雨の日デート
従者主人公くん×吸血鬼ショタじじい足立さん
屋敷の広いガラス窓は朝からずっと雨に打たれている。空は厚い雲に覆われ、夜かと錯覚してしまいそうなほどに暗い。俺の主人であるトオル様もいつもより元気だ。太陽は吸血鬼の天敵ではあるが、光に当たってしまうと即死、というのは彼の何代も前の話らしい。人間が環境に適応した体質を身につけていったように、吸血鬼は例外ではなかった。陽に当たってもかなり体力を消耗してしまうだけ。それだけとは言え、夏の快晴の下では一時間もせずに倒れてしまう。本来トオル様は面倒くさがりというのもあり、外には出たがらない。
「ねえ、今から出掛けるんでしょう。僕も付いて行こっかなあ」
だから彼がそう言ったとき、俺は何も言えずただ目を丸くした。
「何。その顔」
「いえ、珍しいことを言うなあ、と。どういう風の吹き回しで?」
「僕がいないところでもしっかり働いているか見てみたくてね」
珍しい。『適当にやっといてよ』が口癖のくせに、従者である俺の仕事に興味を出すとは。でも、ただの買い出しに付いてくるものなのか?
「いいですよ」
別に隠したい疚しいことは無い。クロゼットから彼の洋服を取り出すと、トオル様は満足そうに微笑んだ。
街まで連れてきてくれた馬車を降り、トオル様に傘をさす。雨を降っても街を歩く人の数は少なくない。トオル様は久しぶりに訪れた街にずっと目を奪われている。雨を避けるためよりも姿を隠すために着ているレインコートのフードを、頻繁にずり上げながら街の光景を眺めていた。半歩後ろから見るとお人形が歩いているようだ。こう見ると子供らしく見えるのだが、実際は俺よりも長く生きている。
「人多いねえ。こんな雨の日に出てくるなんて物好き」
「貴方も人のこと言えませんよ」
目的の食料店の前まで来るとトオル様は『店の前で待つよ』と言ってショーウィンドウから店の中を眺め始めた。店先には屋根があるので雨に晒される心配もない。
「あれは弟さん?」
発注書に必要な物を書き込んでいると、店主である女性が話しかけてきた。彼女の視線は窓に張り付いている少年に向いていた。
「えっ、ええ。そうです」
なんとも歯切れが悪い返答になってしまった。主従関係にある俺たちが、まさか兄弟と間違われるとは夢にも思っていなかった。
「早く済ませて戻ってあげなきゃね、お兄ちゃん」
お兄ちゃん。トオル様がそう俺を呼ぶのが頭に浮かんで消える。なんだかムズムズしてこの場から消えてしまいたくなる。いつもよりボロボロな発注書をよく確認もせずに彼女に渡す。領収書を受け取ったらそそくさと店を出た。
「ずいぶんとかかったね?」
待ちくたびれたのか、トオル様は不機嫌そうに言う。
「顔は赤いし、荷物はどうしたのさ」
「荷物……? ああ。買ったものは全部屋敷に届けるようにしてるんです。俺一人では到底持ちきれないので」
顔が赤い理由は言わない。弟に勘違いされたなんて聞いたら、不機嫌になると思うから。
「ふーん、そ」
「必要な買い出しは終わりましたから、お茶でもしましょうか」
そう言うとトオル様の表情はパッと明るくなり大きく頷いた。
「あら、コウタくん」
喫茶店に入る済んでのところで女性に呼び止められた。声の方に向くと、先ほど寄った食料店の従業員だ。
「こんにちは。今日は休みなんですね」
「そうなの。でもこんな大雨、ツイてないわ」
彼女はゆるく巻かれた髪を揺らしながら肩をすくめる。俺のコートの裾が引っ張られる感覚がして下の方を見るとトオル様が掴んでじっとしていた。俺の視線を追って彼女もトオル様を見つけた。
「わ、貴方弟がいたのね?」
また、ええと、と口ごもる間に彼女はしゃがんでトオル様と同じ目線になった。
「お名前は? いくつかな……って、」
「わあああああんっ!!」
急に雨音に負けない泣き声が足元から聞こえて、周りの全員が目を丸くした。
「ああ! ごめんなさいっ、怖がらせる気はなかったんだけど」
「やあああっ!! お兄ちゃあん、抱っこお! もう帰るうう」
「えっ、ええ、」
お兄ちゃん、なんて呼ばれたけど噛み締めてる暇なんてない。俺が跪くと彼はほとんど追突するように抱きついてきた。傘をさしながら片手で抱き上げると、首が締まるほどにしがみついてくる。挨拶もほどほどにその場から立ち去る。裏路地に入って、どうしたのか聞こうと口を開くと声を出す前に唇で塞がれてしまった。
「む! う、む」
息をさせまいとぴったりとくっついて離れそうにない。乱暴なキスに目を回していると彼自身息苦しくなったのか唇を離した。
「ど、どうしたんですか、急に、」
息が上がってうまく話せない。トオル様は眉を吊り上げて俺のほおを力一杯抓った。
「いっ!?」
「い、じゃない!! この無意識ひとたらし! なんでこんなに見せつけられなきゃいけないのさ!」
「もしかして俺が女の人に話してたのが不服なんですか? しょうがないでしょう。仕事なんですから」
ヤキモチを焼くのは構わないが女性と話さずに仕事をするのは無理だ。なだめるように言っても彼の頰はパンパンに膨れ上がっている。
「だって、君とせっかくお出かけできたのに」
ポツリと言う。もしかして、デートのつもりで、素直に言えないから仕事の偵察なんて言ったのか。素直じゃないな、と笑ってしまいそうで、軽くトオル様の唇に触れる。
「すみません。でも、お出かけなら仕事がないときにしましょう? それなら二人で楽しめますよ」
「……うん」
口をへの字にしたまま、ゆっくりと頷く。納得したのか、また俺に抱きついてきた。先ほどとは違って苦しくはない。
「さっきのガキっぽい演技、なかなかだったでしょう」
「え、あれ泣き真似だったんですか?」
「そーだよ。吸血鬼の僕が馬鹿みたいにわんわん泣く訳ないだろ」
でも、さっきまで割と泣き出しそうな顔だったけどな。
「じゃあ、もう一度だけお兄ちゃんって呼んでくださいよ」
「え、やだよ。ほら、さっさと歩きな。家まで抱っこの刑」
「随分と可愛らしい罰ですね」
ふふ、と笑うとトオル様の小さな足が勢いつけて腹の上あたりにクリーンヒットした。一瞬息ができなくなる。
「さっさと帰るよ。部屋でごろごろしたい」
「はい。さっき新しい紅茶も仕入れましたから、それで一息入れましょう」
そう提案すると、トオル様はじゃあスコーンも食べたいなあと笑ってくれた。いつの間にか雨も弱くなっている。陽が射すといけないから、俺はトオル様を抱え直して馬車へと急いだ。
おわり