「夏は夜、月の頃はさらなり。闇もなお、蛍の多くとびちがひたる……」
「清少納言? もう蛍の季節は過ぎてしまったけど……」
「あぁ、もうすぐ葉月だからね。でもこの令和の暦では、夏はこれからでもあるからね」
 歌仙兼定は苦笑しながら、冷茶を飲み干す。
 夕餉後の一杯は酒でも良かったが、この小夜左文字を伴にするならば茶の方が似つかわしい……そんな人のような真似事をするようになってから早五年、すっかり嗜みというものも板についてしまったようだ。
「そうだね。今年は海の方にも遠征しているから……あの千代金さんという刀(ひと)のお陰で、貝もたくさん採れるね」
「あぁ、今年は豊作だね。でも君の方は少し物足りない相手だったかな?」
「そうでもないよ……僕もまだ、練度を上げないと駄目だから」
 小夜はそう言いながら、夜食代わりの羊羹を食む。
 今夏に行っている連隊戦は、実質的に新入りの刀剣らを編成しての実地訓練である。そこに修行にて調整が必要になった歌仙と小夜も参加しているが、夜戦となれば短刀の出番である。歌仙の組では小夜の独壇場になっているのだ。
「歌仙の方も、前と比べたら……少し視野が広くなって、大人しくなってしまったように見えるよ。なんだか、本当に忠興様みたい」
「あのお方のよう、か。確かに最近は良く言われるよ。年老いて穏やかになった細川三斎のようだと……でも僕はまだ、あの方に比べたら経験も浅い。なんたって、人になってからまだ五年だからね」
「それを言うなら、僕だって同じだから。むしろ年下になるのかな。誰だって、初めの刀である歌仙よりも年下だ」
「……かも、しれないね」
 言われてみればと、歌仙は苦笑いする。
 『濃州関住兼定作』という刀が生まれたのは約五百年前と言われているが、小夜左文字はもう少し前に生まれたという。だから本来は彼の方が年上であるが、この本丸においては歌仙が先に顕現している。
 かつての細川の家でもどのように過ごしたのか、互いに記憶は曖昧だ。だがこの本丸では三つ時の茶を共に楽しむ仲。兄弟とも言い難いが、一つの家に長くいた歌仙にとっては貴重な顔見知りでもある。
「お小夜はあの頃からずっと強くなったよ。昔はほんの少し……危うかった、というか」
「前に出過ぎてたんだよね。覚えているよ」
「……まぁ、悪い事では無いんだよ。長さなど関係ない。短刀であっても、刃を通せば良いのだからね」
「……それでも、僕が前に出ると嫌な顔をする。もう五年だよ、あれから」
 淡々とした声でつぶやく小夜は、もう一つと羊羹を頬張る。だが歌仙は今や、その顔さえも見られない。
 この『小夜左文字』もまた、確かに自分の年下ではある。かつて存在した、先の一振りもそうであったように。
「……《僕》は小夜(ぼく)だ。でも、前の彼(ぼく)だって、小夜だよ」
「あぁ、分かっているよ。分かっては、いるんだ……でも、まだ篭手切にも、古今にも言えないね」
「さすがに篭手切の方は、誰かから聞いてると思うけど……」
「まぁ、そうなのかもね」
 歌仙はもう一杯と茶を注ぐ。喉の乾きさえ覚えるほど緊張しているが、小夜の方は知らぬ顔だ。
 かつてこの本丸で折れてしまった刀剣の一振りである彼は、それでも再び戦い抜き、修行にも出た刀だ。そういう意味で頭の上がらない歌仙にとって、彼が挙げる話題はいつだって実戦よりも辛いものだ。
「……お小夜、その」
「歌仙、僕ももうこの本丸の刀剣だよ。戦う時は戦うよ……必要とされる限りは」
「……あぁ。そうだね」
 復讐として使われた挙げ句、持ち主にも売り飛ばされた経験を持つ彼に、どう言葉を尽くせば良いものか。だがついに二の次が継げなくなる歌仙に、小夜は自分の冷茶の杯を取り上げて言った。
「盲亀の浮木、優曇華の花待ちたること如し……なんて。僕にはもう討つべき相手はいないけれど、ようやくまともに戦えるようになったんだ。少しくらい無理をしても、何かを守れるくらいには」
「僕としては……それでも、君にはもう少し落ち着いた暮らしをして欲しいんだ。きっと、君の兄君達もそう思っているはずだよ」
「それだと、ここにいる意味も無くなってしまうけど」
「主の事なら心配いらないさ。それも本丸暮らしの醍醐味というものだ……そうでなければ、菓子も楽しめるような体にはしていないよ」
 歌仙は苦笑しながら、小夜の頬についた羊羹の欠片を拭ってやる。しまったとばかりに顔を俯かせる小夜であったが、それでも負け惜しみのようにつぶやく。
「まぁ……菓子を楽しむような一時も、悪くないから。雅、とは程遠いかもしれないけど」
「そんな事はないよ。夏は夜、夜更かしには菓子……などとは和泉が言っていたけれど、たまには悪くないかもね」
「それって甘やかしじゃないですか……二重の意味で。あとで堀川さんにも言わないと」
「おっと、これは一本取られたな。まぁ、彼も連隊戦の方で頑張っているからね。少しくらいご褒美があっても良いだろうさ」
 小夜の不満そうな顔に、歌仙はわざとらしく目をそらす。だが小夜は溜息一つついて、つぶやいた。
「……歌仙。さっきのは取り消すよ。忠興様とはちょっと違う。あの方ならきっと夜更かしだってしないから」
「はは、それは僕だって知ってるよ。僕は兼定(ぼく)、だからね」
「うん……でも、悪いという訳じゃないから」
 歌仙が再び向けば、小夜はそっぽを向いている。彼もまた、何も言えなくなると言葉を伏せる方だ。
 だがそんないじらしさでさえ、かつての持ち主達とは重ならない。それは彼自身がこの本丸で重ねてきた月日の賜物とも言えるだろう。歌仙は微笑みながら、小夜に声をかけた。
「お小夜、そろそろ梅雨も明けるだろうね。いよいよあいすくりんの季節だ……明日は何味がいいかな?」
「……苺がいいな」
「よし、ではそれにしよう」
 《了》
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90:39
なつよるか
ひとまず大体書けたので今回の配信は終了します!つたなくてすみませんでした!ご視聴ありがとうございます!
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刀剣乱舞
初公開日: 2020年07月31日
最終更新日: 2020年08月02日
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刀剣乱舞、歌仙と小夜の小話。
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初めて使うのでどんなものか確認。
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