本日、クリエはシドーを招待しておうちでデート、の予定だった。
そう、綺麗に片付けた自分の部屋で、楽しくおしゃべりをしたり、その、ちょっとくらいはこう、距離を縮めちゃったり。
そんな風に過ごすつもりだったのだ。
なのに現在、クリエは漫画を読むシドーの正面でカタカタとノートパソコンのキーボードを叩いている。
……大学の、課題が終わらなかった。
レポートの作成が間に合わなくて、こんなことになってしまった。幸い締め切りはまだ先だが、さっさと終わらせるに越したことはない。シドーは気を使って今日は帰るか、なんて言ってくれたのだけれどとんでもない。あとちょっとなのだ、あとちょっと。
だからクリエはシドーに飲み物を用意して、本棚の本を好きに読んでいいよって伝えて作成中のレポートにとどめを刺そうとしているところだった。
カタカタとキーボードを叩いているとシドーが隣にやってきた。どうやら漫画は読み終わったようだ。特にこちらに声をかけることもなく、ただ黙ってクリエの手元を見ている。
なんだろう。ちょっとやりづらいなあ。
それで動きが阻害されるというわけではないのだけれど、なんというか、タイプミスとか自分の文を見られたくないというか。
ちら、とシドーの方を見るとやっぱり赤い瞳がじーっとキーボードを見つめている。何か気になるのかなあ。
「……ええと、何か用かな?」
「どうして指を見ないで入力できるんだ」
「慣れてるから、かな」
パソコンはおろか、スマホも満足に扱えないシドーにとってクリエの指先は未知の動きになるようだ。確かにクリエも子どもの頃、テレビとかでカタカタと入力している姿を見てすごいなあって思ったりしたけれど。でも実際自分もパソコンを使うようになってわかった。ただの慣れである。
シドーはすでに春から大学に通うことが決まっている。大学の論文とか、今時パソコン入力が当たり前だと思っていたのだけれど。シドー、どうするんだろう。
「シドーって、パソコンを使うとき、どうするの?」
シドーの家には一応パソコンがあった。リビングの隅っこに、存在感が全くなくて気づいたのは最近だけれど。
そりゃあ、あの部屋にはどでかいソファがあるから、みんなあっちに注目するに決まっている。でも、ねえ。
ポツンと置かれているパソコンはスペックも悪くなさそうで、これ多分シドーが買ったんじゃないんだろうなあってこっそり考えていた。
「……一つずつ打ってる」
いやそれはクリエだって同じだ。ひとつずつ入力して、文書を作成しているのだ。
「指はどうしてるの?」
クリエの質問に、シドーは嫌そうな顔をした。珍しい。
「……人差し指」
想像した。なかなかのスペックを誇るパソコンの前で、キーボードを人差し指でゆっくりと叩く……いや、押すシドー。
「ぶふっ」
「おいなにを想像した」
「シドーの可愛い姿」
ちょっと見てみたい。でもきっと、シドーは嫌がるだろうなあ。
「ねえシドー。もうそろそろ終わるから、シドーもちょっと入力してみる?」
「なにをだよ?」
「なんでも。ハーゴンさんに手紙を書くとか」
さっきよりも嫌そうな顔になった。心の底から勘弁してくれ、と思っているのがよくわかる。シドーは別にハーゴンさんを嫌っているわけではないはずなのだけれど、口煩くて面倒くさいんだろうなあ。
「ミスでもしてみろ。絶対にネチネチ言われるに決まっている」
「そこまで厳しいの」
クリエは会ったことがないのでシドーの話から推測するしかないのだけれど、そんなに難しい人なのだろうか。
確かに雑誌のインタビューとかではすごく真面目に答えていて、冗談が通じる感じではないけれど。
「こうと決めたらなかなか折れない。理想が高い。……あれは、そうだな。聖職者に似ている気がする」
「聖職者」
クリエの人生には無縁に近い職業に、ちょっぴりたじろぐ。でも、シドーも結構真面目に頑固なところ、あるような気もする。
「なんだよ?」
「なんでも。……よし、これでレポート終わり!」
ざっと見直してミスがないかチェックして、それから保存、最後に教授のアドレスに送って完了だ。思ったよりも時間がかかってしまったけれど、出来は悪くないんじゃないかな。
「もうパソコンは使わないのか?」
「うん。今日はもういらないよ。やっぱりシドー、やってみる?」
「やらない。見ていて面白かっただけだ」
「お、面白い?」
「指が動くと画面にどんどん文字が出てきて、魔法みたいだ」
子どもみたいな感想が飛んできた。やっぱりシドー、かわいいなあ。
「なんでにやにやしてるんだよ」
「んーん。シドーが可愛いなって思っただけ」
「……さっきからかわいいかわいい言いやがって」
今日いちばんのしかめ面になって、それから一転、何か悪巧みを思いついたような顔に変化した。あれ、と思う間もなく肩に手を回される。
「カレシに向かってかわいいとは、ずいぶん余裕があるな?」
「えっ、えっ、だ、だって本当にそう思ったんだもん」
「……絶対に撤回させてやる」
クリエは今日、シドーとおうちデートの予定だった。レポート作成でちょっと押してしまったけれど、無事ふたりの時間になり、ここからこう、いろいろお話ししたり、ちょっと距離が近くなったらいいなって思っていたのだけれど。
なんか思っていたより急速に、距離が近くなったのだった。