それは、前に見た占い師を探すときに見た路地裏の、中でもいっとう細い場所にいた。
白い髪と赤い目。目が覚めるようで、なんだか怖いというか、やけに目を引いた。仕事帰りの俺は、たまたま時間があった。それだけ。それだけの理由で、俺はその男に近づいた。
ジーンズとロングTシャツなんていう現代的な恰好と裏腹にその人物、男は年老いていた。青いポリバケツに座って酒を飲んで、それなのに顔色は少しも変わっていなかった。それがなんだか不気味だなとも思ったけれど、さらに興味を沸かせて、俺にまた一歩を踏み出させる。
「……なぁ」
声をかけてしまった。襲いそうな雰囲気も見えないし、なにより顔つきは完全に年老いた男のそれだった。疲れは感じさせないが、年季は感じる。なんだか危険そうで、その男が確実にNOXであると示していた。そして、俺はなんだかその顔に見覚えがある気がしていた。白い虫が電灯のプラスチックを叩いてバタバタとうるさい。スキットルに目をやっていた男は、俺の声に反応してこっちを見た。それで、思い出す。
この男は、確か奪という名前だった。パズルが言っていた特徴と一致するし、なにより公園で見た顔と全く一緒だった。
「あ? ……あぁ、お前さんは」
奪と思われる男はそう言ってクツクツと笑った。パズルと違った掴みにくさを感じた俺だったけれど、さっき言ったこの前の占い師に比べたらどうってことはなかったし、何より言いたいことがあったから。
「お前、奪か」
「あぁ、そうさ。お前さん確かあの嬢ちゃんの腰巾着だってな?」
「……違う。今から言う俺の質問に答えろ」
「いいさ。いいけれど、お前さんに興味がわいた。だから、お前さんが一問聞くたびおれも一問聞く。いいな?」
「いいよ。公平な取引なら」
その心意気だよ坊主。酒を口にしてそうこぼした奪の目は、明らかにカタギの者ではない。ギラギラと野生や様々なものを携えて光る犯罪者のそれだ。喉に何かが引っかかって、ごひゅと鳴った。
「これを覚えているか」
俺がバッグから水晶のブレスレットを取り出す。これは例の薬と一緒にこの男がパズルからもらったものだという。わざわざこれについて聞くのは、もちろん理由があった。
『なにか彫られてるみたいだよ』
アズのその言葉が気になった俺たちは、紙にその模様を転写した。そのブレスレットには文字が刻印されていた。現代のステルスメッセージというジュエリーに用いられる技術らしい。そこに書かれていた文字が、これを看過するわけにはいけない理由なのだ。
「覚えている」
「どうして、『Ambrosia』なんて彫られてるんだ」
ハズレの異能力がもしこいつらに知られてるというのならば。それは見逃すことが出来ないのだ。本当ならば殺しでもしたいところだがあの姉妹もどきは随分楽しそうに「これからの情報網が広がるね」なんて笑うんだから、なんとも言えなくなってしまった。
「それはなぁ」
そう言って男は話しだした。
端折りながらそれを説明すると、どうやらこれを作った職人を斡旋した人物、奪、そして『Jenga』と彼が言う人物の討論から生まれたもので、要するに身内ネタだったらしい。
「その話ってのは」
「まぁ、待てよ。こっちが質問する番だ。一応言うがね、おれはお前さんのことは一通り知ってるんだ。言い逃れは止すこったね」
「……お好きに」
「お前さんのかつての研究タイトルを教えろ」
「っ、……『対エボラウイルスの嬰児用ワクチンの抗体についての研究と考察、今後について』。これで全部だ」
「立派なもんだねぇ。お前さんがしっぽ振ってる女の名前を教えろ」
「『Puzzle』」
「誰がコードネーム言えって言った。まぁ、いいや。どうせ知ってるし。俺が一つ聞いたから、ついでにもう一つ質問出来るな」
「その前に、その話の内容を教えろ」
「あぁそうだった」
『人とは、何であるか』。この問いについての討論だったという。中々話がまとまらなくてということらしかったが、『Jenga』と呼ぶものは、ためらいなくこう言った。
「人とはただの、『神』への供物です」
それはいたく気に入られたらしい。そこで、神への供物という意味である『Ambrosia』とそのブレスレットに彫った、と奪は楽しそうに語った。
「……この言葉意味はわかった。じゃあ、これはなんの意味を持って作られた?」
「職人への斡旋人……情報屋が用意したサーバールームへのアクセスキーだよ。ステルスメッセージを読み取るための技術の運用試験だったりを兼ねてるんだけどな。ありゃあ世界に一つしかない、サーバールームの『所有権』そのものだ。まさか売ってねぇよな」
「アイツの、それこそ本当の腰巾着が持ってるよ」
「警察のガキか。へぇ……あ、一応言っておくけどヨ、サーバールームは一応それがなくとも接続できるよ。そのメッセージでさえ知っていれば、鍵は壊せるしパソコンのアクセスもそれで通るからな。他のやつに渡していいぜ?」
「パズルの気が向いたらな」
「ふぅん。じゃあ、おれから最期一つ質問しよう」
「?」
「お前さん、彼女の『何』だ?腰巾着なんて言った時には随分嫌そうな顔してたぜ?」
「…………え、っと。あー。『協力者』、って言えば満足か?」
「あぁ。立派だよ。へぇ、協力者。いいねぇ」
奪は楽しそうに笑っていた。体全体を揺すってたから、それはそれは気に入ったのだろう。なんだか不服で、納得いかない。
「最後に、俺からいいか?」
「あぁ、いいぜ。ただし、一つな」
「その、『Jenga』って誰だ」
「……三ツ三紺。今は探偵社の、元はNOXだった男だよ。そうだな、『赤の女王事件』とかで調べたらどうだ? はは」
「探偵社……そうか。ありがとう」
「どういたしまして。もし、どうしても叶えたい願いがあれば、どうぞ御贔屓に」