※魔法使いの約束 オズ晶←アサ です
 アーサーは自分が選ばれないことを、いつからか予感していた。
 彼の人生において、それは珍しいことだった。強い魔力も、国の最上位を占める地位も、あるいはひた向きに努力する誠実さとか、素晴らしい養い親に巡り合うという天運ですら持ち合わせていたからである。ほとんどの苦難を乗り越えて来たし、そのために周囲の協力を募ることだって、何ら問題にはならなかった。
 だからこんなことは、本当に珍しいことなのだ。
 彼女と生涯を共にすることにしたのだ、とオズは言葉少なに語った。
 傍らには緊張した面持ちの賢者が座っている。
「そうですか、それはおめでとうございます!」
 『その時』が来たら自分がどう振る舞うのか、アーサーは少しだけ心配していたのだけれど、祝福の言葉は自然と口からあふれ出てきた。
「中央の国を挙げて盛大にお祝いしましょう。微力ながら、私も全力を尽くさせていただきますので」
「いや、いい」
「ですがオズ様」
 『大いなる厄災』に纏わる諸問題を粗方解決したとはいえ、情勢はいまだ、安定したとはいえない。そんな中、世界を救った賢者が、最強の魔法使いと婚姻関係を結んだと盛大なパレードを開けば、どれだけ人々が安堵するだろうか。
 滔々と説いてはみたものの、あっけなく首を横に振ったのは晶の方だった。
「しばらくは二人で過ごしたいと考えているんです」
「なるほど……ハネムーンというやつですね!」
「……前の賢者様に教えて貰ったんですよね?」
「はい」
 しばらく、とはどのくらいなのだろう。
 二人で過ごしたいと考えている、という言葉はアーサーの胸を鮮やかに抉っていった。何かと静かな環境を好むオズとは違い、賢者は大勢と親しむことを楽しむことの出来る人だ。その彼女が、二人で過ごしたいと。オズと共に居ることを選んだのだと。
「ではせめて、魔法舎の皆で祝わせてください。そのくらいのことは、許していただけないでしょうか?」
 アーサーは意識して首を傾げると、少しだけ眉を下げ、晶の顔を覗き込むように視線を向けた。彼女が自分のこういった表情に弱いことを、アーサーは良く知っている。
「駄目ですか?」
「いいえ、そんな! 皆に祝ってもらえるの、私もすごく嬉しいです!」
「良かったです! では早速、皆に知らせて計画を立てましょう」
 これが本心でなければ、感情に聡い晶のことだ。アーサーの本心はあっさりと露呈してしまったかもしれない。だけれど困ったことに、嘘ではないのである。オズが、彼の生涯に比べればほんの短い期間に過ぎないのかもしれないけれど、共に生きても良いと思えるような存在と出会えたことが、養い子として本当に嬉しい。
 ああ、そうだ。オズが彼女に向かって、ほんのわずかに微笑んだあの瞬間を見さえしなければ。もしそうであったなら、アーサーは彼女の心が自分に向くよう、力を尽くすことが出来たかもしれないのに。
 
 祝いの日の空は美しく晴れ渡っていた。
 クロエの作ったドレスとタキシードを纏った二人は、余りにも似合いの組み合わせだった。この二人が生涯を共にすることは、やはり正しいのだろうと、そう思った。
 賢者の世界での婚姻の儀は、衆目の前で口づけを交わすことで誓いとするのだと、聞き出したのはオーエンだった。
 男親に手を引かれて、妻は夫となる男の元へと歩を進めるのだという。話を聞きつけて、その役目を務めようと言い出したのはスノウとホワイトだ。どちらが担当するのかという決着は、とうとう付かなかった。
 それなら二人でやればいいじゃないですか、と言ったのはフィガロだった。兄弟喧嘩と呼ぶにはいささか剣呑なやり取りを見て、どこか苦しそうな表情をしていたのは、きっと気のせいではないだろう。
 魔法舎にはラスティカのチェンバロが響き渡っている。今日、この日に相応しい、清廉な音色だった。
 庭にはネロの作った素晴らしい料理が並んでいる。賢者とオズの好物が多いのは、きっと気のせいではないのだろう。
 ミチルとリケは、シノに先導を頼みこみ、朝早くから近所の森に出かけてせっせと花を摘んでいた。途中から競争になったのだ、と言いながら、三人は、自分たちが埋まってしまうことも出来るような花々を集めてきた。
 魔法を使って山のように集められた花を見て、森から花が無くなってしまったかもしれませんね、とルチルは笑った。会場全体を彩るために、出来るだけ多くの花を集めて欲しい、と言ったのは彼である。持前の色彩センスを生かして、会場全体の装いを決めてくれたのだ。
 それを形にしたのが、カインとレノックスである。屈強な体を思う存分活かして、祝い事のための物理的な雑事は、ほとんどすべて片付けてくれた。
 飾れる場所をすべて使っても余ってしまった花々を、編み込んで美しい冠に仕上げたのはヒースクリフだった。端整な白い指は、わずかなほころびも無いような、美しい装身具を作り上げた。
 枯れてしまっては興ざめですからね、とほほ笑んで魔法を操ったのはシャイロックだ。おかげで花冠は、太陽が頂点を回った今でも、瑞々しい美しさを誇っている。
 お前の世界では、結婚の約束に指輪を使うのだろう、と大粒の宝石が嵌ったリングを差し出したのはブラットリーである。こういう時のために宝物を集めていたのだと、機嫌が良さそうに笑っていた。
 ファウストだって、呪い除けの念が込められたのだというアクセサリーを晶に差し出していた。世界最強の魔法使いが隣にいるのに、自分の魔法が役立つことも無いだろうが、と自嘲はしていたけれども。
