ある日。
 テキトーに買い物を済ませて、家に帰る道すがら。広場の噴水に、見慣れた人影があった。
 大人しそうな雰囲気。獣人族を象徴する獣耳。先端にかけて、黒から白になる綺麗な髪。傍に弓を携えて、ベンチに座って本を読んでおられる。
 シオリンだった。久々に見掛けた気がするな。シオリンとは、いくらか面識があった。同じエルフのハツネと交流する機会があって、そんときにハツネの妹であるシオリンの面倒を見る事があった、的な。そんな感じ。
「……」
 うちの足は、勝手にシオリンの座ってるベンチに向かっていた。なんつーか。シオリンは病弱だから、放っておけないっつーか。あるっしょ、そういう雰囲気。姉属性をお持ちでないと視認出来ないほっとけないオーラみたいなのが。にじみ出てる。
 そのオーラに吸い寄せられるみたいに近づいてって。シオリンの目の前まで来た。けど、シオリンは手元の本に視線を落としたまま、うちには全く気付いて無い様子だった。
「ちっす、シオリン」
 そのまま隣に腰掛けながら、挨拶した。
「うひゃあ!?」
「んひゅっ!」
 びっくりしたシオリンの声に、うちまでびっくりして変な声出た。これに関しては、過失1000でうちがわるい。
「く、クロエさんかぁ……びっくりしました」
「──ごめ、うちがもうちょい気ィ使えば良かった」
「いえ、私が本に夢中でしたから。……お久しぶりですね?」
「そだね」
 シオリンは本に栞を挟んで、うちを見た。街中でシオリンを見掛けたら声を掛けるようにしてたけど、最後に声を掛けたのは随分前だ。その時に、シオリンがハツネと別居する、みたいな話を聞いた気がする。
 ハツネがフォレスティエのメンバーになって、シオリンも動物苑からの出向でエリザベスパークの世話になるのがきっかけ……だったかな。
「クロエさんと最後に会ったのは……私がお姉ちゃんと離れて暮らすのを決めた頃、でしたっけ」
「多分そんなもん」
 頭が良くて物覚えも良いシオリンも、うちと同じ認識だったから間違いない。
「身体の調子はどうよ。見た感じ顔色は大分良さそうだけど」
 一番聞きたかったことを聞く。これで駄目、なんて言われようもんなら、すぐ病院に駆け込む準備がうちには出来ていた。誇張無しで。
「はい。エリザベスパークのお世話になってからは、ふらふら〜ってなっちゃう事が少なくなったんですよ」
「良い事じゃん。やっぱアレかね、山の上の空気はキレイだからかね」
「ふふ、私もそう思います」
 シオリンの言葉を聞いて安心した。うちが記憶しているシオリンは、よく咳き込んで辛そうにしていることが多かった。けど今はそんな様子は見られないし、まるで別人みたいだ。
「牧場の皆さんも優しくしてくれますし、お仕事も楽しいです」
「はは。うちも一度でいいから言ってみたいわ、『仕事が楽しい』って」
「クロエさんもお仕事してるんですね」
「まあね。うちのはバイトだけど」
「……アルバイト、楽しくないんですか?」
「あ? あー。楽しいか楽しくないかで言うと楽しくは無いかなァ……」
 家計を助ける為に、マザー達の目を掻い潜ってバイトをしてる訳で。楽しい楽しくない以前の問題ってのが多くのウエイトを占めてる。
 気が付くと、シオリンが不安そうな表情になってた。
「……楽しいお仕事、紹介しましょうか? 牧場の、なんですけど。えっと──」
 心配してた子にガチな心配されてしまった。それがなんだか可笑しくて、ちょっと吹き出してしまった。
「シオリンも言うようになったなァ……おばちゃん感動した」
 昔のシオリンとは違うのだなあ、と。ハツネと別居するのは果たして大丈夫なのかと心配してたけど。杞憂だった。
「えっ、えっ……? どうしてあたま撫でるんですか?」
「シオリンが良い子だから」
「えええ……?」
 なんだか釈然としなさそうなシオリンの頭を数往復撫でた。髪もふわふわしてら。
「ま、どうしてもな状況になったら、シオリンに仕事紹介してもらうよ」
「わ、わかりました……?」
「それで。今日はこんなとこで何してたん?」
 話題の転換。休日の日に、仕事の話とかしたくないっしょ。したくないの、うちが。
「あ。今日は、ですね。お姉ちゃんとお出掛けするんです」
「ハツネと」
「はい。お姉ちゃん曰く『シオリン最近頑張ってるから素敵な場所に連れてってあげる!』だそうで。すごく楽しみにしてるんです」
「なるほどね」
 だからここでハツネを待ってたって事か。
「まだハツネは来ない感じか」
「そうですね。もうすぐ待ち合わせの時間なんですけど──」
 シオリンがそこまで言った瞬間だった。
 広場に、高い声が響いて来た。
「シーオリーン!」
「お姉ちゃん?」
 ハツネの声だとすぐに分かった。声のした方を見ると、やっぱりハツネが飛ぶ勢いで走ってきて。うちらが座ってるベンチの前に滑り込んできた。若干息を切らしつつ。
「おまたせー! 待った? 待ったよね、ごめんね、ちょっとバタバタしてて……!」
「ううん、大丈夫だよお姉ちゃん。私もさっき来た所だから」
「そっかぁ、よかったぁ……」
 ある種お決まりのやり取りをする二人を横で眺めた。微笑ましい事で。
 姉妹水入らずの時間を邪魔をするのも野暮かと、気の利いたおばちゃんは退散するかと立ち上がろうとした瞬間。
「──で」
 ハツネがこっち見た。その表情は、なんかちょっとした文句がある時のそれだった。
「なんでクロエちゃんがシオリンと一緒にいるのかなあ!」
「ちす。買い物帰りに見かけたから少し話してただけだけど」
「本当にー? シオリンのこと誑かしてたとかじゃなくて?」
「誑かすて。……なんでちょっと威嚇ムーブかまされてんのうち」
「お、お姉ちゃん……クロエさんは昔みたいに私の事心配して声を掛けてくれたんだよ」
 
「そうなの?」
「そうなの」
「そうだよ」
「そっかぁ……ごめんね、クロエちゃんが良い人なのは分かってるんだけど……なんと言うか、姉としての立場が危うくなりそうな気がしてつい強く当たっちゃったよ」
「よしシオリン、うちの子になるか。これからはクロエお姉ちゃんと呼ぶこと。よろし?」
「分かりました、クロエお姉ちゃん」
「こらー!」
「わぷ」
 ハツネは急にシオリンの頭を抱いた。
「シオリンは私の妹なんだからね!」
 必死の形相だった。ハツネからかうの面白いな。
「わーってるよ、んな事は。真に受けンなって、シオリン苦しそうだからそれ」
「だ、大丈夫だよお姉ちゃん、今のは冗談だから……」
「むうう」
「それより今からデートなんでしょ、二人で。うちに構わず行ってきなよ」
「で、でーと……?」
「そうだったー! クロエちゃんなんかに構ってる場合じゃなかったよ!」
「それじゃあクロエさん、またこんど」
「ん。気を付けて」
「はいっ」
「ハツネも。またな」
「またね!」
「クロエ先輩」
「チエルじゃん。ちす」
「誰ですか今の美少女二人」
「あ? ……義理の妹?」
「え、クロエ先輩にそんな知り合いいたんですか? 疑問形なのが謎ですけど」
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ぷりこねの文章
初公開日: 2020年08月05日
最終更新日: 2020年08月06日
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