30日CPチャレンジ 普独 3日目
ゲームをする/映画を見る Gaming/ Watching a Movie
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「ヴェーストー! おかえりー!」
 ただいま、と言うより早く兄さんが俺に抱きついてくる。いつものことなので慌てはしない。素直に兄さんの腕の中に身体を預けて、俺も兄さんの背中を軽く叩いた。
「ただいま、兄さん」
「おう、おかえり!」
 兄さんが差し出す手に、仕事鞄を渡す。この動作も慣れたもので、俺の鞄を持った兄さんはそのままダイニングへ向か――わなかった。
「ヴェストー。疲れてっか?」
「いいや」
「じゃあ、映画見ようぜ! 映画!」
 俺のジャケットを受け取りながら兄さんが言う。
「映画?」
 兄さんからの提案はいつだって突然だが、それにしても――と俺は首を傾げた。
「映画なら、一昨日見たじゃないか」
 土曜日の夜にリビングで並んで映画を観たばかりだ。にもかかわらず誘ってくるということは、何か観たい映画でも公開されたのだろうか。
「違ぇって!」
 じゃーん、と口で言いながら兄さんがスマートフォンの画面をこちらに見せつける。電子画面に映っているのは《30 Day OTP Challenge LIST!!!!》という大きめの文字と、箇条書きで並ぶリストだ。
「今日、三日目だろ?」
 兄さんに促されるようにリストの三番を見れば、そこには《Gaming/ Watching a Movie(ゲームをする/映画を見る)》と書いてあった。
「ゲームか映画か迷ったんだけどよ。お前、ゲーム苦手だろ?」
 《30日のリスト》に挑戦しよう、と兄さんと決めたのは昨夜のことだ。一週間前に両想いになったのにもかかわらず、いつまで経っても恋人らしいことができないことに痺れを切らした兄さんが提案してきた。……痺れを切らしたのは、俺も同じだが。
「ほら、着替えて来い」
 兄さんが俺の背中を押す。
「着替える必要があるのか?」
「当たり前だろ。外に観に行くんだから」
 そうなのか。
 兄さんの中ではもうプランが出来上がっているらしい。それなら俺は兄さんに着いて行くだけだ。その思考回路はもう刷り込みのようなものなのだけれども、兄さんに着いて行けば間違いがないのだと俺は経験から知っている。
 もちろん、くだらないことをすることもあるが、度々暴走してしまう俺よりはマシだろう。それに、俺は遊ぶことが得意ではない。そういった方面は兄さんに教えてもらうのが常だった。
 俺が幼いころから、兄さんは俺にいろいろなことを教えてくれた。馬の乗り方、木登りの仕方、料理長の目を盗んでつまみ食いをする方法。兄さんは忙しくて常に屋敷にいてくれたわけではないけれど、忙しい合間をぬって俺にいろんなことを教えてくれた。
 服を着替えて階下へ降りれば、兄さんは既に玄関先で待っていた。
「飯も外で食おうぜ」
 財布を揺らして見せながら兄さんが言う。なるほど、今日は兄さんがおごってくれるらしい。いつもは共同の財布から出すのだが――ちなみに、兄さんはどこからか収入を得ているらしい――、兄さんが持っているそれは、兄さん個人の財布だ。小鳥みたいでかっこいい、と気に入って長年愛用している。黒い財布のどこに小鳥を感じるのか、俺にはさっぱり分からないが。
「何時に帰るのかと連絡してきたのはそれでか」
「おう」
 基本的に、ドイツに残業は無い。労働時間が法律で厳密に決められているので、やたらめったら伸ばすことはできないのだ。と言っても、それは国民たちの話だ。国の化身である俺にはその規則は当てはまらないのだが、今日は突発的な仕事がなかったため国民たちと同じころに帰ることが出来た。
 夏の夜は、サマータイムが導入された後でも明るい。ベルリンの街中では、多くの人が行き交っていた。国民たちが幸せそうで、俺まで幸せになってくる。これはもう国としての性だろう。
