「ねえねえ、あの本読んだ?」
「もちろん! もう最高だったあ!」
きゃっきゃきゃっきゃと騒ぎながら、女の子たちがすれ違っていく。畑の拡張をするために柵の杭を抱えていたクリエは思わずそちらに振り向いた。だが少女たちはクリエに気づかず、お喋りをしながら歩いているのだった。
「あの続き、出ないかなぁ!」
「わかる! ふたりの関係がもうすっごく良くて、もっと見たくなるよね!」
「ああ、わたしもあんな恋人が欲しいなぁ!」
「唯一無二な感じ、羨ましいよねぇ」
楽しげな少女たちはクリエの存在に気づくことなく立ち去っていく。
「そんなに面白い本なのかな?」
生憎クリエはそこまで本を読むたちではない。勧められたらものすごーく時間をかけて読むというくらいだ。だからこの時はお店の品小野がまた増えたんだなぁ、というくらいにしか考えていなかったのだが。
別の日に、今度は同じ本を抱えている少女たちを何人も見た。大切そうに両腕で抱え、嬉しそうな顔をして歩いていく。途中のベンチで読んでいる少女もいた。よくわからないが、流行っているらしい。
そのうちレストランで食事中に本の話をしている少女を見るようにもなった。友人たちと本の内容について話す少女たちは実に楽しそうだ。からっぽ島はいまだ開発中であるため、娯楽の数が少ない。その本は、少女たちの退屈な時間を存分に潤してくれているようだった。
「……どんな本なんだろ」
クリエは本をあまり読まないので、店に行っても気にしたことがなかった。そもそも毎日建築しているので忙しいし。現在、からっぽ島はどんどん人が増えてきていて住む場所の確保がいちばんの課題なのである。
夜、部屋に戻ったクリエは同室の相棒であるシドーに尋ねた。
「ねえねえシドーくん、最近はやっている本があるらしいんだけど知ってる?」
元破壊神という凄まじい経歴の持ち主であるシドーは、その外見や性格からは意外なことに読書家でもあった。なんでも本を読むことによって新しい知識を得ることが楽しいらしい。とは言っても文字を読めるようになったのは最近なので、まだ難しい本は読めないらしいのだが。
この時も読んでいた本から顔を上げて、クリエの方を向いた。
「んあ? 流行ってる?」
「うん。なんか女の子たちがみんな読んでるみたい」
シドーは少し考え、それから首を横にふった。
「女たちが同じ本を読んで騒いでいるのは知っているが、読んでないから内容は知らない。気になるのか?」
「うーん、ちょっとね。あっちこっちで噂を聞くから、どんなものなのかなあって思ったの」
本当にちょっと気になっただけなのだ。
クリエは毎日忙しくて、お風呂や食事をとる時間だってままならない。だから本を読んでいる暇なんてどこにもない……のだけれど。
世の女の子たちがそんなに夢中になるなんて、いったいどんな本なのか。ふと、そんなことを考えてしまったのである。
「ふうん。まあ、どっかで誰かから話を聞いたら、教えてやるよ」
「ほんと? ありがとう。よし、じゃあ今日はもう寝よう。明日からお城の改装工事を始めるんだ」
「部屋を増やすって言ってたやつか。怪我とかするなよ?」
心配げなシドーの声に、クリエはにっこりと笑顔を返したのだった。
お城の改装工事を始めて三日ほど経った頃、クリエの昼食を持ってきてくれたシドーから本についての新しい情報を得た。
「なんでも、あかの開拓地の店で手に入れられるらしいぞ。それが目当てで、島の女たちがこぞってトロッコで乗り付けているらしい」
「あおの開拓地にもお店はあるけど、こっちにはないんだね?」
こちらの方が大きい店舗なのでちょっと意外だ。あかの開拓地のお店はこじんまりとしていて、外観も年頃の少女たちが通うような雰囲気はない。
うーん、と考えながら壁から降りようとしたら、シドーが手を差し出してくれた。そこにクリエの手が乗るとしっかりと握られ、飛び降りるとそのまま受け止められた。とん、と軽く着地して「ありがとう」「おう」と言うまでがいつもの流れだ。
「とりあえず昼飯食おうぜ。今日はあんサンドだとよ」
「わーい、甘いもの! これリズの作ったやつ?」
