床に転がるメノウの姿はいつもとは違っていた。珍しく目を開き、起きている。しかしその視線の先は廊下に積まれた段ボールに向けられ背後に現れた早希に気が付いてはいない。
早希は足元で猫のようにうずくまる彼にそっと声をかけてみる。
「どうかしました?」
すると彼はどこか心ここにあらずと言った様子でゆるゆると口を開く。
「うん、そこに」
そう言って段ボールと段ボールの間の僅か数センチの隙間へと指先を向けた。早希もそれに倣って目を向ける暗がりに辛うじて後ろのコンクリートの壁が覗くだけで特に変わったものは見当たらない。
「……そこからだと、何か見えるんですか?」
立ったままの早希と比べて寝転ぶメノウの目線の位置は非常に低い。床に近い場所でしか見えないものでもあるのだろうか、と早希は試しに膝をつき、頭を傾けてメノウの見える世界に近づくことを試みる。そして改めてメノウが指さす方向を見た。
「あ」
思わず出る声を早希は抑えることは出来なかった。段ボールが並ぶ間から誰かがこちらを見ていた。影が色濃く落ちる中でその目は異常にはっきりと見える。まばたきの瞬間にふせられる睫毛までくっきりと。
「誰なんだろうねえ」
随分とのんびりとした、けれどいつも通りとも言えるメノウの口調が早希にとっては救いだった。彼が取り乱すところなど想像もできないのも事実ではあるが。
「だ、誰なんでしょう……」
そう口にする反面、その正体を知りたくないのも早希の本心だった。本能が「あれ」の存在を拒否している、理解してはいけないと警笛を鳴らしている。
だから、「あれ」にさらに手を伸ばそうとしたメノウを腕を早希は咄嗟に掴む。彼のきょとんとした表情には何の恐怖も浮かんではいない。