼ばれているらしい」
ああ、それ、昔どっかで見たような気がする、だなんて当たり障りのない言葉を返した。そんな俺にも「そうか」と唇をほろりと弛める歩に、いやはや酒の力はすごいものだななんて、漫画に出てくる雑魚い悪役のようなことを思う。
「玲司」
「ん?」
何?、聞いてるよ、どうした?つらつら並べたくどいほどの受け答えに、くすりと誰かに笑われた気がした。それでも歩はそんなこと御構いなしで、その、握りつぶしてしまえそうに柔らかい声を紡いでいく。
「俺たちはきっと……星というより、流れ星に近い存在なんだろうな」
あぁ、そうだな、と口の中呟いた。
俺たちは、神さまじゃない。
ステージの上でライトを浴びる俺たちは、今日も酸素を吸って生きているただの人間で、仕様もないことをうだうだと考えて酒を飲む、二十と幾つのただの男だ。別に何の超能力もないし、世界を変える魔法だって持ってはいない。
人の信仰心が、俺たちを神さまにしている。“天羽玲司”がそこに立つ、“立花歩”がそこにいる、それを見るためだけに、何万人もの、自分たちと何一つ変わらない人間がそこに来る。来てくれる。
ライブの最後、おれたちを選んでくれてありがとう、と光のなかで歩は笑った。最前列の、ずっと水色のサインライトを振ってた、名前も知らない可愛い女の子が、歩の言葉に泣き崩れていた。俺は歩と同じ光の中で、それを、何だか苦しいくらい幸せで、それでて何故か心臓を締め付けられるみたいな気持ちで見てた。
「……今日の、お前」
「ん?え、あぁごめん、何?」
ぼうっとしていたところに再び歩の声が聞こえて、いつの間にか遠くにいっていた視線をふっと戻した。
「格好よかった」
悔しいがな、と、少しだけその唇が尖る。
「お前が客席に何かを言う度に、皆が歓声をあげる。お前が歌っている途中にマイクを向けると、客席全体がお前の歌を歌う」
それから、好きだ、とお前が言うと、皆が幸せそうな顔をする。歩はとろけた眼で、眩しそうに俺を見た。
「お前の『愛している』は、すきだ」
「は、」
「会場にいる一人一人を知っている訳じゃない。名前も、性格も、年齢も仕事も知らない。でも、ファンとして、そこに来てくれて、自分の歌にライトを振ってくれて、幸せそうな顔をしてくれる皆、一人一人を好きなのは、愛しているのは、嘘じゃないって、分かるから」
だから、すきだ。と。歩は笑った。笑って、酒のグラスに手を伸ばそうとしたものだから、俺は慌ててそれを水の入ったコップと入れ替える。今日は体調も良い具合で悪酔いはしていないようだが、元々酒に強い方ではないのだ、飲み過ぎは良くない。歩はもちろん、グラスを入れ替えられたのには気付いた風だったが、まぁ別に良いかといった様子で水を一口胃の腑に落とした。
「……ルカの、結婚式のくだりも、すきだ」
「あー。あいつのアレはすげぇよな」
「ああ。……本当に結婚できる訳じゃない、でも、あれは嘘じゃなくて、確かにあの一瞬、あの一瞬だけルカはファンの人一人一人と結婚式をあげてるんだって、分かるから」
「なるほどなァ……」
まぁ、分からなくもない、かな。少しばかり濁したあやふやな相槌でも、酒の入った歩には満足できるものであるようだった。
「俺は、ああいうことは出来ないから」
水をまた一口飲んで、歩はぽつりとそう零した。
「だから、お前たちが一層眩しく見える」
「俺は、ライブでのお前、好きだけどね」
あ、しまった。ぼろ、と、自分の口を突いて出た言葉に、驚いたような歩の顔が、俺の方を見ている。散々歩のことを酔っている酔っていると形容しておいて、これだ。自分も相当に酒が回ってしまっていたのだ、と、今度はため息を吐きそうになって、すんでのところで飲み込んだ。
「お前、今何て」
「あー……だから、ライブでのお前、良いと思うよって」
ゆるりと、歩の眼の奥が小さく揺れた。ロウソクの上の火のような、一息で消えてしまいそうで、それでいて確かに暗闇で人の希望になる、そんな色が瞬いた。
「そう、か……?」
「おう」
「そうか……」
今日、だけは、と、ほんのり色付いた唇が、少し迷うようにして言葉を発した。
「今日だけは、その言葉を信じてもいい、かもしれない」
俺の喉が、へ、と阿呆みたいな音を出した。歩は照れくさそうに、けれど噛み締めるようにはにかんで、グラスの水を飲み干した。汗をかいたグラスの、冷たい水滴がすらっと長い歩の指を伝って、テーブルに落ちる。
「酔って、いるから」
だから、特別だ、と。また笑う。あぁ、そうだなと俺は歩から取り上げた酒のグラスを呷る。俺も酔ってる。俺たち、この夜に、酔っている。
「歩」
「ん?」
「楽しかったな」
「ああ」
とろり、と。アクアマリンが耀いた。
「すごく楽しかった」
◇◇◇
俺たちは、流れ星に似ている。
俺の言う愛している、も、ルカの挙行する一夜だけの、一瞬だけの結婚式も、それから歩の喉から溢れるメロディも、全部。
永遠はないと知っている。いつか、俺たちはあのステージの上で焼き尽くされて、灰になって消えるのだろう。言うなればこれは有限の光であって、スポットライトを浴びて身を燃やして、人を魅了しているに過ぎない。
別に、それでいい。
燃えて、爆ぜて、また燃えて、そうして俺たち息をする。呼吸の何倍も二酸化炭素を排出して耀く。
玲司、と俺を見つけてくれた人たちが、客席から俺を呼ぶ。
歩、と同じように、沢山の声に呼ばれて歩は笑う。
ああ。
俺たち、世界で一番綺麗だ。