彼が目を開けて真っ先に感じたのは頭の重さであった。視界の淵にのさばる真っ黒な髪の毛。左耳と右目の下に点在する痛み。右目の瞼からそっと真下に辿れば金属の丸が二つ感じ取れる。自身の着ている物も動きやすさを重視したタートルネックやガウチョパンツなどではない。かろうじて少しの伸縮があるジーンズのインディゴブルーと、黒の地に散るフラミンゴのピンク色。彼はここで気づく。ここが先ほどまで自身がいた場所であるが、そことは少し違うということを。そして、たしかにこれは自身だ。だが、今の自身ではないのだということを。
『ジェンガ』。昔に彼はそう呼ばれていた。自身の求める『神』を見たいというエゴのままに刀と言葉とその悪性を振りまいていた。だが今の彼は違う。ジェンガであった時の姿をしているだけの三ツ三紺という男であり、怪奇犯罪者NOXを取り締まる真逆の立場にいる男であった。
一番最初に自身の差異を認識したその男は、次に周りの差異を調べ始めた。差異、といってもそれは些細なものではない。大きな変化だ。
法廷。それも直線がひとつもないようないびつな法廷。塗装された木の枠であることくらいしか共通点が無いし、そこにいるのもスーツでめかしこんだ検察や弁護士などではない。トランプがそのコートで暴れていた。そう、トランプ。手足を生やしてもなお平らな体と赤黒で装飾された模様を携え、不平を訴えて女王のような着飾った格好の太った女につかみかかっていた。その手にはおもちゃのような悪魔の尾のような槍が握られている。暴動というには不作法だし、乱闘というには言葉のやりとりに微妙な洒落と品がある。どの言葉を探しても当てはまらない奇妙な乱闘であった。普通ならば見ているだけで尋常でない空間と理解しすぐにでもこの空間から消え去りたいと願うであろうが、この男は違う。この男はあくまでも一般とはずれた感性を持ち、そして自身の見識にないものにいたく関心を示す男であるのだ。
「これは、どういうことなのかな」
まだ月日に晒されていない声をしている。これは姿だけでなく体そのものが変質していることを裏付けていた。その声を運悪く聞いてしまったトランプの一枚(と数えることにしよう)が彼のほうを向いた。ただでさえ目立つ格好をしているのだ。むしろ今まで彼らの目に留まらなかったのが不思議なくらいだ。そしてそのトランプは彼の理解できない言葉によって早口でなにやらまくしたて後に巨躯をどすどすと揺らして槍を振りかざした。
「おっと」
彼は軽い脚を振る。まるで書道家の最初の一筆のように軽やかに、あざやかに。足はそのトランプのど真ん中に吸い込まれ、また流れるような動きで彼のもとに収まった。倒れ行くトランプには目もくれず、彼は踵でトントン、と床を叩いた。塗装された床の感触とキュ、という音が乱闘に紛れた。三ツ三は思わず笑んでしまった。決してその音がおかしかったとかではなく、単純にその足の軽やかさに。
「体も昔のままか。ふ、ふはは。あぁ、久しぶりだな。こうして足が動くというのは。とりあえず、それ」
トランプが右手に持っていた槍を拾い上げた。まるで遊園地の時計の針のようだ、とありふれた感想を思うだけ思った。体の三分の二ほどを占めるそれを軽く片手で振り、そして肩に乗せる。歪な法廷はやはり歪なまま変わらない。
「証言台には上るつもりはないんだ。私は勝ち逃げが好みなのでね。しかしせっかく来たんだ、少々遊んでもいいだろう?」
誰に確認するでもない。それがこの空間にいるかもしれない首謀者に聞かれても構わない。そんなつもりで彼は言葉を放つ。演劇的なそれは彼の元来の癖であり、また相手の心理をコントロールする言動をとっても怪しまれないようにと普段から心がけているNOXとして探偵社としての癖もであった。スニーカーをキュ、とわざと鳴らしてトランプの視線をこちらに注目させた。
数秒彼らは体を固めたあと、三ツ三に向かって体を揺すり始めた。良好な視界は彼に正常な判断を与え、思い通りに動く体は彼に爽快感を与えた。槍を薙ぐごとに一枚、また一枚とその体を真っ二つにしてそして小さなトランプに戻していく。彼の口元は笑っていた。ここ最近の鬱憤を晴らしているその様子はまるで暴君。トランプにつかみかかられる前の赤の女王と変わりないようなふるまいであった。
そしてしばらくして残ったトランプ兵が彼の本来持っている恐ろしさに気づいて身を震わせた頃、三ツ三はあることに気づいた。そのトランプの顔はどうも見覚えがあるのだ。それらは一見共通しているパーツを持っていないバラバラな人間だ。だが、彼は明確にその顔らにある共通点を思い出せたのだ。
それは、自身が過去に刀で貫いたことのある顔であった。
殺してやると叫んでいた顔はすでに小さな札の道化師の顔になっていたし、死にたくないと怯えていた顔はまだその巨躯のまま怯えてその時を待っている。彼は気付く。これは、かつて私がしたことを再現していると。
「……」
彼は初めて後ろを向いた。その傍聴席には、ネコがいた。茶色の毛並みと緑の麗しい目をした、細い猫だ。その猫はその大きな目を彼のクリムゾンと合わせると、ニンマリと笑った。人を小馬鹿にしたような、人間と大差ないような笑顔だ。その笑顔と引き換えに、彼は楽しそうにゆがめていた笑みをふとやめた。実に退屈そうな顔をして、息を一つ吐いた。
「……そうだったな。『パズル』、元はといえど君を終わらせるために私は『ワタシ』を捨てたんだったね」
彼は、そういうと槍を床に投げ捨てて、どこからともなく現れた扉のノブに手をかけた。かけて、まだ力は入れずに裁判所の全体を見渡すように視線を動かした。そして、口を開く。
「異能力をどう使おうが、正直に言うと勝手だ。……だがね、もしこれで『ワタシ』を突き止めようなどいうのなら、その時は探偵社であることを抜きに、私個人で処分させてもらうよ。では」
力をこめ、扉の向こうに足を踏み入れた。真っ逆さまに落ちるような、内臓の浮遊感。
「……」
目を開ける。白衣の少し重い感覚。思い出す。自身が今白鈴女学園の養護教諭をして潜入していたことを。ぼんやりと思い返される。自身のフラミンゴのシャツと、あるカウンセラーが胸元に入れていた桃色の羽根。膿んで塞がったピアス穴があったところをなぞって、胡蝶の夢ではないことを確かめた。
「別件」
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手取川
三ツ三、過去に喫煙しててもいいかな……
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手取川
やっぱりこういう調子の文が一番楽しい
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手取川
書けた!!
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ジェンガインワンダーランド
初公開日: 2020年05月31日
最終更新日: 2020年05月31日
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のくさつ
A1000sei
A千所為 もらったもの打ち返し
手取川
海兵コラさんローコラ
海兵コラさんローコラwebオンリー用小説執筆中
ゆべ
筋トレ
名なしのAさんは月夜に、テーブルにカップが置かれたままの部屋でフォーチュンクッキーを貰った話をしてく…
瀬をはやみ