夏:朝顔/凡庸/苦しげ
あれ。彼らしからぬ声が、独り言じみたまぬけな響きを伴ってぼくの鼓膜を揺らした。
「枯れている」
気の抜けた炭酸水のような、その声には名状しがたい色が滲んでいた。目を滑らす役割しか果たさない文字列から視線を上げた先で、すぐ側のプランターに水をまいていた少年は、その長い腕をだらりと投げ出すと再び呟いた。
「こんな場所でも植物は枯れるのか」
細い指の関節にかろうじて引っ掛かった如雨露から、音も無く水が流れ落ちていく。彼の手でそれを与えられるはずだった草花は、見ればしおれた茎とかわいた葉から色をなくし、プランターの中で所在なさげに縮こまっている。暇つぶしという名の気まぐれとはいえ、何度か如雨露を手にしていた彼とは違って、ぼくは特段植物の世話にいそしんだわけではなかった。けれど、やっぱり生命が終わってしまった痕跡を、こうしてまざまざと見せつけられるとかすかなもの哀しさが芽生えてくる。ぼくを含めた不特定多数の人間の指紋でべたつく文庫本を、腰掛けたちゃちなベンチに伏せ置く。
プランターで眠る花の骸を見つめながら、彼はまだ如雨露を手に持っていた。ホームセンターの陳列棚に並べられていそうな、どこにでもある如雨露だった。食の細いぼくが座っただけで甲高く軋むこのベンチと同様に、蛍光グリーンのような色をしたそれは土埃でよごれて安っぽく見える。図書室から持ち出した備品を意識の隅に追いやりながら、重い腰を上げたぼくに背を向けて、彼はまだ振り向かない。満杯になるまでためていたのか、穴の空いた如雨露のあちこちから漏出する水は止まる気配を見せない。
かつてよく目にしていた学校指定の革靴は、ぼくより彼の方がワンサイズ大きかったことを思い出す。いま、鈍く光る彼の爪先に、ちいさな虹がかかっていた。
「足、濡れてますよ」
つやのない真っ黒なネクタイを翻して、空色の半袖を纏った少年が、革靴の踵で濡れた土を抉る。自然現象などには一瞥すらくれずに、蹴散らした虹が無慈悲に霧散する。
「テツヤ」
きょうはプールに行ってみよう。先ほど見つけた枯れ尾花の存在など無かったかのように、片目に月を宿した少年がぼくにほほ笑みかけた。断る理由も無くぼくはそれに頷いて、ふと思い出したように額に浮かんだ汗をシャツの袖で拭った。