 辿り着いたのは、ベルリンにある映画館の中でも高めの映画館だった。月曜日の今日は、七ユーロで映画を観ることが出来る。
「どれが観てぇ?」
 両開きのガラス戸から中に入る。壁には上映中の映画のポスターが五枚、並んでいた。
「じゃあ、これで」
 俺が選んだのは、右から二枚目のポスターだ。ドイツのホテルを舞台に繰り広げられるドタバタコメディ。兄さんはほんの少しだけ意外そうに眉を上げたが、そのまま「じゃあ、これにしようぜ!」と言って券売機でチケットを買った。
 思えば、兄さんと一緒に映画館で映画を観るのは久し振りだ。前回は三年前だろうか。俺と兄さんは映画の好みが違うから、映画館に来てまで好みを擦り合わせはしない。互いに自分の好みの映画があれば勝手に映画館へ行くし、一緒に映画館に来たとしてもそれぞれが気になる映画のチケットを買ってエントランスで別れる。観終った後に互いの作品の感想を伝え合うのは楽しかったりするので、とくに不満は感じてこなかった。
 これは、デートっぽいのではないだろうか。
 映画館の廊下を歩きながらふと思う。
 私服で、映画館で、同じものを観る。とても、デートっぽい。
 思うと同時に、コメディを選んで良かったと胸を撫で下ろした。この状態で恋愛映画を観ようものなら、俺はどうにかなってしまう自信がある。恋愛初心者なのだ。過度な摂取は身体に悪い。
 なんて考えている間に部屋へと辿り着いた。座る位置はスクリーン真正面より少し高め。当日にチケットを購入したにしては良い席だろう。
 小説、演劇、映画――虚構と分かっているにもかかわらず、人間はいつだって物語に惹かれてしまう。それは俺たち《国》も同じらしい。ヒトと似ているから俺たちも惹かれるのか、惹かれるから俺たちはヒトに似ているのか。答えの出ない考えが、たまに脳内をよぎる。
「楽しみだな、ヴェスト」
「ああ」
 そうだ。今は目の前に集中しなくては。
 場内が暗くなっていく。スクリーンいっぱいに映画のタイトルが現れて、その背景には澄んだベルリンの空が映し出されていた。
 カメラの視界が下がっていき、ベルリンの街並みが見えてくる。カメラは一人の男を追っているようだ。少しずつアップになっていく画面の中で、男は自転車を漕いでいる。行き先は――舞台となるホテルのようだ。
《おはよう、ヨハン》
《おはよう、グレーテ》
 と、主役の男が同僚ににこやかに挨拶をしたと同時に、兄さんの手が肘掛の上の俺の手を優しく握った。
 慌てて隣を見るが兄さんの視線はスクリーンに向けられたままだ。
 スクリーンから零れた光が、俺の手の上に置かれた兄さんの手をうっすらと映し出す。
《調子はどう?》
 スクリーンの中で女性が問う。
 調子だなんて!
 俺の心拍が一気に速くなる。身体が熱い。この映画館は空調が効いていないのだろうか。
《まあまあ、さ》
 ハンスが応える。
 まあまあ、だと!
 肩をすくめながらのんきに応えているハンスが少し恨めしい。
 デートだ! これはれっきとしたデートだ!
 緊張しすぎて右手にばかり意識がいってしまう。せっかく兄さんが連れて来てくれたのだから、目の前の話に集中しなければ。
《ところで、支配人が呼んでいたわよ》
《マジかよ! またあの長い自慢話でも聞かされるのかな――》
 無理だ!
 この後の食事で兄さんは俺に映画の感想を聞くに違いない。けれど、俺の意識は右手の兄さんの熱にばかり向けられていて、まともな感想は一つも言えそうになかった。
 ああ、これが恋愛映画でなくて良かった!
 俺は心の底からそう思った。
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いわし
完成しましたありがとうございました٩(ˊᗜˋ*)و!
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