「ああ。仕事で疲れてるだろうから、甘いものでも食べろ、だとさ」
「いいね、さすがリズ。ええと、飲み物は?」
「それは城のキッチンからコーヒーをもらってきた」
「シドーくんって、本当に気が利くよね」
「オマエにメシを食べさせる努力をしているんだよ」
「さ、刺さるなあ、それ」
2人で壁に寄りかかって座り、あんサンドを頬張る。リズ特製のあんサンドはあんこが甘すぎず、パンは柔らかくて大変美味しい。
「あ、シドーくん、ほっぺにあんこがついているよ」
頬を差し出されたので親指で拭ってやる。あんこはもったいないのでそのままパクッと食べてしまう。これもいつものことだ。ちなみにクリエの顔についている時は、シドーが同じようにしてくれる。
「それで、シドーくんはあの本を読んだの?」
「いや。あかの開拓地にあるって話を聞いただけだ。この辺りでも読んでいる奴は多いようだな」
「なるほど。やっぱり人気なんだねぇ。あとで行ってみようかな」
「今日はバーに行く約束があるからあかの開拓地までは一緒に行こうぜ」
シドーの提案に何の抵抗もなく、クリエは頷いた。
午後も予定通りに作業は進んだが、店が閉まる前にあかの開拓地に向かわなければならない。そこそこで作業を終わらせて、2人はトロッコに乗った。
シドーとトロッコに乗るのは楽しい。シドーはどれだけスピードを出しても文句を言わないからだ。他の人と一緒の時は怖がらせないよう、スピードには気をつけているのである。あっという間にあかの開拓地について、じゃあ夜、寝るときにね、なんて挨拶を交わして別れる。
クリエは1人お店に入ると、中にいた商人に声をかけた。
「こんにちは〜。ちょっと、探しているものがあるんだけど」
「はいはーい。あ、ビルダーちゃん!」
クリエとシドーがピカピカ島から連れてきた商人のミューラは、大変明るくて人懐こい性格の女性だった。あっという間に島の住人たちと打ち解け、今では欲しいものはなんでも用意してくれると評判だ。
「ビルダーちゃんが来るなんて珍しいねえ」
クリエは基本自分で作ってしまうので、店にものを求めることがあまりないのである。
「うん。今日はちょっと噂を聞いて、気になって」
「噂?」
「なんかここで、人気の本があるって聞いたんだけど」
ミューラは何度か瞬きをすると、あっと声を張り上げて手をポンと叩いた。
「あれだね! そう、本当に最近人気なの!」
「やっぱりそうなんだ」
「作者は不明でも、話がとにかく面白いからね! え、まさかまだ読んでないの?」
にこにこしていたミューラが、急に真顔になった。
「う、うん。その、だからどんな本なのかなって。ちょっと思って……」
「ちょっと待ってて!」
ばたばたと店の奥に走っていって、すぐに戻ってきた。
「今ちょっと在庫がないんだけど、良かったこれ貸すから読んで!」
一冊の本を押し付けられ、あまりの勢いに受け取ってしまう。もう手に持っていると言うのにぐいぐい押されて大変痛い。
「わ、わかったから! ちょっと、痛い!」
「あ、ごめんごめん。まさこの島の女の子でまだ読んでいない子がいるなんて、って力が入っちゃった」
「全くもう」
呆れつつも表紙をめくる。タイトルからすると、小説のようだが。
「作者名が書いてないね」
「そうなんだよね。ある日突然、店の前に置いてあってさ、読んでみたらすっごく面白かったから、お店に置いたの。あっという間に捌けてなくなっちゃって、どうしようって思ってたら次の日また置いてあったんだよね」
なにそれ怖い。面白ければ、どんな形の納品でも構わないのか。ミューラの商人魂も大概である。
「……これ、ジャンルはなに?」
「恋愛だねぇ」
「げっ」
クリエの苦手分野だった。初恋もまだのクリエにとって、恋愛は未知の要素が満載で近寄りがたいのだ。どうにも理解し難く、経った1人の誰かのために一喜一憂すると言うのは想像すらできない。
「うーん」
ありがとう、読むのはいいや、と言おうとしてクリエは固まった。ミューラが、じっとこちらを見ている。
