『きっかけの10円・手作りはお嫌いですか?・後悔がその答え・いつか思い出に出来るなら・ジュネス(青春、青年)』
 公衆電話、とかいうやつ。そうあれ。意味わかんねえと思わねえ? もうほとんど見かけねえじゃん。……ないことはないだろ。いや、ないね。だいたい、いまどきケータイ持ってないやつなんていねえし。——それに持ってないってことはそもそも、電話の必要がないってことだろ。
 と、まさに徳川と伊達が話していたところに、
「あの、もし、10円を貸してくださりませぬか」
 などと声をかけてくるものがあった。
「10円」
 と、つい伊達はオウムのように返し、徳川も同じ形に唇を動かしたのを見る。
 それから酸化で黒ずんだ円形の銅をつい見つめながら思った。
(きょうびこれじゃ駄菓子ひとつ買えねえし)
 たった一枚、これを使うであろう場面が、ひとつしか思いつかなかった。
 徳川はたまたま小銭を持っていなかったらしい。万札なら持っていそうなところがこの男である。伊達は級友を横目に見てハッと息をつき、さっき取り出した小銭入れをポケットに再びしまう。
 意外とマメなのである。
「ほらよ、これでいいのか?」
 と、差し出した硬貨を、そいつは深々と辞儀をして受け取った。
「助かりまする! いまは急ぐゆえ、近日必ず礼を……」
「ああ、いいって、そんな10円くらい」
「いえそういうわけには」
 問答を押し留め、急ぐんだろと顎をしゃくれば途端に青年は真顔になった。
「かたじけない!」
 と言うとはっとした顔でポケットからくしゃくしゃのレシートを取り出す。カバンをひっくり返して取り出したペンで、なにやら数字を書きつけた。
「たいへん申し訳ないのだが、後日こちらに連絡をくださりませぬか! お礼をば必ず!」
 と言い置いて駆けていく。駅前にでも向かうのだろうかと思う。
 じっさいのところ、伊達は、最近公衆電話それ自体を見かけた覚えがなかった。
 そして数年、いまだに伊達は、そのときのことをこうして思い返す。
 もし、とおそるおそる声をかけてきた青年の、澄んだ赤茶のつよい瞳の奥に、燃えるように色濃い虹彩の黒。柔らかそうに先の跳ねた髪、駆け去る後ろ姿に伸びた尻尾髪。
 忘れない。いや伊達には忘れられない。まだ隣にいる徳川に覚えているかと尋ねたとして、忘れたとひとこと、それだけだろうと思う。確認をしたことはない。これは数年前から伊達がひとりで抱えた秘密なのだ。
 名前も年も知らない、あの青年の声を、いまだに鮮やかに脳裏に呼び起こせるなんて。
(それでも、まあ、そのうち忘れるだろうよ)
 などと、往生際悪く伊達はそう思っている。
 つまるところあのあと、伊達からは連絡を取らなかったのだ。そして伊達としては、それが取り得るべき当たり前の対応だったと思っている。たかが10円、貸したとも言えない。ましてそれを恩着せがましく礼の催促をするなんて……。
 くれてやるから忘れろとあのときそう言うべきだった。言い忘れたばかりに、ほらいまでも伊達は、こうしてパスケースの裏にあのくしゃくしゃのレシートを忍ばせている。
 そこには、下手なわりに大ぶりな字で、電話番号が書きつけてあった。うかつにもほどがあるあの青年は、肝心の名前を記し忘れたのだ。
 電話番号はこともあろうにIP電話で、住まいの地域すら絞り込めない。伊達はついため息をついた。
「どうした? 政宗」
 徳川が声をかけてくる。こいつは伊達の一挙手一投足をよくよく観察している。
「……どうもしねえ」
 それがどうも伊達には面映く、居心地が悪くて、返しが鈍る。
 この件について、徳川にはけして漏らさぬようにと誓った。
 →つづく
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まなと
ちょっと離席(眠い
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まなと
戻りました キリつくまでは書くぞ
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