 今日はミスラだった、気だるげな様子ではあるものの、集まりに自発的に顔を出したのだ。
 こんな良い日は、もう来ないかもしないな、とアーサーは思った。
 19人の視線を受け止めながら、アーサーはそっと、晶に口づけた。
 割れるような拍手と歓声が魔法舎に響き渡る。
 滝のように涙を流しながらも、書き留める手を止めようとしないクックロビンの頬を、カナリヤがハンカチで拭ってやっている。あの二人にも、こんな時期があったのだろうか。
 チシャ猫のような笑みを浮かべて、ムルがアーサーに近づいてきたのは、宴も真っ盛りの頃合いだった。気まぐれで軽やかな声が、青年の耳にそっと差し込まれた。
「雨でも降らせてあげよっか?」
 その瞬間の驚きを、どう表現したら良いだろうか。なんで、どうして。この日のための準備の間も、当日を迎えても自分の感情は誰にもバレていないはずだったのに。
「……何の話だ?」
「この空の色が、君の心だけを反映していないような気がしたからさ! そうやって我慢するの、楽しい? 努力しても選ばれないことが怖かったの? それとも、自分の幸せよりもオズの幸せの方が大切? 」
「……しいて言うなら、後者かな。もちろん、私がオズ様に及ぶべくもないことは、言うまでもないが」
 賢人の目にはなにもかも皆お見通し、ということなのだろう。楽しそうに吊り上がった口角が、心の底から恐ろしい。ムルに爆弾を握らせてしまった。彼の気まぐれ一つで、この場の空気は跡形もなく破壊されてしまう。
「ねえ、王子様。君は賢い子だ! それなのにどうして、オズの幸せを優先したの? それが何よりもオズを悲しませるってことくらい、賢明な君なら分かっているはずだ」
「隠し通す自信があったからだ。今この場においては、虚しい自信だけど」
「……君は傲慢だね」
「それについては、返す言葉も無い」
「ねえ、俺が何を傲慢だって言ったのか、ほんとうに分かってる? 分からずに言っているなら、それはすごく不誠実だね! 君の行動は、賢者様から選択肢を奪うことでもある。それを本当に考えてみたのかな?」
 ムルは目を細めて、楽しそうに笑っている。猫に弄ばれるネズミは、きっとこんな気分なのだろう。吐き気がするほど苦しくて、どうやれば生き残れるのかも分からなくって、いっそ止めを刺してほしいような……いや、一生この感情を隠し通すのだと、アーサーは固く心に誓ったのだ。
 それは自分との『約束』とも言って良いだろう。
「私にできることは何でもするから、どうかあの二人の耳には入れないでくれないか」
「ずいぶん詰まらないことを言うね」
 そういって、ムルの顔から笑みが消えた。世紀の賢人であったのだという男は、それっきり何も言わずに、賑やかに盛り上がる周囲の面々の方へ向かった。アーサーに対する興味を失ったのだろう。安堵するべきことなのに、訳の分からない悔しさが心中に溢れて、叫び出したい気分になった。
(ああ、私はどうして)
 真っ白なテーブルの上に、整然と並ぶドリンクのうち、1杯を手に取って傾けてみる。果実の酸っぱさと甘さが同時に舌に染みて、思わず涙がこぼれそうだった。
 誰とも話したくはない。そんな時に限って、大勢から離れた晶が、アーサーに目を止めて、近寄ってくるのだ。
「アーサー、今日は本当にありがとうございました。お仕事も忙しいのに、こんな盛大にお祝いしていただいて」
「皆の協力があってのことですよ」
「けど、アーサーが指揮を執ってくれたから、準備もスムーズに進んだって聞きました」
 事実だ。大量の公務の間を縫って、この席を少しでも良いものにしようと様々な手間をかけた。多忙が現実逃避に打ってつけであることを、生まれつき公人の座に座っているアーサーは、よく知っていたから。
「本当にありがとうございます。」
 彼女のためだけに作られたドレスを身に纏い、丁寧に化粧を施されて、太陽の下で微笑む晶は、出会ったころと同じ、優しげで魅力てきな表情をしているけれど、オズと口づけを交わした女性なのだ。アーサーが決して手を伸ばすことの出来ない場所を、既に選んでいるのだ。
「賢者様はいつも魅力的ですが、今日は本当にお美しいですね」
「ありがとうございます。クロエのおかげですね」
「それとオズ様も、でしょう?」
「もう、アーサーったら!」
 照れたように頬を染める顔が愛らしくて、思わず伸ばしそうになった手を、アーサーは懸命に制した。
 ああ、今日は何て良い日なのだろうか。
今日の良き日に
お疲れ様でした!
細かいところを修正してupします。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Latest / 120:45
広げて読む
202006302006
初公開日: 2020年06月30日
最終更新日: 2020年06月30日
お題メーカーに挑戦してます
《「失恋」の文字を使わず失恋を文学的に表現しなさい》 オズ晶の答え(失敗は発明の母という。いくつかの失敗を集め積み重ねれば、より大きな愛が得られよう。)
【2chまとめ風/あんスタ/ゲーム部】※リベンジ
前やろうとして出来なかったので再チャレンジです
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【2chまとめ風/あんスタ/ゲーム部】
Twitterでぽつぽつ呟いてたネタを2chまとめ風にまとめていくだけです
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