その眼光は鋭く、無言でありながらも「読め! とにかく読め!」と言っているかのようだ。正直言って大変怖い。
「ええと、その」
「在庫きらしちゃってるから、それ私のだけど貸してあげる。今日はもう仕事ないでしょ? ゆっくり読んで、楽しんでちょうだい」
有無を言わさぬ迫力。どう考えても、クリエに読破を強要していた。
「あ、はい……」
島いちばんのビルダーと呼ばれ世界まで創造したクリエではあるが、ミューラの迫力に本を抱えてすごすごと退散したのだった。
「……はあ、じゃあ読んでみようかなあ」
帰宅して夕食をとり、お風呂まで終えたクリエはベッドに寝転ぶとミューラから渡された本を手にとった。
シドーはバーで盛り上がっているのかまだ帰ってきていない。本を読むなら集中できるタイミングだろう。
なのだが。
苦手なジャンルということもあって、クリエはなかなか読み進めることができなかった。
このまま返して適当なことを言うのもありかもしれないが、あのミューラの眼差しには勝てる気がしない。読むしかなかった。
「……はあ」
ぱらりとページをめくり、読み始める。
小説の内容は、仲の良い友人、と言うよりも相棒な2人がお互いの存在の大切さに気づき、距離を縮めていく話だった。ふたりが友情を育んでいく姿はわりと共感できそうだ。
主人公たちは互いに得意なことが違っていて、補いながら距離を縮めていく。
何かどこかで見たことがあるような気がしつつ、読み進める。
ふたりはとにかく仲が良い。同じ家どころが同じ部屋に住まい、場合によっては同じベッドで眠ったりする。ゴミが付いていれば当たり前のようにとってやり、運動が苦手な主人公を相棒がさりげなくサポートしてくれたりする。
……やっぱり、何か既視感がある。いやこれは……うん。
「私とシドーくんのことじゃん!」
絶対にそうだ。間違いない。クリエがシドーと一緒に過ごすとき、当たり前のように行っていることがこれでもかと言うほどに書かれている。
姿も名前も年齢も違うけれど、どう考えてもクリエとシドーのことだ。
「え、なにコレ? なんでこんなこと? どう言うこと?」
意味がわからない。確かにクリエとシドーは、この本に書かれていることのほとんどをこなしている。していないのは、き、キキキキス……くらいのものだ。でも断言できる。ふたりの間に、恋愛感情なんてない。これっぽっちもないのだ。お互いにものすごく気があって、一緒にいると心地よい相棒。それが全てだ。
それなのに、それなのに。
この本ではふたりの間の当たり前が、ことごとく恋愛の要素に変換されていて。
「……誰が、書いたの」
もう一度本をめくり、最初から最後までしっかり目を通す。だが、どこにも作者名どころが、ヒントになるものまで全くない。
「……くっ、まさかこんなところで、地下出版に出会うとは」
ミューラは在庫ぎれだと言っていた。そして、本がなくなると次の日に補充されているのだとも。
こっそり待つか。いつ来るかわからないが、本を持ってきたやつがいたらとっ捕まえてやる。
決意を固めてベッドから飛び起きたクリエだったが、しかし計画は頓挫した。
シドーが帰ってきたのである。
「お、ただいまクリエ。よし、今日はちゃんと風呂も終えてるな」
ご機嫌なシドーからルビーラの香りが漂っている。結構飲んだようだ。
「あ、シドーくんお帰り。ごめん、私これからちょっとやることが」
「ん? なんだって?」
ご機嫌な雰囲気が一転、急に目つきが鋭くなった。しまった、口を滑らせた。
「こんな時間にどこに行こうって言うんだ?」
「あ、いやうん、その」
「夜はちゃんと寝て、英気を養わないといけないよな?」
そんなことを言いながら近寄ってきたシドーに、がっしり抱き抱えられた。そのままベッドにダイブする。
「おら、寝るまで見守ってやるからな」
「わーっ、し、シドーくん、私本当にやることが」
「聞こえねぇ。寝ろ」
本日、二度目の有無を言わさぬ迫力だった。今日はなんだか、脅されっぱなしではないだろうか。
結局クリエはシドーに捕まったまま、朝までベッドで過ごす羽目になったのだった。
いったん終わり
ありがとうございました!